第263話 軟質と踊り

 あれから1週間が経った。

 柚月の車は3日間、突っ張り棒でガッチリ固定していたお陰もあって、突っ張り棒を外した後も、膨らんではこなかったから、取り敢えずは、補修は成功って事で良いみたいだね。


 燈梨とも話したんだけど、シルビアと違ってスカイラインは、日産の中だと高級車の扱いに入るから、内装とかの妙なところにお金がかかってるみたいで、ダッシュボードやフロントガラス脇のピラーにソフトパッドを入れたり、軟質素材を使ったりしてるから、経年劣化で乾燥するとボロボロになったり、接着剤が剝がれてきたりするんじゃないかって話だったよ。


 確かに、燈梨や部のシルビアはこういうところの見栄えは良いけど、触るとプラスチック感がスカイラインより強いし、燈梨曰く、コンさんのS13もそうだったって言ってたよ。

 ……それにしても、また燈梨ったらコンさんの名前を口にしてたなぁ……やっぱり、機会あったら、コンさんを私の波動拳で闇討ちしておかないとな……。


 それにしても、柚月の車のダッシュボードを固定してる間、なんで私らが交代で柚月の送り迎えをしてやらなくちゃいけない訳よ。

 大体さ、別にダッシュボードの浮きなんて私らに関係ないし、走れない程のトラブルでもない訳じゃん、だったら、冬休みに入ってから修理すればよかったんだよ。


 しかも、ろくすっぽ調べもしないで、すぐ終わるくらいのノリで準備するから、みんなに迷惑がかかるんじゃん。

 だから、柚月なんてバイクなり、バスで通学すればよかったんだよ。

 燈梨から、その間、部車余ってるから貸そうかって話が出たけど、それは全力で断ったんだよ。

 柚月の個人的な作業なんだから、そんな事したらしめしが付かなくなるし、柚月も調子に乗るからね。


 さて、そんな騒動もひと段落ついた週末、私は柚月と悠梨の3人で出かける事になったんだ。

 なんか、県庁所在地にショッピングモールがオープンして、そのオープニングに、芸能人が来たり、来場プレゼントがあったり、最大60%オフセールがあるらしくて、是非行ってみたいと思ったんだよね。


 柚月の車で行こうと思ったら、点検だし、悠梨の家は、私らの家と離れているから、わざわざ帰りに回り道させるのもなんだから、私の車で行くことにしたんだ。


 向こうでのイベントは凄く楽しかったんだよ。

 こういうところのイベントって、芸人とかが来て、テキトーに盛り上がる感じが多いんだけどさ、今回は近くでドラマの撮影がある関係もあってか、有名な俳優や女優まで来ててさ、しかもラッキーなことに最前列にいたから、撮影して貰っちゃってさ、凄く興奮しちゃったよ。


 お店の方はまぁ、さすがに60%オフのはちょっとサイズが合わなかったり、イマイチ微妙なのばっかりだったんだけど、それでも、イケてるやつが50%オフとかで買えたからさ、凄く満足しちゃった訳だよね。


 帰り道は、みんな気分が良くなっちゃったから、割り勘で高速に乗って帰ってきたんだ。

 

 ところが、だよ。

 高速の路面のところにある、継ぎ目を超えた時に、突然助手席の柚月が言ったんだよ。


 「マイ~、なんか私のイチゴサイダーが揺れてるんだけど~」


 そんな事言われても知らないよ。柚月がそんな怪しげな飲料を買うから揺れるんでしょ。

 そう言って、次の継ぎ目を超えた瞬間


 「ああ~~!!」


 と、柚月が叫ぶわけよ。

 もう、柚月うるさいよ! いい加減にしないと、つまみ出すからね!

 と言って、柚月の方を見ようとしたら、なんかドリンクホルダーが上下左右に踊ってるんだよ。

 一体何が起こったのか分からないけど、運転中だからね、私は運転に集中して、そっちは柚月に任せたんだよ。


 次のパーキングエリアに入って、車を止めてみると、なんとそこには、ルーバーが無くなり、口を開けたエアコンの吹出口があった。


 やい! 柚月、どういうことだよぉ!


 「私じゃないよー! 突然揺れたと思ったら、次の継ぎ目でダンスし始めて見る見るバラバラになっちゃったんだよー」


 いーや、柚月のせいに決まってる! きっとこいつが、怪しげな仕掛けをして壊したに決まってるよ! どうだっ! えいっ! そうなんだろっ! 吐けっ! さもないと、こうしてやるぞぉ~!


 「参ったけど、私じゃないもん~!」

 「私も見てたんだけどさ、柚月の言う通り、突然ドリンクホルダーごとダンスし始めて、どうしたのかな? って思ってるうちに、いきなりバラバラになったんだよ」


 そうか……絶対こいつの仕業だと思ったのになぁ……。

 なんだ柚月その目は、私に不満でもあるのか?


 バラバラになったエアコンの吹出口を見てみると、どうやら、今回壊れたのは外枠と、中のルーバーの部分で、中にあるダクトの仕切りと、風を止めるダイヤルの部分は生きているようだった。


 「でも~、ドリンクホルダーが使えないよ~」


 柚月の言う事もごもっともだし、ドリンクホルダー以前に、これじゃぁ風の方向が決められなくね? と思うんだよ。


 「そうだね~」


 これじゃぁ、困るから組み立てられないかな? と思ってチャレンジしてみたんだけどさ、ダメだったよ。

 どうにも壊れたルーバーの素材が軟質過ぎて、爪に引っかかる前に曲がっちゃったりするんだよね。


 「マイ、恐らくこの樹脂が、疲労でダメになったから、踊り出した挙句バラバラになっちゃったんだよ。だから、元通り組み上げるのは無理じゃね?」


 悠梨の指摘は的を射てるんだけどね、それでもなんとか家に帰るまでだけでももたないかな……って思っちゃうんだよね。


 結局、直らないまま、家まで帰るハメになっちゃったよ。

 しかもさ、R32のセンターの吹出口って、左に向いてついてるから、ルーバーが無くなると運転席に風が向けられなくなっちゃって、結構辛いんだよね。

 今は冬だから、足元が中心なんだけどさ、それでも私は頭寒足熱派で、上下に風を吹き出すタイプだからさ、結構辛いわけなんだよ。


 帰りに柚月に誘われてそのままディーラーに行ったんだよ。

 吹出口の部品はまだ出るんだけど、やっぱり古くなると保管料とかがかかるから、結構いいお値段だったんだよね。

 ただ、この間の柚月の作業の時、柚月の車の吹出口も交換されてたこと、この車が30年前の車だっていうことを考えると、仕方ないところなのかなぁ……と思って、注文だけしてみたんだ。


 帰りながら思ったんだけど、燈梨と話してた事を思い出したんだ。

 そう、スカイラインはシルビアに比べると上級車扱いだから、軟質素材が使われてるって話ね。

 まさにそういう話じゃね? 軟質素材で劣化したところに、ドリンクホルダーで荷重がかかったからごっそり取れちゃったんじゃね? 


 しかし、ちょっと部品代がかかっちゃったから、夕飯の時に、それとなく話してみたんだ。

 すると、芙美香のやつが


 「そうなの? あの車って、昔からあそこにカップホルダー付けてたから、それで弱っちゃったのかもね」


 とか言うんだよ。

 そうなのか、しかし、今更あそこ以外にってわけにもいかないからなぁ……ダッシュボードに貼るタイプとかだと、柚月のみたいに浮いてくるかもしれないし。


 ところで、なんで、あの車の昔の様子を知ってるんだろう?


 「えっ!? あぁ、遊馬がそうやって使ってたでしょ」


 でも、兄貴が使ってたのなんて、せいぜい3ヶ月くらいだったじゃん。それに、そんなに『昔』って言うほどのものでもないでしょ……って、痛っ! なにするんだよ!

 え? また母さんの事を、心の中で呼び捨てにしてただろって、言いがかりだよ!


──────────────────────────────────────

 ■あとがき■

 お読み頂きありがとうございます。


 『続きが気になるっ!』『突然、エアコンの吹出口って取れるものなの?』など、少しでも『!』と思いましたら

 【♡・☆評価、ブックマーク】頂けますと、大変嬉しく思います。

 よろしくお願いします。


 次回は

 突然の吹出口のトラブルに見舞われた舞華。

 その原因を構造から考えます。


 お楽しみに。



 

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