第270話 呼び出しと待ち望んだ物

■まえがき

 今回の話で登場する、綾香の家庭の事情は、完結済み小説「殺し屋さんは引退前の仕事で、女子高生の口封じに失敗する」の130話から133話で触れられています。

 興味がありましたらご覧ください。

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 吹出口騒動も片が付いた翌日は、朝から曇天だったよ。

 なんか、そろそろ今年もひと雪来そうな感じだよね。

 今まではバイクだったから、雪って結構怖かったけど、今年からは車だからね、安楽とまではいかなくても、少しは気が楽になるんじゃないかな……って思ってるんだ。


 結衣は気をつけなさいよ。

 今度、木にぶつかったりしたら、代わりの車は無いからね。


 「分かってるよ!」

 「マイ~、厳しいなぁ~。もしそうなったら、ユイには、部のプレミオでもあげたろうやぁ~」

 「バカにするなぁ!」


 結衣にチャチャを入れた柚月が、床に押し倒されて馬乗りになられているのを横目で見ていたところに優子がやって来た。

 今日は優子、日直だったんだね。


 「マイ、水野が呼んでたよ」


 え? そうなの?

 部に関しては、別にもう3年生がやるような事は無いと思ってるんだけどなぁ……活動日だって週3回だけだし、特に1、2年生の活動に口や手を出さないようにしてるから、部に関わる事で呼び出されても、私は知らないよ。

 ちょっと、柚月、私の代わりに行ってきてよ、副部長じゃん。


 「イヤだよ~。マイが指名されてるんじゃん~、マイが行ってきて、水野との親交を深めて来いよ~!」


 柚月はそう言った直後に、馬乗りになっている結衣から


 「無駄口叩いてる暇があったら、自分の心配をしろぉ!」


 と言われてグイグイと締め上げられていた。

 すると、優子も


 「なんか、水野もマイに話があるみたいだったよ」


 と言っていたので、私が行くしかなさそうだ。

 そもそも、私はアイツとなんか話す事なんてないよ。

 私の三大話したくない人間は、芙美香、兄貴、水野の3人なんだからさ、正直、同じ空間の空気を吸うのすら嫌なんだからね!


 放課後に職員室に行くと、入口の前にはあやかんがいた。

 あやかんは、クラスが違うし、部活もやってないから、会う機会が無いんだよねぇ……。


 どうしたの? あやかん日直?


 「違うよ、優子から言われて、水野が、私に放課後来てくれって、言ってたみたいなんだよ」


 そうなんだ、奇遇だね。

 私も優子に言われて、放課後、水野が呼んでるって、言われてきたんだ。

 アレ? おかしくね?

 優子の奴さ、それって、水野に私とあやかんの2人を呼ぶように言われたんじゃないの?


 優子の野郎、ハメやがったな!

 だったら、最初からそう言えばいいのに、なんでバラバラに分けて来させる必要があるんだよ。


 だから、優子は性格がひん曲がってるって、言われるんだよ。

 私とあやかんをバラバラに集合させて、それぞれが水野の所に行ったら、向こうも迷惑するじゃないか! 一体誰得なんだよ。


 こんな所で、その場にいない優子の性格のひん曲がり具合を論じても、全く進展しないため、私とあやかんは、水野の所へと行った。


 なんなんですかぁ? 部の運営だったら、燈梨がしっかりこなしてますよね。私が出る幕じゃないと思うんですけど。

 私はストレートに水野に言うと、水野とあやかんは共に苦笑してしまった。

 水野は、それが収まると間髪入れずに言った。


 「今日、2人に来て貰ったのは他でもない。以前に頼まれていた物なんだが、ようやく候補の物が来たので、2人に報告しておこうと思ってね」


 頼まれた? 私、なんか頼んでたっけ?

 すると、水野の表情が曇るのと同時に、あやかんから肘鉄を喰らってしまった。

 痛っ!


 「舞華っち! 私の車の事だと思うよ」


 あやかんが、小声で言った。

 あぁ、そう言われてみれば、みんなでドライブに行った後に、あやかんの車を水野に頼んでみようって事を提案して、15万以内で若々しさを感じる車って条件を出したなぁ……。

 

 そうか! そう言われてみれば、時期的にあやかんはもう免許持ってるんじゃね?

 あやかんの免許に間に合わせるって、話じゃなかったっけ?

 

 「なかなか、車の手配がつかなくてね。今回は、遅れた埋め合わせに、新品のスタッドレスをサービスだ」


 まぁ、もう冬だしね。

 スタッドレスは冬場の必須装備だし、新品サービスだってんなら、悪い話じゃないね。

 

 「では、問題が無ければ、今度の土曜日に、いつもの所で、試乗してもらいたいんだが……」


 あぁ、いつものタレントショップ跡ね。

 なんか、いつの間にか、あそこって自動車部員達の校外練習場みたいになってるんだけど……。


◇◆◇◆◇


 土曜日、私はあやかんを迎えに行った。

 燈梨も一緒に……と思ったんだけど、燈梨は午前中バイトに入ってるから、午後から合流って事になったんだ。


 あやかんの家は、町外れの方にある大きめのアパートだった。

 確かに、ここからバスだと、学校まで結構かかるよ。

 私が自分の車で行ってるから、私の家から15分弱で着くけど、バスだったら、40分近くかかるし、これで、学校までってなったら、余裕で1時間コースじゃね?


 「おはよー、今日はわざわざありがとね」


 いいよ、このくらいの事さ。

 それにしても、あやかんの家って、学校から結構あるね。

 ここからバスだと、1時間はかかるよね?


 「うん、そうなんだよ。バスだと、1時間15分くらいかかるよね。それに、始発じゃないから、たまに、朝乗れない事あるし」


 そうか! 

 あやかんの家がある辺りは、バスの始発点じゃないのだ。

 もう少し山を上った所に、昔、大きなお菓子工場があって、そこが発着点だったんだけど、そこからあやかんの家の最寄までは、4~5個停留所があるんだ。

 

 そこのちょうど中間に、昔、その工場の大きな社宅があって、そこが取り壊されて大幅な宅地造成をされたおかげで、朝はそこからバスに乗る人が多いんだよ。

 だから、雨や雪が降ると、そこの住宅前で満員になって、下流のバス停の人達がバスに乗れなくなっちゃうんだ。


 あやかんの家の立地だと、結構、それに苦しめられたんじゃない?


 「うん……普段は良いんだけど、雨が降ると結構きつかったんだよね……」


 それで、バイクもダメだったんでしょ?


 「父さんがさ、バイクだけは絶対ダメだって、言うからさ……」


 うん、都会だったらそれは分かるよ。

 年頃の娘をバイクになんて乗せたら、暴走族に入ったり、夜な夜な皮ツナギとか、レーシングスーツを着込んで周遊道路を走っては

 『私に勝ったら、ヤらせてあげる』

 とか言っちゃって、バトルジャンキーとかになっちゃう可能性があるからさ。


 でも、この辺は、通学にバイクがいるんだからさ。

 いいじゃん、原付だけでも乗せてあげてもさ……。

 だってさ、北海道にいても、通学事情は同じじゃね?


 「まぁ、ウチも、家が結構複雑だからさ……」


 あやかんは、いつの間にか暗い表情で下を向いちゃってたよ。

 そう言われてみれば、前に優子が、あやかんの家庭は複雑な事情があるんだって言ってたっけ。


 ゴメンゴメン、あやかん。

 まぁ、それは置いておいて、水野は、どんな車を見つけてきてくれたのかな?

 ……職員室に呼び出したんだからさ、その時に画像くらい見せてくれても良くね?

 なんかさ、ウチの部に関わる人たちって、妙に秘密主義なのが多い気がするんだよね、優子と言い、水野と言い……さ。


 「ははは……そうだね」


 笑い事じゃないんだからね。

 これは由々しき事態なんだよ。こんな伝統が受け継がれると、いつの間にか、燈梨までもが秘密主義の嫌な女に変貌しちゃうんだよ。

 そうなったら私は泣きたくなっちゃうよ。


 「大丈夫、燈梨はそういう娘じゃないからさ」


 そう? ホントに大丈夫? 私はね、燈梨の事となると自分の事のように心配なんだよ。


 そうこう言っているうちに、いつものタレントショップ跡が見えてきた。


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 ■あとがき■

 お読み頂きありがとうございます。


 『続きが気になるっ!』『改めて、この高校の通学事情の過酷さが分かった!』など、少しでも『!』と思いましたら

 【♡・☆評価、ブックマーク】頂けますと、大変嬉しく思います。

 よろしくお願いします。


 次回は

 タレントショップ跡にやって来た2人。

 遂に綾香の車がベールを脱ぎます。


 お楽しみに。

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