第284話 ロールケーキとお尻
「余計な動きって?」
あやかんは、凄く食いついてきたよ。
今のあやかんは、2つの動作をいっぺんにやっちゃってるんだよ。
FFの場合、安定してるんだから、2つもアクションは要らないんだよ。
だから、思い切って
「思い切って?」
逆ハンドル切るのをやめるんだよ。
「ええーー! 無理だよ!」
それじゃぁ、アクセル開度、そのままでいける? 私の経験上、そっちの方が難しく感じるけど。
「ううっ……」
FFの場合は、お尻が流れ始めたら、ハンドルはそのままでアクセルを戻してあげると、元の姿勢に戻るんだよ。
原理で考えてみても分かるよ。ティッシュの箱を前から引っ張るのと、後ろから押してあげるのをイメージしてみれば、前から引っ張って、お尻が暴れても、強引に引っ張っちゃえば収まるでしょ。
「確かに……」
本能的に動いちゃうのは分かるんだけど、そこを押さえて理論で運転できるかが、冬道の基本なんだよ。
「運転って、めんどいなぁ……」
でも、これを乗り越えないと、あやかんはまた去年までと同じバス通学に逆戻りだよ。このまま一生バス通学だよ。
「バス通学は、今年で終わりだろー!」
いーや、分からないよ。
あやかんがどこに進学するかは聞いてないけど、でもって、これが乗り越えられないあやかんは、次の進学先でも、またバス通学なんだよ。そして、また、デカい団地の次の停留所に当たってさ、朝バスに乗れない日々に逆戻りなんだよ。
「綾香、かわいそ~」
そうだね、燈梨。
でも、その頃には私ら関係ないからさ、あやかんが1人困ってる姿を遠くで見守ってあげようよ……ぷぷぷっ。
「なんでお前らは、私が困るの前提で話してるんだよ~」
「あぁぁ、綾香、お気の毒だね~」
さぁ、あやかん、一生バス通学になる前に、今日ここで頑張ろうよ。
「お前ら、あとで覚えてろよ~」
さて、あやかんも落ち着いたところで特訓再開だね。
でも、原理が分かれば、あとは体を動かすのみだと思うよ。
問題は、あやかんの身体が順応できるようになるかにかかってるんだよ。
「難しいよ~」
そうかな? 今はFFで運転覚えてから、FRの運転覚えるのが一般的だから、そっちの方が大変だと思うよ。
だって、FFはただアクセル戻せば安定するのに、FRは更に2アクションいるからね。
じゃぁ、早速走行開始だよ。
そこで大きめにハンドルを切って、姿勢を崩してみよう。
そう、そこだよあやかん! そこでハンドルは行きたい方向にしっかり切り込んで、アクセルを戻してやるんだ。
そうすると、やがてお尻の感覚が真っ直ぐに戻ってくるから、そこでもう1回アクセルを踏んであげるんだ。
「おおっ!!」
ホラ、ちゃんと元に戻ったでしょ。
これなら、やっていけるでしょ?
「確かに、こうやって運転してやれば、お尻が流れても大丈夫なんだね」
そうそう、基本はこれで大丈夫だよ。これならあやかんも、ほぼ大丈夫だね。
「ほぼ?」
そう、ほぼ。
そして、これは最後の関門になるよ。
どんな駆動方式のどんな車に乗っても、滑っちゃうときは滑っちゃうんだ。それを立て直す方法は、今もレクチャーしたんだけど、それでもダメな時って、あるんだよね。
「そんなになったら、どうするんだよ!」
あやかんはせっかちだなぁ、せっかちすぎると死ぬのも早くなっちゃうよ。
それじゃぁ、これは行きつくところの話だから、駆動方式はあまり関係ないんだけど、立て直しがきかなくなった時は、発想の転換だよ。
「発想の転換って?」
ズバリ、スピンさせて止めるんだよ。
「ええーーーー!?」
あやかんはオーバーアクションだなぁ。
でもって、これは基本だよ。
立て直しがきかない時は、いかに被害を最小限で喰い止めるか、ここが重要になってくるんだよ。場合によっては壁や、他の車にぶつかって止める事だってアリなんだよ。
「そうなのかぁ……」
あやかんは深刻そうな顔して考え込んじゃったよ。
どうして、あやかんはそういちいち深刻に考え込んじゃうんだよ。
それを最小限に喰い止めるための特訓なんじゃないか。
そして、私はこの訓練と言って思いつき、スターレットに3人で乗り換えた。
「この車で、あそこ大丈夫なの?」
「そうだよマイちゃん。これで真っ直ぐ走れるの?」
あやかんと燈梨が次々に口にしたが、燈梨は自分の言葉を聞いて気付いたみたいだ。
そうなんだよ燈梨、この車、真っ直ぐ走れないからこの訓練に使えるんだよ。
「でも、どうやって進むの? さっきみたいじゃ、話にならないじゃん」
燈梨、それには私なりの考えがあるんだよ。
私は、コースの遥か手前の乾燥地点からスタートして、助走を充分付けた上でコースに突入した。
予想通り、スターレットはそのままの勢いを維持して、コースを走り続けた。
「やったぁ!」
あやかんが歓声を上げた。
私さ、ふと思ったんだけど、スターレットはスタート時に、物凄い駆動力が前輪に集中するからまともに走らないんだよ。
だから、今みたいに乾燥してる地点があるなら、そこからスタートさせちゃえば、あとは普通に進むでしょ、スタート時みたいにタイヤで搔かなければ良いんだもん。
そして、スピードが乗ったところで、アクセルをグッと踏み込んでみる。
やっぱりだ! LSDが無いから、片方のタイヤが掻かなくなって、そっちに巻き込むようにスピンし始めた。
でも、ここでアクセル抜いて立て直したら教習にならないから、敢えてアクセルは踏みっぱにして、スピンモードに突入するよ!
「あああ~、あぶない~!」
あやかん案外うるさいな、まるで柚月みたいだよ。
私は、アクセルを抜くと、ロックするまでガツンとブレーキを踏んでリアタイヤをスライドさせると、今度はアクセルとブレーキを微妙なタッチでコントロールして、トン、トンと2アクションで見事にスピンしかかった円の中心に車を止めた。
これが正しい止め方だよ。
「凄い! マイちゃんの止め方、感動しちゃったよ!」
そう? 燈梨にそう言われちゃうと私は嬉しいなぁ~、思わず抱きしめたくなっちゃうよ……って、抱きしめちゃお~、ぎゅうぅぅぅ。
「あはははは……」
あやかんも、今の軌跡を見て分かるように、最小限でしょ。
走って来た方向を最外側に、ロールケーキみたいな軌跡で車を止めたんだよ。
「おおーー!」
これがベストな止め方だよ。
いざ道路でこのラインを維持するのは難しいだろうけど、なるべくこれに近い軌跡で止まるんだ。
ダメなのは、反対方向に巻き込んだり、外周が大きすぎる円を描くパターンね。
「なんでダメなんだ?」
あやかん、考えようよ。
反対に巻き込んだら、対向車線に飛び出すだろー、それに、これ以上大きな円を描こうとすると、やっぱり対向車線にはみ出すし、それに、車線内に収まらなくて、崖から落ちちゃうよ。
そうだよ、コツは、“絶対に、内側に巻き込んで止める”っていう、強い思いと、行き先をしっかりと目線で追う事。
これは普段の走りにも言えるんだけど、行きたい方向を視線でしっかり追ってる人は、アクシデントがあった時も、なんとか上手く切り抜けられることが多いんだよ。
科学的に実証されてる訳じゃないけどさ、それでも統計学的には言える事なんだよね。
そして、巻き込んだ後は、アクセルとブレーキのコントロールで、とにかく内側へと向けていく動作をする事。
怖いだろうけど踏みっぱなしはダメだよ。特にブレーキの踏みっぱは、タイヤがロックしてハンドルもブレーキも効かなくなる要因だからね。
よし、分かったらやってみよう!
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■あとがき■
お読み頂きありがとうございます。
『続きが気になるっ!』『スピンして止める方法って、そんなに難しいの?』など、少しでも『!』と思いましたら
【♡・☆評価、ブックマーク】頂けますと、大変嬉しく思います。
よろしくお願いします。
次回は
遂にレッスンは最終段階へと突入。
綾香は冬道の運転に漕ぎだせるのか?
お楽しみに。
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