第210話 前と後ろと冬道と

 「そう言えば」


 なに、結衣。今日は口数が少ないね。

 私のマッハパンチを喰らって、自分の思慮の浅さに気がついた?


 「マッハパンチなんて、してないだろーが!」


 よーし、じゃぁ、結衣の目を覚まさせるために、今度こそ、本気のマッハパンチをお見舞いしようかなぁ……って、なに優子?

 え? 話が横道に逸れてややこしくなるから、やめておけだって? 仕方ないなぁ。

 で、結衣は何の話だったの?


 「私らさ、柚月以外はFRな訳じゃん。この冬をどう乗り切っていくの?」


 言ってることの意味が分からないね。


 「だから、雪に弱いと言われてるFRで、どう過ごせばいいかって事」


 なんか、日本人に多い妙な迷信なんだよね。

 じゃぁ、逆に訊くけど、FRが他の駆動方式より雪に弱いっていう根拠は何?


 「ええっと……、う~ん……」


 ホラ、明確に答えられないでしょ。

 ただのイメージでしょ。


 「マイ、FRは雪道とかで、まっすぐ走らないで、お尻振るじゃない。だから弱いんじゃない?」


 優子のナイスアシストだね。

 そう、それを根拠に、FRは雪に弱いっていう人は多いんだよね。

 じゃぁ、訊くんだけどさ、駅前にいるタクシーって、何?


 「トヨタのコンフォートだよね」


 そうだね優子、コンフォートって、駆動方式は?


 「FRだね」


 そうなんだよ、降雪地でも、タクシーはまだFRがあるんだよね。

 勿論、燃料代とか、整備性の問題から未だに採用してるって面もあるんだけど、これだけ見ても、FRで雪はダメなんてことが無いことは分かるよね。

 ちなみに、トヨタのコロナや、日産のブルーバードは、通常版がFF化された後も、業界の要望もあって、タクシー版だけは長らくFR版を継続生産してたんだよ。


 「そう言えば、私の実家があったところも、コンフォートのタクシーだったよ」


 北海道の雪深いところに住んでた燈梨の地元でも、FRのタクシーが使われてたんだよ。

 だから、雪が降るとFRに乗れない的なのは、ただの迷信、都市伝説だよ。


 ちなみに、日本人がFRが雪に弱いと思い込んでるのは、あまり雪に見舞われることの少なかった大都市圏の人たちが、雪が降るとパニックで低速主体で走るのに、FRは特性上、発進時にテールを振りやすいっていうのがあって、雪道で派手にテールを振って走った経験から『FR=雪に弱い』って図式が出来上がったんだよね。

 つまりは、日本人は低速主体で走るくせに、アクセルコントロールができないヘタクソ集団って、世界に発信しちゃったんだよね。


 「でも、FFよりは弱いよね?」


 その考えは、さっきの延長線上ね。

 FFは対照的に、発進は安定してるけど、高速域ではタックインが起こりやすから、高速域で飛ばしてると危険だよ。

 欧州では、FRでも雪に強いと言われてるのは、中高速主体の欧州では、低速でドリフト状態になるより、高速域でタックイン特性になってスピンする方が危険だと考えられてるのと、低速域のドリフトは、アクセルコントロールするものっていう考えからなんだよね。


 ちなみに、発進では、駆動輪に荷重がかかりやすいから有利だけど、凍った上り坂では、FFが一番使い物にならないよ。


 「なんで?」


 それはね悠梨、上り坂は、重心は下にかかっていくから、駆動輪のトラクションが抜けやすいんだよ。

 トラクションってのは、色々なニュアンスに使うけど、この場合は、路面にタイヤを押し付ける力みたいな意味で捉えててね。


 対照的に、FRの場合は、重力の法則で、駆動輪にトラクションがかかるから有利なんだよ。

 電子制御デバイスやLSDの無い素の車同士で、FFとFRを凍結した上り坂に置いて発進させると、下手な人が乗ると、FFの場合、坂を滑り落ちていくよ。

 下手な人ほど、タイヤが空転すると、余計にアクセルを踏み込もうとするからね。そうするとタイヤはそれにつれてグリップを失っちゃうんだよ。


 「なるほどね」


 そうだよ、燈梨。

 初めての車で迎える冬で、不安になるのは分かるけど大丈夫だよ。


 大体、燈梨以外の地元民の野郎どもは、今まで後輪駆動のバイクで冬を乗り切ったでしょうに、それが、4輪になったのに、何が不安になるんだよ。

 バイクに乗ってたんだったら、たとえFRだろうと、去年より楽になるのは目に見えてるじゃん。


 「そうか~」


 結衣、なにを今になって感動してるんだよ。

 冬だって、普通に乗り切れるんだよ。大体さ、昔は国産車の9割がFRだったんだからさ。


 「そうだよ~、今でもトラックは、FRじゃない~。大丈夫だよ~」


 この野郎、柚月!

 この大事な時に、私に説明を丸投げして、自分は脇で鼻ほじってようなんて、いい度胸だな。


 「マイが、1人で話し出すから聞いてただけだもん~。それに、鼻なんてほじってないだろ~!」


 柚月め、やる気か? 

 このっ、このっ! えいっ! こうしてやるっ!


 「参りました~。ゴメンなさい~」


 そう簡単に許されると思うなよ、柚月。

 羽交い絞めにして、手が使えない状態でうつぶせに組み伏せて、床に無駄な膨らみを押し付けて、まっ平らにしてやる!


 「やめてよ~ もうしません~!」


 はぁはぁ、まったく、ようやく思い知ったか……って、なに? みんなのその汚物を見るような目は。


 「マイ、部のイメージが著しくダウンするから、やめようね」


 なによ優子、ならず者を制裁してたのに、こっちが悪者扱いな訳? マジイミフだよ。


 「マイも、柚月たちと一緒にマゾヒスト部に行っちゃえよー」


 なんだと結衣、私に対して失礼だぞ!


 「いやいや、結衣。マイはMじゃなくて完全なるSだから、マゾヒスト部には行けないでしょー」

 「マゾヒスト部なんて、ないからー!」


 もう、訳の分からない議論に話がすり替わってしまいそうだぞ。


 ようやく、くだらない議論に片がついたところで、さっきに話の続きといこうね。

 ハッキリ言っちゃえば、冬場の駆動方式の強い弱いの違いが出るのは、発進時だけだよね。

 4WDは、4輪で地面を掻くから、発進時のグリップも、安定性も高い、FFは発進時のグリップがかかりやすいのと、低速域では安定する挙動になるのに対し、FRは発進から低速にかけては挙動が不安定になりがちという差が生まれてくるんだよね。


 「となると、やっぱり世間的に言われてる事は、正しいんじゃね?」


 結衣、何度も言うけど、それは発進と低速域の話。

 この挙動の安定だけを言うなら、都内に雪が降った時レベルの運転に限られるんだよね。

 

 「それって、どういう意味?」


 ほとんどの車が夏タイヤか、冬タイヤになってても、慣れてないから、おっかなびっくり運転で、そして、こっちも、後ろの車が夏タイヤかもしれないから、追突防止にゆっくりしかブレーキが踏めないから、やっぱりゆっくりになっちゃう、ぶっちゃけ、渋滞路レベルの速度でしか流れてない感じかな?

 スキーやスケートを初めてやった人の流れって言うと、イメージしやすいかもね。


 「あぁ、あの近づいちゃいけないやつね……」


 そうそう。

 その感じでなら、その都市伝説も的外れじゃないってこと。

 でも、この辺って違うでしょ。みんな、慣れてるから夏場とそんなに変わらないスピードで流れてるじゃん。


 その速度域だと、都市伝説とは逆の挙動になるからね。4WDは止まり辛い、FFはちょっとしたことでスピンするってさ。

 ウチの爺ちゃんと婆ちゃんも、FFは嫌ってたね。昔、冬場にチェリーって車で横転したのと、スプリンターを崖から落としちゃったって言ってたよ。しかも、両方ともスパイクタイヤの時代だって言ってたよ。


 「えっ!? スパイクタイヤって、バイク以外にもあるんですか?」


 おぉっ! ここで若者代表のななみんからの質問で、まだまだ説明は長くなりそうだよ。


──────────────────────────────────────

 ■あとがき■

 お読み頂きありがとうございます。


 『続きが気になるっ!』『スパイクタイヤなんてあったの?』など、少しでも思いましたら

 【♡・☆評価、ブックマーク】頂けましたら大変嬉しく思います。

 よろしくお願いします。


 次回も、まだまだ冬の備えについての話が続いちゃいます。


 お楽しみに。

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