第200話 MDと黄色い車

 燈梨の運転で再出発した、私の車は軽快に山道を走り出したよ。

 室内は、さっきまでも明るくて楽しい雰囲気だったけど、メンバーが変わっても、それは変わらずだったよ。

 

 うん、それで良いんだよ。

 なにせ、ななみんと燈梨は、同じクラスで、且つ同じ部活なんだからさ。その2人が乗る車が、お通夜みたいな雰囲気だったら、私はどう対処すればいいのかで悩んじゃうじゃん。


 ところで、ななみん。

 柚月と2人で、競うように、こっちの車に来たがったけどさ、そんなに優子の車って、雰囲気悪かったの?


 「あの……なんか話題が、優子先輩セレクトの蘊蓄話うんちくばなしばっかりで、私らは、ただひたすら、それを聞いてるだけの……ぶっちゃけ言うと、優子先輩の独演会みたいでした!」


 ななみんが、目を瞑って吐き出すみたいに言っちゃったよ。

 よっぽど酷い空間だったんだね。今度、優子には注意してやらないとダメだね。

 どうにも優子には、暴走癖があるからね。それを止められるのは、私と結衣なんだけど、今日は結衣がいなくて、私も、自分の車だから、優子の方に行けなかったからね。


 え? ちなみに、さっきの休憩所に着く直前までは、MDの歴史について話してたって?

 うわっ! しょーもねー話題だ。絶対に聞きたくないよ、そんな話。


 私らの世代で、MDに親しみある人って、少ないと思うよ~、私ら物心ついたころには、既に廃れてすたれてて、使ってた人いないし、逆に親の世代だと、カセットテープ全盛で、使ってなかったらしいし。

 兄貴は、世代的にハマってたけど、CDから直接聴く派だったから、ほとんど使ったことないって、言ってたよ。


 車のオーディオだって、カセットからCDに移行して、その後の一時期、MDデッキにはなったけど、CD派が結構強くてCDと入れ替われずに、メモリーオーディオが登場すると、CDが残って、MDが消えたような感じだって、兄貴が言ってたよ。


 そんなMDについての蘊蓄を、紅葉を楽しむドライブで延々語るって、優子の神経は、一体どうしちゃってるんだよ? って感じだよね。

 そうだ、MDで思い出したけど、車載MDデッキの第一号は、スカイラインなんだよ。


 「そうなの?」


 そうなんだよ、燈梨。

 R33の純正オプション品に初採用されたんだって。

 ……って、いかん、これじゃぁ、まるで優子みたいじゃないか!


 「いえ、優子先輩のは、ただ延々話してくるだけで、途中で何か話を挟める状況ではなくって……」


 そうなんだ、ななみん。

 私なんかは、優子が何話してようが、無視して違う話を被せてっちゃうけど、ななみんは後輩だから無理か……。


 まぁ、もうMDの話はいいよ。

 ここからは建設的で楽しい話にしようね。


 せっかく、ななみんと燈梨の2年生コンビがいるんだから、若い世代の何かイケてる話題とかは無いの?

 はぁ、特に無いっス……かぁ。

 思うんだけど、あっちの車がお通夜みたいだったのって、当然、優子によるところが大きいんだろうけど、ななみんの話題の無さにも原因があるんじゃないの?


 じゃぁ、少し話題を見つけよう。

 ななみんは、ちょっと先の話になるけど、免許はいつ取れるの?


 「私は、6月生まれです!」


 じゃぁ、すぐに取れるとして、夏には間に合うのか。

 ちなみに、ウチの部の2年生で、一番誕生日早いのって、誰? ちなみに、燈梨以外でね。


 「沙綾っちが、4月生まれなんですよ」


 あぁ、写真部に入りたかったけど、キックボクシングが強すぎて、それが叶わなかったって娘ね。

 確か、ななみんは空手部じゃなかったっけ? 紗綾ちゃんと子供の頃から仲が良くて、昔、陰キャだった紗綾っちって娘を、ななみんが誘って、一緒にキックボクシングやってたって?

 そうなんだ。ちなみにウチって、キックボクシング強豪校だったの?


 「沙綾っちと、私は、同じジムで習ったんですけど、沙綾っちは、その中でも強くて、そのお陰もあって、ウチのキックボクシング同好会は、県内では群を抜いた強さですよ。沙綾っちは、プロのお誘いもあったくらいなんです」


 へぇー、そうなんだ。

 でも、沙綾っちって娘は、元々、虚弱体質を治したくて、ななみんに誘われて無理矢理始めたキックボクシングだったから、高校までで引退して、大学に行ったら普通の女子になりたかったんだって?


 確か、沙綾っちって、ななみんと一緒に、移籍してきた初期メンバーの中の1人だよね?

 キックボクシングの大会とかって、どうしたの?


 「沙綾っちと自分は、夏の大会に出てますよ。その大会で引退して、掛け持ち終了で、2学期から自動車部専任になったんです」


 ななみんって、注意してるんだろうけど、ふと気が抜けた時に、一人称が『私』から『自分』になっちゃうんだね。体育会系の悲しきさがだね。


 ところで、何か欲しい車とかってあるの?

 実はさっき、あやかんと、その話をしてたんだ。


 「う~ん、理想を言えば、フェアレディZとか、ロードスターですけど、それは現実的に無理だと分かってるんで、手近で手に入るとすれば、中古のS660とか、スイフトとか、ですかねぇ……」


 確かに、理想と現実をしっかり見据えた、大人の発言だねぇ。

 高2とは思えないしっかりさんだよ。柚月に爪の垢を煎じて飲ませてやりたいね。

 ちなみに、昔、スバルにあった軽自動車レックスの3代目モデルの前期型のCMコピーは『しっかりさんの、しっかりレックス』だったんだよ。

 この3代目レックスが、世界で初のCVT搭載の市販車だったんだ。そして、古手川祐子、松田聖子、山田邦子と、1つのモデルで2度CMキャラが変わったんだよね。


 いかんいかん、優子並みの駄知識を挟んでしまったよ。


 話を戻すと、ななみんは、スポーティで黄色い車が希望か……。


 「いえ、黄色という条件は入ってないです!」


 そうなの?

 でも、黄色そうな車ばっかりだよ。


 「でも、黄色が希望ではないです!」


 なんだ、面白みがないなぁ、どうせななみんは、優子みたいに白い車とか買っちゃって、みんなから鼻をつままれるんだろうなぁ……。

 きっと燈梨からは距離を取られて、沙綾っちには絶交されちゃうよ。

 そして、部内でただ1人孤立したななみんは、世を儚んではかなんで……。


 「なんで、そんな展開になるんですか!」


 え? 柚月とか、いつもこういう話しない? アイツだって、いつもいつも下ネタばっかり言ってる訳じゃ無いっしょ。

 こういう楽しげな話で、みんなの心を解きほぐそうとしてるに違いないんだよ。


 「ズッキー先輩のイメージを、壊さないでくださいよ~」

 

 ななみんたちが持ってる、柚月のイメージが、そもそも分からないけど、柚月は、いつもいつもバカな真似をしては、私と優子が尻拭いをするって、定番の鉄板スタイルだったんだから。

 柚月は小学2年の頃、駅前商店街にあるお洒落な円形の水銀灯を、当時見てたアニメに出てきた、世界を破滅させる水晶玉だって言い張って、高枝切りばさみを改造して作ったロングハンマーでぶっ叩いて粉々に割っちゃったんだぞ。


 「ええっ!!」


 お陰で、止めに入った私たちまで、交番に連れて行かれて、柚月と一緒に思いっきり怒られたんだから。

 しかも、アイツったらさ、警官に向かって『貴様もブラックフェアリーの手先だなぁ~』とか言って、唾吐きかけて、余計怒らせてさ、本当に酷い目に遭わされたんだからさ。


 「ズッキー先輩のイメージが……」


 そうなの?

 私は疑問なんだけど。ななみん達、格闘系の部員に対しての、柚月って、どんな感じなの?

 まさかとは思うけど、よくテレビで見るコーチみたいに、厳つい顔で腕組みしながら練習見てて、気に入らない奴を怒鳴りつけて、挙句、引っ叩いたりしてる様な感じなの?


 「そうです! ズッキー先輩は、準備運動フケようとした後輩に喝を入れようとして、体育館の鉄扉を蹴りでひん曲げちゃいました」


 え? そうなの? 体育館の鉄扉って、結構頑丈なのでしょ。柚月が蹴った時だけ、樹脂製の波トタンか何かに変わってたんじゃね?

 大体柚月の授業中なんて、ポッキー喰ってるか、寝てるかして、先生に小突かれてるし、部に来たら、パンツ脱いでるかしかしてないんだからさ。


 「それが、私たちには、信じられないんですよ~」


 七海ちゃんは、ちょっと目尻に涙を浮かべながら言ったので、恐らく、格闘家の柚月はそうなんだろうね。

 なので、自動車部移籍組の中には、最近、あまりの柚月のギャップに戸惑いを感じてる娘が多いらしいよ。


──────────────────────────────────────

 ■あとがき■

 お読み頂きありがとうございます。


 『続きが気になるっ!』『格闘家柚月の実力って?』など、少しでも思いましたら

 【♡・☆評価、ブックマーク】頂けましたら大変嬉しく思います。

 よろしくお願いします。


 次回は 

 柚月のギャップに悩む七海に、舞華がアドバイスをします。

 そして、2年生の2人が織りなす、今後の部の展望に、舞華はほっこりします。


 お楽しみに。

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