第283話 立て直しと前か後ろか

 とにかく、なんとかクラッチミートのコツを掴んで、そぉっと発進させれば問題ないことが分かったから、とにかくこれで私が試しに走ってみよう。


 でもって、この車が冬場のこの辺にまったく向かないって事がよく分かるね。

 アクセル踏みこむと、すぐにタイヤが空転するし、前輪が駆動するおかげでハンドルがぶるぶる震えちゃって、結構神経が疲れちゃうんだよね。

 これが普通の前輪駆動だとどうなるんだろうねぇ……という疑問があったので、私は敢えてターボを効かせないように細心の注意を払いながら運転してみたよ。


 すると、発進させてからの中低速域では安定してるんだけど、発進時は、どうしても若干の空転が起こっちゃうんだよね。

 発進時に路面を掴むんだけど、その際の姿勢が大抵前上がりになりがちだって事もあって、少し弱いのは確かだね。


 走らせると安定していくんだけど、速度を上げていくと、途端にハンドルに感じるものがどんどん薄くなっていくのが不安感を増しちゃうんだよね。

 でもって、前輪駆動は、スピンさせるにしても安定してるし、そういう意味で安心はできるかな。


 よし、あとはあやかんに覚えて貰おう。

 前輪駆動では、こうやって冬を乗り切っていくって事を存分に味わってほしいかな。


 あやかんに運転を代わってから数分経ってるけど、やっぱり発進に難儀してるね。でもって、この車をここで上手く発進させられるコツを掴んじゃえば、クラッチの扱い方はかなり上達すると思うんだよね。


 「えいっ!」


 私の試行錯誤を見ていたのもあって、あやかんも、ようやくこの暴れ馬を発進させることには成功したよ。

 よし、その調子その調子。


 ……だけど、すぐアクセルを開けすぎちゃって、タイヤの空転が始まっちゃったよ。


 「あああっ!!」


 ホラ、段々イライラしてきたよ。

 これがFRなら、それでもお尻を振りながら前に進もうとするんだけど、FFだと振れてるのが前輪だからどうにもならないんだよね。


 そして、よく分かったよ。

 ウチらの地方だと、大パワーのFFは向かないって事がね。

 まぁ、スターレットはかなり特殊な例だけど、それを強調しちゃう素材ではあるよね。だから、水野がわざわざ今回の教習に取り入れたんだろうけど。


 あやかんは、ほとんど滑走しているような状態で走りながら、段々体力的にヘバってきた……ところに、プレミオがやって来たよ。

 あ、ななみんが乗ってる。ちょっと降りてみよう。


 「お疲れ様っス! 顧問が、最後にこれに乗って練習するように言ってました」


 そうなの? ななみんは、わざわざそのためだけに来たの?

 え? まだ活動中なので、これで失礼しますだって? 水野め、最初から全部用意しておけば良いじゃん! ななみんの邪魔までしちゃって申し訳ないなぁ……。


 じゃぁ、あやかん、今度はこの校長の元愛車のこの車で練習しよう……って、なんかちょっとタイヤが小さくね?


 「その車は、グラウンド整備とかにしか使わないから、タイヤ中古にしたんだよ。でも、外径は合わせてるよ。ホイールが小さいだけだよ」


 そうなの燈梨? タイヤ大丈夫かな?……って、今年の製造だ、珍しい中古品だね。


 よし、あやかん、まずはこれを走らせてみよう。

 オートマだから、クラッチの練習は出来ないけど、さっきスターレットでさんざんやったから大丈夫でしょ。

 走り出してからの動きをしっかり学んでね。


 プレミオは順調にスタートしたよ。

 あやかんが色々いじろうとするから、Dレンジでスタートすればいいからって言って、まずはアクセルをそれなりに開けてスタートしたら、案の定、スターレット同様、タイヤがスリップしたんだけど、プレミオは、そこからタイヤが空転したりしないで、素直にスタートできたんだ。


 これが程々のパワーとシャーシのバランスってやつだね。

 凍った路面をプレミオは安定してスイスイと走ってるよ。

 今日、今の瞬間ほど、このプレミオが役に立ってるところを見たことが無いんだよね。

 どう、あやかん?


 「うん、ちょっとハンドルが軽くてフワフワするけど、凄く運転しやすいよ。それに、安定しててさ」


 そうなんだ、それにしても校長のプレミオって4WDじゃないんだ。この辺にしては珍しいね……って、校長は元々県庁所在地の学校にいて、平地に住んでたんだった。

 だから、高いからって4WDにしなかったんだな……ケチだなぁ。ウチらの県って、そもそも降雪地だし、こっちの学校に赴任するって事を考えられなかったのかなぁ……。


 恐らく、オートマとマニュアルの違いはあるけど、あやかんのNXクーペの動きに近いのはこっちだろうと思うんだよね。あのスターレットは極端すぎるよ。

 なるほど、FFが冬道に対して強いと思い込まれてる理由が何となくは分かったよ。このくらいの速度域だと、お尻を振り出すかもしれないFRに対して、その心配をしなくていいから、安定していると思われちゃうんだね。


 「ああっ!!」


 あっ! ヤバいあやかん、スピンする、立て直して。

 さっき、スカイラインでやったでしょ、ハンドルを逆にちょっと切っていって。


 「こう?」


 そう! そして、アクセルはちょっとだけ戻すの、全離しはダメ!


 「ええっ!?」


 あっ! ダメだって! 燈梨、掴まって!

 プレミオは今度は反対に向かって頭を向けたかと思うと、逆に巻き込んでスピンした。


 「あははははは……」


 あやかん、笑い事じゃないよ!

 今日はこれからの時間、スピンから立て直す猛特訓が必要だね。


 「いや、大丈夫だよ」


 いーや、全然大丈夫じゃないよ!

 立て直し方が分からないまま、夕方の凍結路にあやかんを放したら、次の事故はあやかんに決定だよ。


 そこに柚月たちがやって来ると、次々に声をかけてきた。


 「ダメだよ~、それじゃぁ、死んじゃうよ~!」

 「綾香、バイクに乗ってなかったから、立て直し方が分からないんでしょ?」

 「今日は、私らはいいから、特訓するしかなくね?」


 ホラ、悠梨までそう言ってるんだから、やっぱりあやかんはこれから特訓するしかないよね。

 

 じゃぁ、いくよ。

 さっき、スカイラインで、立て直し方を学んだけど、あれは後輪駆動用なんだ。

 後輪駆動は、前輪駆動よりも低速で、よりオーバーアクション気味に姿勢が崩れるから、実は立て直すタイミングも、立て直しも分かりやすくて、やりやすいんだよ。


 それに対して、前輪駆動は、低速域ではお尻を振り出さないから安定しているように錯覚しちゃうんだよ。


 「さっきのスターレットは違ったけどね」


 あれは例外だよ。

 ああいう変態的な車を除いた場合の話なんだけど、大半は、それなりの速度になってから唐突に崩れるケースが多いんだ。


 だからこそ、立て直しの練習が必要なんだよ。

 じゃないと、FRより速度域が高い分、取り返しがつかない事態になるからね。


 あやかんは頷いた。

 よし、分かったところで早速始めよう。

 正直、FRでの立て直しを学んじゃえば、そうそう難しい事じゃないんだよ。


 まずはちょっと速めの速度で周回していって、積極的に姿勢を崩してみよう。そうそう、そうやって姿勢が崩れた時に、最初にする事と言えば?


 「逆ハンドルを切る」


 あやかんは、実際にそれで立て直そうとしながら言った。

 次は?


 「アクセルから足を離す」


 うん、30点。


 「ええっ!?」


 プレミオは、逆方向にふらつきながら、さっきと同様、反対側に巻き込みスピンで止まった。


 あやかんがやったのは、FR車がスピンしかかった時の立て直しなんだよ、FFや4WDはその方法では反対に車が飛んでいっちゃうんだよ。

 原理を考えると、FRは押すのに対して、FFや4WDは引っ張るでしょ? 後ろが暴れる分には、後ろの出力を押さえた上で、前で動き制御してあげれば良いんだけど、前が暴れた時には、そのどちらかだけやってあげれば良いんだよ。


 つまりは、あやかんは余計な動きをしてるから、反対向きに巻き込んじゃうんだよ。


──────────────────────────────────────

 ■あとがき■

 お読み頂きありがとうございます。


 『続きが気になるっ!』『立て直しの方法って、駆動方式によって違うものなの?』など、少しでも『!』と思いましたら

 【♡・☆評価、ブックマーク】頂けますと、大変嬉しく思います。

 よろしくお願いします。


 次回は

 遂に、FF車の立て直しについて舞華が綾香に教示します。


 お楽しみに。

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