第222話 チェーンとアンダーコート

 よし、じゃぁ、アルテッツァ班はボルトの増し締めもして完全に終了したから、今度は他班の手伝いに散ろうね。

 私の方について来たい娘? 全員か、そりゃぁ多すぎるから、ボディビルの娘と、テコンドーの娘と、レスリングの娘にしよう。


 柚菌は、チェイサーの方だから、私はスカイライン班に合流しよう。


 「ユズキンって言うなよ~!」


 うるさい、柚菌! 菌のくせに、生意気に人間様に話しかけるな!


 まずは、ボディビルの娘が若菜ちゃんで、テコンドーの娘が七菜葉ななはちゃんで、レスリングの娘が陽菜ひなちゃんね。

 3人には、この車の進捗具合に合わせて、やって貰うんだけど、ちなみにななみん、現状は?


 「穴開けが終わったっス!」


 なるほど。

 じゃぁ、早速始めるか。

 ななみん。私らの他に3班に分けて、全席足元側と、センター側の根元に人員を配置して、それぞれ周辺のアンダーコートを剥がす作業に入るよ。


 「なんですか? アンダーコートって?」


 ななみんでもそのレベルかよぉ……まぁ、私も調べてから来ただけで、同じと言えばそうなんだけどね。


 アンダーコートってのは、フロアカーペットの更に下の床との間に、透明な膜が張ってるんだけど、その膜の事を言うんだよ。

 主に吸音と吸熱の役目があって、車の床の上に数センチ張ってるのが一般的なんだ。


 競技車なんかでは、軽量化のために、コイツを剥がしてしまうんだよね。車種や車格にもよるけど、大体これを剥がすと10キロ前後は軽量化できるんだって。

 ただ、今回の狙いは、軽量化ではなくて、ロールバーを床にフィットさせる妨げになるから剥がすっていうのが目的なんだ。だから、その周辺だけ剥がそう。


 「全部剥がした方が、良くないっスか?」


 言っとくけど、この時期に全部剥がそうとすると、ねちゃねちゃして、凄く剥がし辛いみたいだよ。

 ベストは冬場にやると、固まってボロボロと綺麗に剝がれるらしいよ。


 ただ、剥がしちゃうと、砂が床に当たる音が、全部室内に聞こえてくるからね。エンジン音や駆動系の音も入ってきて、結構賑やかになるし、夏場は、靴底が熱で溶けた……なんて事もあるくらい、床の熱が上がってくるから、練習車に、そこまでの労力をかけてまで、やる事かと問われると、私個人としては、違うような気がするよ。


 「う~ん、なんか、やめといたほうが良さそうですね」


 でしょ?

 ちなみに競技車のノートとエッセは、後ろ半分だけ剥がしてあるよ。


 そうと分かったら、みんなレッツビギンだよ!

 太めのマイナスドライバーとかで刺してから、ハンマーで打ち付けて剥がしていく……の繰り返しで地味な作業なんだけどさ。


 「終わりました!!」


 さっすが早いね、七菜葉ちゃん。……どれどれ、うん、OKだね。

 それと、剥がし終わったら、空けた穴の部分にサビ止め塗装をしておこうね。


 「なんでですか?」


 ただ言われた事を漫然とやってるんじゃなくて、疑問を持ちながら作業に臨む姿勢は、とっても良いよぉ。


 今、穴を開けた事によって、防錆コートされてない面の鉄が顔を出したんだよ。そこに空気が触れることで酸化は進んでいくから、先手でサビ止め塗装をしておかないと、その穴を中心にサビが広がっていっちゃうんだよ。

 特に、この車は、未舗装路を走るから、泥や水の直撃を多く受けるから、そう考えると、サビが出る可能性は大きいんだよね。


 「なるほど、名誉部長の説明は分かりやすいです!」


 ホント? 七菜葉はちゃんは、上手だなぁ~。

 そして、名誉部長だって、えへへへへ~。


 「ナナっち~! マイに騙されちゃダメだぞ~。マイは、そうやってセクハラの対象にする女子を探してるんだからな~!」


 この野郎! 柚月め。

 別の班なのに、チャチャ入れてきやがってぇ。

 最近、私に相手にされてないからって僻むひがむんじゃないよ。みっともない!


 それとも、久しぶりに、パンツ脱いでみないと分からないみたいだねぇ。


 「誰がパンツなんか、脱ぐもんか!」


 あそ、数多あまたの部員たちが、名誉部長である私と、部車を壊した迷惑者と、どちらの味方に付くとお思いで?


 「くそぅ! 覚えてろよ~!」


 あーあー、忘れちゃった……って、待った! チェイサー班!

 ロールバーのボルト穴に、サビ止め剤塗った? え? そんな指示は、なかっただって?

 

 しかも、ボルトの向きが逆だよ。

 え? ボルトに向きなんてあるんですか? だって?


 オイ! 柚菌! お前、作業監督者なのに、何見てたんだよぉ!

 ただ、みんなが間違えてるのを、しっかりと見てました、なんて、一休さんのとんち話みたいなこと言うつもりじゃないだろうなぁ!


 「そんな工程、知らないもん~!」


 この野郎! 知りもしないくせに、監督者してたのか?

 大体、監督者する時、その場でスマホ使ってググるくらいしないのかよ! いつもいつも私に、ググって来いって言われてるのに、綺麗さっぱり忘れやがって、これで何回目だと思ってるんだよ!


 それに、穴開け作業の後、サビ止めペイント塗るのは、前に私がやっただろうが! 柚月は、自分の車にキーレスエントリーつける時、私と一緒にやったのを見てたはずだぞ! もう、忘れたのか?


 柚月は、そう言われて1分くらい考え込んでいたが、突如ハッとした顔になって、瞬間、床をカサカサと這って逃げ出した。


 「ズッキー先輩を捕まえろー!」

 「ヤダーー!!」


◇◆◇◆◇


 まったく、本来だったら、その状態で逆さ吊りなんだからね。

 柚月は、1、2年生に捕まって、その場でパンツを脱がされていたよ。

 くくくっ! いいザマだね。


 「ズッキー先輩、反省してくださいね!」


 あぁ……ななみんったら、柚月のパンツを、天井から下がってるチェーンブロックのチェーンに引っ掛けちゃったよ。

 あれ、地上から2メートルは裕にあるから、棒が無いと取れないね。


 「やり過ぎじゃない?」


 あぁ、燈梨、それは勘違いってもんだよ。

 コイツは、全然反省が持続しないからね。一昨日、車壊してもうコレだよ。

 燈梨も覚えておいた方が良いよ。こういう輩には、徹底して制裁を与えないと、全く堪えないこたえないって。


 「そうっスよ! 燈梨さん。甘やかすのは本人のためにならないっス!」


 ななみんも、ようやく分かってくれたか。


 じゃぁ、チェイサー班のみんなに説明するよ。

 ロールバーのボルトは、ボルトの頭を車外、ナットを車内にくるようにするんだ。 


 「なんか理由があるんですか?」


 いい質問だね。理由は2つだよ。

 1つ目は、車底部を地面とかに打ち付けた時に、ボルト側が外に向いてると、衝撃で、ボルトが折れたり曲がったりするんだ。

 特に、折れてしまったら、どんなことになるかは分かるでしょ? 走行中にロールバーが外れてくるかも……だよ。


 2つ目は、リアのタイヤハウスに出てる箇所が、もしボルト側だと、万一、タイヤが接触するようなことになったら、タイヤがバーストしちゃうからね。


 分かった? そこの菌みたいに、何も考えずに、ただただ作業してると、こーんな怖いことになってるって事もあるんだからね。

 みんなも、自分たちの車を作業する時には、しっかりと調べて、正しい知識を持って本番に臨もうね。


 柚菌は、反論したかったけど、目の前に仁王立ちしてるななみんに睨まれて、何も言えずに大人しくなってるよ。


 よし、じゃぁ、ちゃちゃっと、作業を開始しようね。

 なので、ボルトの付け直しと、ボルト穴にサビ止めペイントを塗って、乾くまでの間で、今までの作業をおさらいしとこうか?


 ふむふむ……ほぼここまでの作業は問題なしかな?

 一応、当て板に塗るコーキング剤は、もう少し多くても良いかな? ケチケチしないで良いよ、こういうところは。


 ボルトとナットの向きも合ってるのを確認したら、他の箇所の作業状況と合わせて増し締めしていって、作業完了だね。


 これで、遂に、新練習車の完成だね!

 

 ──────────────────────────────────────

 ■あとがき■

 お読み頂きありがとうございます。


 『続きが気になるっ!』『柚月のパンツはどうなるの?』など、少しでも思いましたら

 【♡・☆評価、ブックマーク】頂けましたら大変嬉しく思います。

 よろしくお願いします。


 次回は

 練習車も完成したところに、悠梨率いる文化祭軍団がやってきます。

 果たして……?


 お楽しみに。

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