第271話 初心者とブースト

 あやかんと駐車場に入ると、あやかんは一言言った。


 「なんか……凄いところだねぇ」


 え? こんなの珍しくないよ。

 バブルの頃にお洒落なお店とか作り過ぎちゃったお陰で、そこかしこにパステルカラーの廃墟が溢れかえってるんだから。


 ちなみにここは、超有名タレントがプロデュースした、レストラン兼、グッズショップだったんだって。

 私が生まれた頃は、既にこんな有様だったけど、往年は、ここの駐車場がバスでいっぱいになってたんだってさ。


 「話には聞いたことあるんだけどさ、自分の目で見たのは初めてなんだよね」


 そっかぁ、あやかんは、足が無いもんね。

 駅前から歩いて行ける範囲から、この辺までが一番往年の面影がある場所なんだけど、あやかんの家からだとバス使わなくちゃいけないもんね。


 でも、もうそんな心配もいらないよ。

 水野が何持ってくるのかは知らないけど、きっとその軽トラ……じゃなかった、車で、あちこちこの街を見て回れば良いんだよ。


 「舞華っちさ、今『軽トラ』って口走らなかったか?」


 嫌だなぁ、あやかん、きっと聞き間違い……だよ?


 「なんで疑問系なんだよ~!」


 あはははは……なんて、あやかんとキャッキャウフフしていると、駐車場に妙なトラックが入ってきた。

 なんだか、これって2台積みのキャリアカーに見えるんだけど。

 しかも、運転席に乗ってるのって、水野だし。


 まさか、あやかんにあの車を……マジー?


 「んな訳ないじゃん! 積んである車の方でしょ!」


 そうか、そうだよねぇ。

 でも水野の事だから、それもやりかねないかなぁ……って思っちゃってさ。


 しかし、水野こんなトラック、どこから持ってきたんだろうねぇ……。

 一応、荷台には2台の車が積まれてるね。

 2台ともカバーが掛けられてるから、それがどんな車なのか分からないけど、シルエットから下段のはハッチバックに見えるよ、そして上段のはクーペっぽく見えなくもないねぇ……。


 私とあやかんは、車から降りて、トラックの方へと近づいていくと、水野が降りてきて


 「お待たせした。一応候補が2台出たので、乗り比べて判断をしてもらいたい」


 と言うと、車を降ろす準備を始めた。

 ところで、このトラックは、どこから借りてきたんですか?

 私が思わず訊くと


 「あぁ、今後、部で使おうと思って一緒に入手してきたんだ。これなら2台積みだから、色々な面でサポートになるだろう」


 と、水野は事も無げに言った。

 だから、この人は困るんだよね。全ての事を既定事項みたいにしれっと言っちゃってさ、少なくとも、私は聞いてないよ。


 今日は、あくまであやかんの車の事だから、このことにツッコむのは、部活の時にしようと言い聞かせながら、私は水野の作業を眺めていると、水野は下段の車のカバーを外して、トラックからバックで降ろしていた。


 その車種を見て、私にも分かったよ。

 これはスターレットだね。ボンネット上の派手なエアインテークと、ボディサイドの「turbo」の文字から最強版のターボ車だね。


 「なーんか、仰々しいねぇ」


 あやかんが素直な反応を示したよ。

 水野が苦笑しながら言った。


 「これはトヨタのスターレットのターボ車だ。独特な走りを楽しんでくれたまえ」


 と言うと、あやかんに初心者マークだけを渡してスタスタと歩いていってしまったため、私は、マークだけを貼ると、あやかんを運転席に乗せて助手席に乗った。

 なにもかもに戸惑うあやかんに対し、私は


 あやかん、運転は出来るでしょ?

 うんうん、頷いたよ。これがアウトだとどうしようもないからね。免許も見せてくれたよ。

 だったら、まず最初はこの駐車場の中を、ゆっくりで良いから、何周かしてみよう。


 そうそう、あやかん、いいよ~。

 じゃぁ、心持ちスピードを上げて行ってみよう。

 ……うんうん、いいよ~。じゃぁ、今度はそこを8の字にグルグル走ってみようねぇ~。


 あやかんは言われた通り素直に、そしてそつなくミッションをクリアしていく。

 正直、上手いよあやかん。今まで見た免許取りたての中では、最も上手だと言っても過言じゃないんだよ。


 「あははは……舞華っち、ほめ過ぎだって~」


 これならもうちょっとペースを……って、水野の奴が、ここじゃなくて外を走って来いってジェスチャーで言ってるよ。

 恐らく、もう1台の車が今の段階から見えちゃうのが嫌なんだろうね。


 仕方ないなぁ……言っとくけど、水野、この借りはちょっと高いからね。

 じゃぁ、あやかん、ちょっとこの辺をぐるっと1周して来てみようよ。

 

 「ちょっと緊張するな……」


 え? もしかして、路上は初めてなの?

 なになに? お父さんは忙しくて、免許取って以来、一緒に乗った機会も無ければ、家に車があったためしもないって?


 そうか……でも、ここは田舎だから、そんな交通量も多くないし、初心者マークもついてるから大丈夫だよ。

 直線道路を、所内教習並みにゆっくり走ってるから、私は思わず言っちゃったんだよね。


 あやかん、もう少しアクセル踏んでも良いんじゃないかな? ってさ、そしたら、ようやく少しだけアクセルを深めに踏んだんだよ。

 すると、メーターの中にある妙なダーツの的みたいな所にランプが点き始めると同時に、ブーストがかかってきたんだよ。

 あぁ、あの変なランプは、ターボのブーストが正圧に入った事を表すランプだったんだね。


 すると、あやかんったら、完全にパニックになっちゃって


 「えっ? えっ? 何が起こったの?」


 とか言って、両手でハンドルをガッチリ握って、わけワカメみたいになっちゃったんだよね。

 これは、私が見本を見せて教えてあげるしかないね。


 私はあやかんに車を路肩に止めて貰って、運転をチェンジした。

 いい? あやかん。

 この車は、ターボ車だから、今のあやかんみたいな運転だと、本領を発揮しないんだよ。

 私は、スターレットを運転しながら説明した。


 だからね、こういう直線とか、上り坂とかに差し掛かったら、適切なギアで回転数を高めに保って、こうやってブースト圧をかけてターボを解放してあげるんだよ。


 私は、ちょっと長めの上り坂で、アクセルをグッと踏み込んでみた。

 すると、途端にブーストがかかって、スターレットは強力な電磁石に引き付けられているかのような勢いで加速を始めた。


 いつも、自分のR32で、ターボの感覚には慣れているつもりだったけど、このスターレットのターボの炸裂感は、スカイラインのそれとは比べ物にならない程、強烈で暴力的な加速だった。


 「ああっ……ああああっっ!!」


 助手席のあやかんが喚き始めた。

 あれ? あやかんはジェットコースターとかダメなタイプ?

 でもね、これがターボの醍醐味であり、魅力なんだよ。これを味わわずにこの車に乗ったとは言えないよ。


 それを踏まえて、またあやかんに運転を代わった。

 そして、あやかんに言っておくけど、この車はFF、つまり前輪駆動なんだ。

 だから、ターボが効き始めた時は、前輪が暴れるからね。だから、アクセルをグッと踏み込む時は、両手でハンドルをしっかり押さえるんだよ。


 そう言うと、あやかんに自由に運転させてみた。

 当初は戸惑いが大きかったけど、途中からコツが分かってくると、ブーストをガンガンかけてきて、キャーキャー言って楽しんでたよ。


 タレントショップ跡へと戻りながら、あやかんは嬉しそうに


 「この車、楽しかったぁ……車って、こんなに楽しいものなんだね。みんなや燈梨がのめり込むのも分かるよ」


 そう? 分かって貰えると嬉しいんだけど、私はのめり込んでないからね、そこんところ、勘違いしないでよねっ!


 「そういう事にしといてあげるよ」


 なんだよあやかん~、私の言う事、信用してないなぁ。

 まぁ、なんにしても、あやかんに楽しんで貰えてなによりだよ。

 それじゃぁ、次の車にいってみよー!


──────────────────────────────────────

 ■あとがき■

 お読み頂きありがとうございます。


 『続きが気になるっ!』『綾香とスターレットは、相性良いんじゃね?』など、少しでも『!』と思いましたら

 【♡・☆評価、ブックマーク】頂けますと、大変嬉しく思います。

 よろしくお願いします。


 次回は

 水野が用意していたもう1台の車もベールを脱ぎます。

 果たして綾香の車選びはどうなるのか?


 お楽しみに。

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