第262話 今川焼とヒートガン

 さぁ、とっととはじめるよ。

 確認した数日後、部のガレージの反面を借りて集合した私ら3年生は、柚月を囲んでいた。


 「な・なんで、そんなみんな怖い顔してるの~?」


 それは、柚月が何もしないで、クスリばっかりやってたからだよ。


 「クスリなんてやってない~!」


 さて、今日という今日は、どうやって作業するのかを、柚月から指示して貰おうかな。

 じゃないと、今日は私ら、ここから全く動かないからね。


 「ううっ……」


 ここまできてようやく柚月も、作業のビジョンを出してきたよ。

 まぁ、今日は結衣や優子がいるから、今までみたいな、お任せの行き当たりばったりだと、この2人が黙ってないからね。


 それによると、助手席前の膨らんでる部分に切り込みを入れるか、注射針でブスッと刺して、接着剤を注入ってなってるんだけど、そこに私と優子が同時に異議を示した。


 「ユズの車の膨らみって結構広範囲だから、エアコンの吹出口を外して端から注入した方が良いと思うんだけど」


 優子、それは私も同感だよ。

 切り込み入れたら、そこを上手く補修できるかの自信が無いし、どうせ端っこまで膨らんでるなら、いっそのこと境目にできた隙間から注入しちゃった方が、スマートな仕上がりになると思うんだよね。


 「でも~、吹出口なんて外して大丈夫なの~?」


 それは、やってみないと分からないね。

 個体によっては綺麗にいけるかもしれないけど、30年前の車の樹脂部品で、且つエアコンの除湿された空気や、温度変化の大きい空気が通り抜けてたところだから、パキっといっちゃう可能性だってある訳だよね。


 「イヤだイヤだ~! そんなのイヤだ~!」


 それじゃぁ、私と優子は撤退しようか。

 せっかく、いい提案をしているのに、ビビりの柚月に邪魔された挙句、こんなビビり野郎の言いなりになるのなんて、まっぴらごめんだからね。


 さぁ、今から優子と燈梨で、学食に行って今川焼でも食べながらお茶にして来よ~っと。

 燈梨ぃ、ウチの学食は、餡子も自家製だから、結構和菓子系もお薦めなんだよ。


 「何言ってるのよ、マイ。カスタードクリームも自家製なんだよ」


 優子そうなの? さすが、2年の頃、生徒会にいただけあるね。だから、クリームも美味しいんだね。

 そうそう、燈梨、ウチの学食の今川焼のお薦めは、他にクリームチーズ味でね……


 「待ってよ~!」


 え? でもさ、私らお聞きの通り、これから学食に今川焼食べにいくからさ、用があるなら手短に済ませてよね。

 学食のラストオーダーは4時45分だって、柚月も知ってるでしょ?


 「やるから~!」


 なにをやるの? 言っとくけど、私ら柚月と違って、クスリはやらないからね。


 「クスリじゃないよ~、エアコンの吹出口外してやる~!」


 最初から、きちんと調べた上で指示を出して、その上で、人の意見にもきちんと耳を傾けないから、そうやって私らに遊ばれるんだよ。


 じゃぁ、早速始めようか。

 まずは、エアコンのセンター吹き出し口の上下に、マイナスドライバーを突っ込むんだよ。これは、センター吹き出し口が上下4ヶ所の爪で固定されているからなんだ。


 おおっ! この吹出口って、結構しっかりしてるね。

 普通は、マイナスドライバー突っ込んだ段階で、劣化した外枠が一部ボロっと割れたり、酷いと吹出口のルーバーが崩壊したりするからね。

 

 「そうなの?」


 そうなんだよ、燈梨。

 理由は、さっき言ったような感じなんだけど、まぁ、R32には他にも壊れやすい要素があるんだよね。


 よし外れたよ。

 この吹出口、どうも1回交換されてるね。

 中の樹脂が凄く綺麗だもんね。恐らく、経年劣化で1回壊れちゃったんだと思うよ。


 さて、ここから本題だね。

 まずは、柚月のクスリの混ざったその注射器に接着剤を入れて注入するんだけど、どう結衣?

 実は、結衣にはカセットコンロに鍋をかけてもらって、お湯を沸かして、接着剤を温めてもらってたんだよね。


 「うん、おっけーだよ! フニャフニャになってる」

 「なんで、お湯で温める必要があるんですか?」


 ななみん、今は冬だよ。

 こんな気温が低い中で、常温で接着剤なんて使ったら、固まっちゃって、まともに出てこないよ。

 せいぜい、その注射器を詰まらせて、肝心なダッシュボードまで到着できないでしょ。私らは、この膨らんでる一番奥まで行かせたいんだよ。


 「なるほど」


 そう、柚月の車のダッシュボードは、結構広範囲に膨らんでいて、もう少しで助手席側の吹出口まで到達しそうな勢いだった。

 なので、デロデロにした接着剤を、奥まで注入する必要があったんだ。

 そのために、液状にしておかないとね……っていう事で、結衣の発案で、用意したんだよ。

 そこにいるジャンキーとは大違いだよね。


 「クスリなんてやってない~!」


 よし、熱すぎて、手で触るのを躊躇するくらいでちょうど良いんだ。

 プライヤーで掴んで、悠梨がもう1つのプライヤーで蓋を開けて、注射器にデロデロデロ~っと入れてから、優子、もう一丁お願い。


 「ラジャー!」


 と優子は返事をすると、手に持った物のスイッチを入れた。

 “フオオオオオーーーー!!”


 「ドライヤーですか?」


 若菜ちゃん、惜しいな。

 これはヒートガンって言って、形と用途は似ていても工業用の物なんだ。

 だから、ドライヤーよりも遥かに高温の温風が吹き出してくるんだよ。

 鈑金なんかでも使うんだよ。


 ヒートガンで距離を取りながら注射器の方へと温風を送るんだ。

 するとスルスルスル~っと、接着剤が奥に送り込まれるから、優子にヒートガンで表面を温めて貰って、表皮を柔らかくした後、ここで、再び私らの出番で、用意しておいた板で、浮いてるところを押さえていくよ。


 この板は採寸してるからね。

 きっちり合わせたら、みんなで、ダッシュボードに押し付けるように押し込んでいって~。


 10分近く押しつけ続けて、一度放して見てみたけど、取り敢えず浮いてる箇所はなさそうだね。

 それじゃぁ、私が、引き続き押さえてるから、みんな、申し訳ないけど、グラウンドの木の下に集合ねー。


◇◆◇◆◇


 よし、これで仕上げは、突っ張り棒で、この押さえている板と、天井をしっかり突っ張らせて数日間、しっかり乾燥させるんだよ。

 きちんと押さえておかないとさ、今の時期は、ヒーターを効かせたりするから、それで剥がれてきたりとか、あとは、寒暖差が激しいからね、それなりにしっかり押さえておいて固定しないと、3日後とかにまた剥がれてきてたら、私らの苦労が水の泡になっちゃって、マジで嫌じゃん。


 接着した面を押え込めて、 反対側はガラス面を避けつつ、天井にテンションをかけるんだけど、最小限、且つ効果的にやらないといけないんだよね。

 あまり突っ張らせすぎちゃうと、屋根が膨らんできちゃうし、ゆるゆるだと、気温の変化とかであっさり倒れちゃうからね。


 天井が膨らみかかったところから、少しずつテンションを抜いていって……ここまでいけば、OKかな。……よーし、これで取り敢えずは、完了だね。

 “バタン”

 ホラ、ドアを閉めてもビクともしないしね。


 それじゃぁ、これで週末まで置いて様子を見てみよう。

 みんな、お疲れさまでしたー。

 今日はこれで解散だね。 じゃぁ、柚月はバスで帰ってね。

 さぁ~て、寒いからヒーター全開で家まで帰ろ~っと。


 「待てよぉ~!」


──────────────────────────────────────

 ■あとがき■

 お読み頂きありがとうございます。


 『続きが気になるっ!』『これで本当に、ダッシュボードがくっつくの?』など、少しでも『!』と思いましたら

 【♡・☆評価、ブックマーク】頂けますと、大変嬉しく思います。

 よろしくお願いします。


 次回は

 数日が経過し、今回の作業の結果が判明します。


 お楽しみに。

 

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