第269話 バロメーターとアイデア賞

 朝、教室に向かって歩いてたら、昇降口に人影を見たんだ。


 あ、柚月だ。

 柚月が昨日、学校休んでる間に私のカップホルダー問題に関しては、解決しちゃったんだよね。


 「私は~休んでない~!」


 あれ? そうだっけ?

 あ、そうだ思い出したよ。

 柚月は早退したんだ。確か、学食の帰りに蒼い顔して具合が悪いって言って、そのまま帰っちゃったんだよね。


 「覚えてろ~!」


 あーあー、忘れちゃったー。


 「くぅぅ~!」

 

 柚月と一緒に教室に入ると、他の3人が集まって何やら話しているところだった。

 おはよ。みんなどうしたの?

 え? なに悠梨? 柚月と一緒なんて珍しいって? たまたまだよ、こんなのと一緒に来るわけないじゃん。


 「私は~、こんなのじゃない~!」


 悠梨の話から違う話題に飛びそうになってしまったところを、結衣が元の話題へとクールに戻した。


 「優子のエアコン吹出口が、昨日、パッキリ逝っちゃったんだって」


 そうなの優子?

 私の予感が当たっちゃったんだね。

 でもさ、ちょうど良かったじゃん。私の予備の吹出口があるからさ、すぐに作業に入れるよ。


 「それがね、マイ。助手席の吹出口なんだ」


 え? そうなの?

 でも何で助手席なの? 助手席にカップホルダーなんてつけてなかったじゃん。


 どうも、優子の話では、私の作業を見てちょっと不安になり、念のためにと吹出口の点検をしたんだけど、助手席の左右の風向きのルーバーがおかしな動きをしたんだって。


 「なんか、つまみで動かしても端のフラップだけ動かなくなってて、マイナスドライバーで動かそうとしたら、全部のフラップがバラバラになっちゃったんだよ」


 あぁ、やっぱり中の樹脂が劣化しちゃってたんだね。

 なんとか、助手席の吹出口だけ外して修理できればいいけど、まずはやってみるしかないよね。


 「でも~、マイの吹出口の交換を見てるとさ~」


 不吉の代名詞の柚月が言う通り、外そうとしたら、外枠からバラバラに逝っちゃう可能性が大だよね。特に、優子の車の樹脂は劣化してそうだしね。


 「なんだよ~! 不吉の代名詞って~!」


 まぁ、なんにしても、現状把握でやってみるに越した事ないっしょ! 早速放課後にやってみよー……って、結衣はバイトだって? じゃぁ、私と優子と悠梨だけかぁ……。


 「私を~仲間外れにするな~!」


 放課後、優子の車の助手席側を見てみると、そこには外枠と、横向きのルーバーだけがある吹出口があった。

 あぁ~、これは本当に逝っちゃった感が強いねぇ……。

 それじゃぁ、まずはサクッと外してみちゃおうかぁ。

 さぁ、不吉、いけ!


 「不吉じゃないやい~!」


 早速マイナスドライバーを外枠の隙間に……って、やっぱり外枠も割れちゃったね。


 「やっぱりダメか……」


 仕方ないね、優子。

 こればっかりは避けて通れないからね。

 

 「せっかくだから、センターの吹出口もセットで買ってくる」


 その方が良いよね。

 それじゃぁ、揃ってから作業は再開する事にしよう。

 これで、私、優子、不吉は交換したから、なんか今度は結衣のが逝きそうな気がするのは気のせいかな?


 「確かに、そうかもね」

 「私は~不吉じゃない~!」


◇◆◇◆◇


 金曜の放課後、昨日の帰りに部品を受け取って来た優子から声がかかって早速交換したんだ。

 なんか、今回は部品が来るの早くね? え? 私が注文した直後だったから、担当者が気を利かせて多めに入れてくれたんじゃないかって? そうなの? 地区のセンターに結構在庫があったんだってさ。

 なんだよ、私はこの辺の地区のR32乗りたちのバロメーターなのか?


 まぁいいや。

 交換自体は、もう慣れたもんだよね。

 マイナスドライバー突っ込んでサクサクっと~。

 特に驚くような発見も、目立ったトラブルもなく、あっさりと交換完了したよ。


 外した助手席側の吹出口なんだけどさ、見たところ、横向きのルーバーを連結する樹脂のロッドみたいなのが、折れちゃってて、それが今回の原因だったんだろうね。

 なるほどね、エアコンの吹出口ってのも、考えてみると過酷な状況なんだよね。温かかったり冷たかったりで温度変化も大きい上に、エアコンで除湿されてる風も来るから乾燥しちゃうし、その上で直射日光も当たるからね。


 お肌みたいに、ある程度保湿させてあげた方が良いのかな? って気がしてくるよね。


 ところで、優子、なんか大事そうにグローブボックスから出した包みって何? え? R32用のカップスタンドだって? まさか優子、あのとんでもなく高価に値上がってる割りに、大して使い物にならない、純正オプションのカップ立て買っちゃったの?


 「さすがに私だって、あんな使えないのに、バカ高いスタンドなんて買わないよ」


 だよね、優子がいくら純正オプション主義でも、アレはさすがに……だよねぇ。

 それで、そのカップスタンドって、見てみると、なんか鉄板をL字に折り曲げただけのように見えるけど、これがカップスタンドなの?


 あぁ、この天板に穴が2つ開いていて、カップを入れられるようになってるんだね。

 これが、R32用に採寸して作ってあるんだぁ……シンプルだけど、結構イイかもね。


 なんだって? これはショップのデモカーのR32で、自分達だけで使うために作ってみたら、それを見た他のR32オーナーから、作って欲しいって言われて、そこまで言うなら……ってことで製品化したものなんだって?


 確かにアイデア賞もんだよね。

 みんな、あのシフトレバーの後ろが……って、考えはするんだけど、なかなかそこまでの加工スキルを持ち合わせてる人って少ないからさ、こういう技術があるところが作ってくれて、しかも販売までしてくれたのは、凄く有り難い事だよね。


 よし、早速つけてみよう。

 ……なるほどね、R32特有の出っ張りなんかを避けるような形状に作られてて、ジャストフィットだね。

 取り付けは両面テープっていうシンプルさで、面倒じゃないところも好感持てるよね。


 うん、取り付けた感じは、やっぱりどうしても小物入れの上端と高さが違うから、見た目の違和感が無い訳じゃないけど、ペットボトルとかの高さを考えると、このくらいの高さでホールドしないといけないから、これで良いんだよね。

 それに高さがズレてるお陰で、スタンドとして使わない時に小物入れるのにも適してるしね。


 なんか、エアコン吹出口の破損から始まったR32のカップホルダー談義だけど、なんとなくの結論が出た感じかな?

 私がやったみたいな、100均のカップホルダーをつけちゃうのと、優子みたいな専用に作ったアイデア品を使う派って2つの流派にさ。


 え? 流派ってなんだよって? でも、そう言った方がカッコ良いかなって思って、ちょっと言ってみたんだよね。

 でも、私も折角加工するなら、もう少しちゃんとした2本立てホルダーを探して加工し直してみようかなぁ……って気になってきちゃったし、なんか、この話題って、奥が深いよね。


 え? 柚月もやりたいって? いいんじゃない? あの車の吹出口も交換されてるみたいだから、せっかくなら早いうちにやっちゃえば? 私が100均で集めた余りのホルダーなら、ジュースと等価交換で手打つよ。


 その日はみんなでホクホクしながら、カップホルダーの完成に喜びあっていたんだ。


 結衣の車のエアコンの吹出口が、豪快に壊れたのは、お正月休みの事だった……。


──────────────────────────────────────

 ■あとがき■

 お読み頂きありがとうございます。


 『続きが気になるっ!』『R32のカップホルダー談義の奥深さについて、なんとなく分かった!』など、少しでも『!』と思いましたら

 【♡・☆評価、ブックマーク】頂けますと、大変嬉しく思います。

 よろしくお願いします。


 次回は

 舞華が水野に呼び出されて職員室へと向かいます。

 そこで待っていたのは……。


 お楽しみに。

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