第219話 横たわる課題とアルコール除菌
水野に連れられて、やって来たここは、練習場のスタート地点近くにあるプレハブ小屋だ。
元々、予算が降りる前提で整地を途中まで進めてたようで、工事に来ていた業者が、そのまま残していった事務所の跡だろうね。
うん、確か、ここって、夏休みに入るくらいまで、工事してたイメージがあるからね。
その脇には単管で作った農機具小屋みたいな物があって、入口には、ブルーシートがかけられていた。
水野がそれを捲って中に招き入れると同時に
「どうだね?」
と言った。
でも、私ら4人は、『どうだね?』って言われても、なんと返答して良いのか分からない光景が広がっていた。
そこには3台の車があったんだよ。
最近は、私も人並みに車の事には詳しくなってるから、その3台が何かは分かるよ。
手前にあるのは青いアルテッツァだね。
でもなんか、結構汚くね? 左前のフェンダーって、明らかにぶつかったのを、自分で手鈑金ような跡があるよね。
真ん中にあるのは、白いチェイサー。100型って呼ばれる最後の型だよね。
こっちはアルテッツァとは対照的に綺麗なんだけど、これって、ツアラー系じゃないラグジュアリーグレードだよね。アルミホイール履いてるけどタイヤが細身だから、2000アバンテってとこかな?
奥にあるのはグレーのR34スカイラインの4ドアだね。
これも結構、くたびれてるよね。ボディは綺麗なんだけどさ、雰囲気が疲れてるっていうか、そんな感じ。
これもタイヤが細身だから、2000GTとかなんじゃね? R34は言うに事欠いて、廉価版が2000GTだよ。爺ちゃんなんかは、スカイラインGTは特別な車だ……みたいに言うんだけど、私らにとっては、一番下のグレードだから、やるせないね。
取り敢えず、車種は分かったんだけど、この車、なに?
私は、安全装備にロールバーは必須だって、話をしたんだけどなぁ?
私ら4人は、顔を見合わせちゃったよ。
すると、燈梨が
「どうと、言われても、これは何なんですか?」
と口を開いた。
さすが燈梨、部長として、水野に積極果敢に意見をぶつけていく姿勢は良いよぉ、さすが私が見込んだ燈梨だけあるね。
水野は、ちょっと驚いたような表情を見せた後、自分の説明が足らない事に気がついたのか、目をしぱしぱさせて
「申し訳ない、説明不足だった。このコースでの練習用に、使えると思って、私が仕入れておいた車たちだ。既にロールバーもある」
そういう事かよ、早く言えよ水野め!
どうも、最初から専用車とロールバーは、必要だと思ってたらしくて、解体屋さんから貰ってきたんだって。
また、あの解体屋さんか、水野、どんだけ癒着してるんだよ。
しかも、ロールバーまでなんで持ってるのよ。
なに? 流用しようと思って、中古パーツ屋で手当たり次第に安いロールバー買ってた時期があって、その中にあって余ったやつがあったんだって?
水野は、一体なんの目的で他車種用のロールバーを買い集めてたんだ? しかも、ロールバーって、普通流用しないだろ。水野の車なんて、メジャー車種なんだから。
でも、まぁ、もう用意してるんだったら仕方ないよね。
あるものを有効活用して、練習するしかないよね。せっかくの低μ路の練習場なんだし、雪が降る前に、みんなで慣れておきたいと、前部長である私は、僭越ながら思うんだけど、みんなはどうかな?
「うん、私もそう言おうと思ってたよ」
さすが燈梨だね。
あとななみんと、空中に浮遊してる菌は何か異存ある?
「ありません。それじゃぁ、明日から作業に入りますね」
「私は、菌じゃない~!」
菌の言う事は人語じゃないから無視するとして、ななみん、週末の文化祭の準備があるけど、こっちに人員割けるの?
「大丈夫です。もう、沙綾っちの班と、車の仕上げ班だけなので……って、この4ドアのR32も展示車両なので、明日から入りますけど、それでも、10人くらい回せます」
さすがななみん、部員の担当までしっかり把握していて、凄く良いよぉ。
早速なんだけど、車を見てみよう。
走らせはしないとしても、状態見てみないと、なにせ解体屋さんに回った車だからね。
恐らく、チェイサーとスカイラインは、お爺さんが乗ってた車だと思うよ。レースのシートカバーがかかってたり、神社のシールが貼ってあったりするからさ。
中に乗ってみると、スカイラインは結構、くたびれてるね。
恐らく、もう20年前の車だから、走行距離も20万キロくらいいってるんじゃない? ……って、24万キロだよ。
ボディの綺麗さとは裏腹に感じたくたびれたオーラは、ここからきてたんだね。
チェイサーは、結構綺麗だけど、どうも引っかかるところがあるんだよね。
「マイ先輩、これ、6万キロですよ。超極上じゃないっスか?」
分かったぞ。そう言う事か。
あのね、ななみん。一概にそうとは言い切れないんだよ。
「えっ!?」
中古車の買い取り基準に年1万キロってのがあるんだけど、アレって、なかなか言い得て妙で、あの基準を捻くれて解釈すると、そのくらい走ってる車の方が、健康って解釈もできるんだよ。
「でも、買い取り基準は、それより多いと減点されるだけで、少ないとプラスになるはずじゃないっスか?」
うん、だけど、年1万キロはある意味バロメーターになるって意味での、例えだよ。
兄貴が言ってたけど、ライターやってると、結構、そういう車に遭遇するんだって、30年で2万キロしか走ってない中古スポーツカー買った人とかの車を取材すると、大抵エンジンが回らなかったり、走らせてて引っかかる感じがあったりするんだってさ。
それで、何年か後に、後を追って取材すると、大抵の人が手放したか、物凄く修理にお金がかかったかのどっちかなんだって。
「えっ!?」
分かるよ。走行も少なくて、ボディも綺麗な極上物で、凄く高いお金払って買ってるのに……って。
でも、'90年代前半までは、燃料タンクが金属なんだよ。だから、2万キロしか走ってない車だと、何回満タンにしてるんだろうって話。
「でも、満タンにしっ放しで良いんじゃないですか?」
でもね、ななみん。
ガソリンは、古くなると変質するんだよ。業界でも半年以内に使い切るように言われてるんだ。
そうすると、満タンにしたガソリンをどうにかして抜いてから、また新たなガソリンを満タンにするんだ。その前には当然、ラインに回った古いガソリンを全撤去してだよ。
「そうですね……」
それから、オイルの関係も定期的に入れ替えるんだ。エンジンは、当然としてミッションやデフもだけど、そんなしょっちゅう入れ替えてる人なんて、いないと思うよ。
それにブレーキのラインとかも固着したりするからね。そういう、年式の割りに距離が驚異的に少ない車が、極上だとは一概には思えないんだ。
調べていくと、大半が、新車時にはセカンドカーで、週末くらいで使ってたんだけど、持ち主が高齢になって段々放置されて、亡くなるか、施設に入るからって時に、孫とかがお金になると目をつけて売りに走るケースが結構多いらしいよ。
「なるほど、さすがマイ先輩です。目から
いやぁ、ななみん。褒めてくれて良いよぉ~。
ついでに私の事を名誉部長として認定してくれてもいいんだからねっ。
「マイなんか、名誉どころか不名誉のサディスト部長だい~!」
うるさうやい! この菌めが! 部に何の貢献もしてないどころか、害になる行動しかしてないお前なんか、とっとと粛清してやる!
ななみん! 早くコイツを縛って、穴に落とすんだよ。
そして燈梨、穴にアルコールを入れて除菌してから埋めちゃうんだ!
──────────────────────────────────────
■あとがき■
お読み頂きありがとうございます。
『続きが気になるっ!』『この部車を、これからどうやってこのコースの専用車にするの?』など、少しでも思いましたら
【♡・☆評価、ブックマーク】頂けましたら大変嬉しく思います。
よろしくお願いします。
次回は
突如として現れた3台の車。
この車たちの製作が始まります。
お楽しみに。
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