第199話 一般女性と車割り
そう言えば、あやかんさ、優子は何か言ってたの?
ホラ、アイツって絶対、そういうのに異様に肩入れしてきそうじゃん。
「『スカイラインが良いよ』って、言ってたよ。本当はR32型がベストだけど、古いからR34が良いんじゃないかなって」
あぁ、やっぱりそうきたよ。
優子は、自分が良いと思ったものは、人も良いと思うに決まってると考えて、凄く押しつけがましく迫ってくるんだよね。
昔から、自分が聴いて気に入った音楽とか、良いと思った漫画や小説とかを、物凄く私らとか、他の友達とかに薦めてきて、しつこく感想とか求めてくるのよ。
それで、相手が買ってなかったり、期待通りの感想言わないと、凄く不機嫌になるんだよね。マジでやってられないよ。
だから、ぶっちゃけ優子には、よっぽど困らない限り、アドバイスは求めないんだよ。
車好きでもないあやかんが、2000cc以上あるスカイラインなんて、いきなり手に入れたところで、高い維持費と、良くない燃費のダブルパンチに見舞われて、好きになるどころか嫌になっちゃうと思うよ。
この私だって、家に置いてあったから使えって、芙美香に命令されたから、致し方なく使い始めたんだからさ。
「そうなの?」
そうなんだよ、燈梨。
この車は、兄貴が東京に行く時に、納屋に置いて行っちゃった車だったんだよ。世に言う『納屋物件』って、やつだね。
「お兄さん、大事に使ってたんだね」
それは違うよ、燈梨。
ウチの兄貴は、ごく一部を除いて、同じ車に半年以上乗ったためしがないほど、しょっちゅう車を替えてたんだよ。その替えたってのも、次の車が欲しくなったからじゃなくて、今乗ってる車が原形をとどめないほどにグチャグチャになっちゃって、乗れなくなるからなんだよ。
大抵は、崖から落とすか、岩肌や木に突き刺さるか、人様の家の塀とか、電柱をなぎ倒すかのどれかのルートで、あっけない最期を迎えるんだから。
兄貴のせいで、集落が停電になったのだって、1回や2回じゃないからね。一度なんて、発電所のトラブルで停電になったのに、兄貴の仕業だと思って、集落の人が怒鳴り込んできたんだからさ。
「あははは……は、舞華のお兄さんって、凄い人なんだね……」
燈梨、分かってるって、兄貴の話を初めて聞いた人の反応なんて、大抵、そんなもんだよ。
その『凄い』だって、グレイトの方じゃなくて、クレイジーの方だってことくらいは、お察しですよ。
それにしても、あんなクレイジーな兄貴が、2年も車断ちした挙句、一般女性と結婚するとは思わなかったなぁ。
「なんだよ、その『一般女性』って、芸能人かっての?」
あやかん、あの兄貴が、普通の女と結婚するなんて、誰も思ってなかったんだからね。そもそも、兄貴に子供ができるまでは、芙美香にも、爺ちゃんたちにも、兄貴は結婚できないだろうから、私が婿を取れって、言われてたんだから。
たとえ、できたとしても、その奥さんも、ランエボのRSって方のグレードの競技車両だとか、古いコルベットって車だとか、そういう車に乗ってるか、はーれーだびっとそんとかいうバイクを乗り回していて、兄貴に輪をかけての迷惑夫婦になるに違いないから……って、言われてたんだからね。
奥さんと結婚の挨拶に来た時にも、お父さんも芙美香も、『どんな車に乗ってるんですか?』とか、『バイクの免許はお持ちですか?』とか、しつこく確認してたし、芙美香が兄貴を2階に呼び出して
「1回ヤったからって、いくら要求されてるの?」
「ウチで持ってる最後の山、売ってくるから、それで最後にしなさい!」
って、マジで迫ってたからね。ウケた。
「舞華の兄ちゃん、信用ねーな」
そりゃぁ、あやかん。
あんなの信用に値すると思ってる方が、どうかしてるよ。
その兄貴が、転勤で、東京から隣の県に来ちゃうからね。なんか、悪夢再び……って、ことになるんじゃないかと思って、恐ろしいですよ。
それにしても、あやかんは、どんな車が良いかなぁ。
若々しいマニュアル車かぁ、そう言えば、あのサニーみたいなのは来ないだろうから、でもって、そうなると軽になるのかな? アルトとか、でもって、予算内だと若々しくないだろうなぁ……。
「ラパンSSなんか、良いよね」
おっ、燈梨、結構イイ線ついてきたね。
そうか、なるほどね。でも、なんで燈梨が知ってたの? 好きなの?
「関東に住んでた頃、知り合いが乗っててね、何度か運転させてもらったんだ。その人ね、今は大学生だけど、山の向こうの高校の出身なんだよ」
へぇ~、燈梨の知り合いって、結構向こうの出身の人が多いよね。オリオリさんとの繋がりかな? ホラ、来月から私もバイトするファミレスにいた、お姉さんとか……。
「唯花さんと、ラパン乗ってる桃華さんは、友達同士だよ。高校の頃、同じクラスだったんだって」
なるほどね。
でも、あやかんの車って、どうなるんだろ?
私も、部員以外で、水野に車頼むのは初めてだからさ、どんなものが来るのか、まだ訊いてもいないうちから興味が湧いてきたぞ。
若々しい、メタリックブルーの軽トラとかかな?
「そんなの嫌だよ~!」
「そうだよ、舞華、可哀想だよ。せめて、エブリィくらい言ってあげようよ」
燈梨、毒吐くな~。
「なんだよ、燈梨。北海道にいた頃は、そんな事、言わなかったじゃん~!」
あやかんと燈梨の、屈託のない笑いを見て、私は安心したんだよ。
最初に燈梨に会った時、凄く暗くて沈んだ目をしてたからさ。
あやかんに引き会わせて、こっちに燈梨が来て、再出発できてさ、その手伝いが出来て、本当に良かったと思うんだよ。
しばらく走った後で、眺めの良さそうな駐車場があったから、休憩に入ったんだ。高原のドライブでの休憩と言ったら、やっぱり駐車場に休憩所でしょ。コンビニは便利なんだけど、味気ないからね。
それに、コンビニの駐車場からでは、この絶景は期待できないし、周囲を散策も出来ないでしょ。
今までの2ヶ所の休憩所は、展望台から、山々を見下ろす感じだったのに対して、こっちは標高が低いからなんだろうね、見下ろすよりも、この高さにある木々の織り成す色のパノラマの中を歩いて行って、一体感を演出するような感じになってるのが特徴であり、同じように見える休憩所の中での大きな差異になっていて、それぞれに楽しめる要素になってるよね。
「うわぁ~、綺麗だね」
うん、そうだね。燈梨。
私は、燈梨とこんな紅葉のトンネルの中を歩けるなんて、まるで夢のようだよ~。
「えっ!?」
ホラ、イアンの観覧車で、あやかんと会った時もさ、もう、これでお別れみたいな雰囲気だったからさ、ちょっと、その時の事がまだ頭から離れてなくてさ。
そう言うと、燈梨が、私の手を優しく握って。
「ゴメンね。あの時は、まだ決心がついてなかったんだ。だから、あんな返事しか出来なくて、でも、私は、舞華から勇気と元気を貰って、とっても嬉しかったんだ」
と、言った。
その声は、あの時と違って、優しさの中にも、意志の強さを感じるものだった。
その後は、燈梨と手を繋ぎながら、特に言葉を発する事もなく、紅葉のトンネルの中を歩いた。言葉に出さなくても伝わる思いが嬉しかったんだよ。
トイレに行って、飲み物を買い、駐車場に戻ろうとした時
「ちょっと~、メンバーチェンジしない~?」
と、柚月が言った。
今日の柚月はすっかり存在感が無いから、いないものかと思っちゃったよ~。
「うるさいやい~!」
まぁ、いいけど、私と優子と燈梨は、運転だから無理として、じゃぁ、あやかんはこっから優子の車で良い?
「オッケ~!」
それじゃぁ、やっぱり1台が3人乗りじゃないとバランス悪いから、あとはそっちから1人ね。
「私が行く~!」
「いや、私が行くっス!」
優子、人気ねーなー。
それにしても、そこまで露骨だと優子が傷つくよ……って、あやかんと談笑してて、見てないし。
あやかんって、あの優子を完全に手なづけてる感が凄いよね。見た目によらず、強者だよね。
しょうがないなぁ、ジャンケンだと、アンタたち五月蠅そうだから、あみだくじにしよう。
じゃぁ、燈梨に作って貰ったあみだくじで、いっくよ~。恨みっこなしだからね。
……七海ちゃんだね。
よし、車割りは決定ね。それじゃぁ、七海ちゃん、いこっかぁ~。
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■あとがき■
お読み頂きありがとうございます。
『続きが気になるっ!』『なんで優子の車は人気が無いの?』など、少しでも思いましたら
【♡・☆評価、ブックマーク】頂けましたら大変嬉しく思います。
よろしくお願いします。
次回は
七海と燈梨の2年生コンビが登場した後半戦。
それまでとは違ったテンションで、やりとりが行われます。
お楽しみに。
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