第285話 コントロールと廃旅館

 よし、それを踏まえてあやかん、開始だよ。


 「よし、分かった~」


 あやかんも私がやったように乾燥した地点からスターレットをスタートさせたよ。

 それでも、穴を掘っちゃったから、あやかんにはまだ課題アリかも……だなぁ。

 取り敢えずあやかん、今2速だから、ギアはそのままでアクセルを思いっきり踏んでみて。


 「こうか?」


 そうそう、そんな感じ。

 さっきの私の時と同じように、左に向かって巻き込んでいったぞ……なんかこの車、左に巻き込む癖があるのかな?


 「うわあ~」


 あやかんは、本能的になのか、さっきの特訓の成果なのか、アクセルをスッと抜いたため、スターレットは安定を取り戻して、左に向かって走っていった。


 あやかんさ、さっきの練習なら、今ので正解なんだけど、今回の練習でのその動きは0点だね。


 「だって、怖いだろー」


 その怖さを克服するために、この練習場を作ったんだよ。

 ここで失敗して怖さを克服し、冬道も安心して走れるようになるか、それが出来ないで、山道で滑って、対向車線から来た精密機器を積んだトレーラーにぶつかって横転させ、膨大な額の賠償金を請求されて一家離散するか、崖下の廃旅館に真っ逆さまに落っこちて、中で廃墟探索動画撮ってるユーチューバーを跳ね飛ばして、賠償金を請求されて一家離散するかだよ。


 「舞華っちの例えは、なんで話が極端すぎるんだよー!」


 そうかな? 充分あり得る事を言ってるんだけどな。


 「しかも、必ず一家離散するって、どういうオチだよ!」


 そうかな? 賠償金の額は膨大だよっていう例えだよ。


 「そうだよマイちゃん。ちょっと極端だよ」


 そう? 燈梨?


 「さすがにこんな山道を、精密機器を積んだトレーラーは走らないかな。ただ、それ以外は充分あり得る話だからね」


 そうだよね、燈梨。


 「この辺のどこに、崖下に廃旅館なんかあるんだよー。しかもユーチューバーと出くわすなんて、あり得ないだろ!」


 あやかんね、転校生だから知らないだろうけど、心臓破りの坂の中腹の所に8階建ての廃旅館があるんだ。私らが小学3年の頃に潰れちゃったんだよ。

 ちなみにネットで検索すると『オーナーが屋上で自殺した』とか、『女性客が焼身自殺した』とか書かれてるけど、大噓だから。

 オーナーはうちの町内会にいるし、ちなみに燈梨の住んでるアパートもそのオーナーの持ち物だから。


 「そうなんだ……」


 更に、スマホを出して、動画を見せた。

 そこには『避暑地の迷宮旅館××ホテルsection1』という動画があったんだ。

 ホラ、見て見て、こうやって、あそこの廃墟探索動画撮ってる人達がいるんだよ。見ると分かるけど、これって朝なんだよね。

 聞いたことあるんだけど、こういう廃墟探索のプロは、陽が落ちてからは行かないみたいだよ。床が抜けたりすると危ないし、何が落ちてるか分からないからね。


 ホラ、あやかん見て。

 それは『朽ちてるな~』と言いながら、客室の窓の近くまで行って室内を撮影してる画像なんだけど、窓の外の上端見て。


 「あ……」


 あやかんと燈梨が同時に言った。

 そうなんだよ、これって、運動部の部室棟なんだよ。

 だからね、あやかん、崖下に廃旅館はあって、ユーチューバーは出没してるんだよ。

 もう、撮ったから来ない……とか思ってたら大間違いだよ。

 こういう人達は、同じ廃墟に間を置いて何回も来るんだよ。その後、どれだけ朽ちて変化があるのかを検証しに来るんだ。


 さぁ、分かったら練習あるのみだよ。

 あやかんにはもう一度、スタート地点に戻ってやり直ししてもらわないとね。


 よし、さっきと同じシチュエーションまで来たよ。

 あやかん、こんどこそアクセルをグッと踏み込むんだ!


 「うんっ」


 よしよし、イイ感じに巻き込んでスピンしてるよ。

 このままクルっと回っちゃう前に、あやかん自身がスピンをコントロールするんだ!


 「ああああ~~!!」


 あやかんの情けない叫び声と共に、スターレットは完全にコントロールを失って、2回転して止まった。


 ……あやかん、ダメだね。さっきとは逆の意味で0点だよ。


 「なんで? ちゃんと巻き込んで止まったじゃん!」


 これは、たまたま車が内側に巻き込んで止まっただけで、あやかんがコントロールなんてできてないじゃん。

 そんなの、テストのマークシートの答えを鉛筆倒してやるくじで決めて高得点出したのと変わらないよ。時の運だけで実力じゃないじゃん。


 「綾香、今のを成功とカウントすると、綾香はそのうち死んじゃうよ!」


 燈梨に諭されて、あやかんはスタート地点に戻った。

 

 いい? あやかん。

 あやかんは、車が滑り出すとパニックになるんだけど、車が滑るのなんて、この辺に住んでる人にとっては当たり前なんだよ。

 だから、これはうちの婆ちゃんでも、優子のお婆ちゃんでも、みんなが身につけてる事なんだよ。ぶっちゃけ、優子のお婆ちゃんなんて、下手なドリフト大会のチャンピオンなんかよりよっぽど上手いからね。

 だから、滑り出しても平常心で、次にどこに行きたいかを考えて、頭の中を空っぽにして、どうするかを考えるんだよ。

 それが出来るようになってから、理論は後からついてくれば良いんだからさ。


 そう言ってあやかんの肩をポンと叩くと、あやかんは黙って頷いた。

 なんか、今の私いい事言ったような体になってるけど、単純に技術的な指導を根性論に置き換えてトンズラしただけなんだよね。


 でもって、あやかんみたいなタイプは、先にごちゃごちゃ言うより、身体に覚え込ませちゃった方が早いと思うんだよ。

 出来るようになってから、後付けで理論武装させてあげた方がしっくりくると思うんだ。 

 

 そんな感じで、2度、3度とやらせているうちに、あやかんのスピンの精度もだんだん上がっていった。

 見ていて分かるのは、さっきと違って、行く方向を早めに決めて、そっちを見ているところなんだよね。

 これって、大原則で、いくらテクニックを身に着けていても、視線が定まらなければ、テクニックが効果を発揮できないんだよね。


 よし、ここまでくれば、少しアドバイスしていって大丈夫だね。

 あやかん、じゃぁ、第2段階だよ。

 あやかんの走らせ方を見ていて、凄く惜しいのは、ペダル操作が雑過ぎるんだ。


 「雑って?」


 アクセルやブレーキは、その少ししかない踏みしろの中の、凄く繊細な動きで車の動きを左右させる重要な要素なんだよ。

 それを使えるか使えないか、それだけでも車の運転の上手い下手が半分決まっちゃうくらいの部位になるんだ。


 「それって、さっきのスカイラインとかを走らせた時のアクセルの使い方って事?」


 そういう事、それとブレーキにも同じような使い方があるんだ。

 あやかんに言う事は、凍った道で、アクセルを躊躇うなためらうなという事と、ブレーキの使い分けを覚えろっていう2つだね。


 アクセルやブレーキは、車を安定させるための装置なんだよ。

 だから、いくつもの使い方があるんだ。

 ただ走る、ただ止める……って使い方だけなら、教えればサルや熊でもできるんだよね。


 あやかんね、FF車の場合は、アクセルを使って、巻き込みすぎの解消を図る事も、ブレーキを使い分けて、強力なスライドを起こしたり、止めたりも出来ちゃうんだよ。


 「そうなのかー」


 そうなんだよ。

 だからまずはサクッと覚えていっちゃおうよ。


──────────────────────────────────────

 ■あとがき■

 お読み頂きありがとうございます。


 『続きが気になるっ!』『ペダルの使い方って、そんなに難しい事なの?』など、少しでも『!』と思いましたら

 【♡・☆評価、ブックマーク】頂けますと、大変嬉しく思います。

 よろしくお願いします。


 次回は

 綾香のレッスンの集大成となる、ペダルコントロール講座へと話は進みます。


 お楽しみに。

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