第196話 紅葉と適度な距離感
私たちは、この秋の空のように爽やかな気分になると、それぞれの車に乗って出発した。
こういうカタリ野郎を気持ちよく成敗した後って、何故か凄くスッキリした気分になるんだよね。
「なんか、マイっちは、凄く手慣れた感じで、丸め込んでたよね」
あぁ、あやかんね、私だって、高校生になるまでは、こんな事に耐性無かったけど、軽音楽部にいて、バンドとかやってるとさ、ファンに混じって、こういうカタリが絶対湧いてくるのよ。
音楽の方向性とか、正統派はこうあるべき、とかさ。
最初はファンサービスのつもりで、真面目に聞いてたけどさ、そのうちストーカーみたいに、あちこちに湧いてくるようになったから、ある時、柚月と一緒に囲んで、奴の理論をボッキボキに折りまくってやってさ、以降は、カタリは早期に潰すようにしたんだ。
「なんか、そういう人たちもいるんだね、怖いね」
燈梨は、今までにそういう奴らに出くわした事、無いんだね。
まぁ、シルビアの場合は、スカイラインとユーザー層が違って、変なオタクとか、カタリとかは少なさそうだよね。
なんにしても、相手にしないのが一番だよ。
ああやって、頼みもしないのに、人に偉そうに語ってる奴の話って、大抵間違ってたりするから。
「ええっ!?」
どこで調べたんだよ、お前って感じで、間違ってる情報を垂れ流してたりするよ。恐らく、本を読んだか、ネットで調べたかしたんだろうけど、ダブルチェックができてないから、情報源の間違いをそのまま拾っちゃってるんだよ。
最近は酷いからね。売ってる本とか、看板背負ってる車雑誌系のネット記事でも、間違いが堂々と修正もされずに垂れ流されてるから、必要なのは、いくつもの情報を交えて精査する事、そして、古い車の話は、なるべく当時の資料も読んで擦り合わせる事だよね。
スカイラインの話でアレだけど、もう、既に、当時と現在の風景が違ってるのって、R30型ね。
アレが、旧車になった今になって見ると、RSって、結構メジャーだったんだねって思っちゃうだろうけど、R30型に占めるRS系の販売比率って、10%台くらいだからね。
「そうなの?」
うん。
昔のドラマとかで、メインの人や車じゃなくて、その後ろを走ってたり、駐車場に止まってる車を見ると、当時の状況って見えてくるけど、そういう風に見てみると、ほとんどRSなんて出てこないよ。R30系で見かけるほとんどが、4ドアのGT系かTI系なんだよ。
「そうなんだね」
そうなんだよぉ、燈梨ぃ、私はそれよりも、上の休憩所で燈梨とお昼を一緒にできる事の方が、よっぽど楽しみで、気になってる事なんだよぉ。
「へへへ……それは、もう少し後でのお楽しみでね」
てへ。
いやぁ~、良い景色と、燈梨とのお昼。楽しみだなぁ~。
あれ? 優子の車との間が少し開いたな、そんな飛ばしてるつもりはないんだけど、少しゆっくり気味に走ろう。
「凄く山が色づいて綺麗だね」
燈梨は初めてだもんね、あやかんは? そうか、お父さんと2人暮らしだと、なかなか来ないよね。それでいてバイクの免許もないから、1人でも来ないよね。
2人とも初めてかぁ、だったら絶景かもね。このガードレールの外側から見下ろす山の下側の紅葉が、もうそれは言う事無しの絶景なんだよ。
言葉を失って、無心に下を見つめる2人を見て、私は何故か満足で胸がいっぱいだったよ。
これが車のもつ魅力だよね。みんなと出かけて、景色や空気を共有できる楽しみは、なかなか得られないもんね。
そして、スカイラインの場合は、距離感もちょうど良くない? ほら、ミニバンとかだとさ、距離が離れすぎてて、特に後ろの席とのコミュニケーションが、ちょっと希薄になっちゃうんだよね。
そして、とどめはサンルーフだよ。
コイツをチルトから、スライドに変えてちょっと開けてやると、気持ちの良い風が流れ込んでくるんだよ。
「うわぁ~、凄いなぁ、舞華っちのは、コレがついてるから良いよね。優子のは、この天井の窓が無いんだもん」
優子のおじさんは、バイク乗りのスピード狂で、走る機能に重きを置いてたみたいだからね。
こっちの車は、きっと、最初に買った人が、お洒落な装備とかにも興味があったんでしょ。しかも、ターボでパワーにも余裕があるから、心にも余裕がある人だったんだよ。ウチの芙美香とは大違いでね……ケケケッ。
適度な距離感と、みんなとの一体感、そして爽やかな光と風を採り入れてのドライブ、う~ん、免許取って、車を持ってて良かったと、今日改めて、そして、最大限に思ったよね。
やっぱり、車って最高だよって。
◇◆◇◆◇
ここが一番眺めの良い場所だよ。
ここから見下ろす山々の風景が、一番ダイナミックで見ごたえがあるんだよ。特に、さっき渡ってきた大きな橋もアクセントになって、イイ感じの風景になるんだよ。
「うん! 凄く綺麗だよ。そして、ちょうど山々が色付いていて、最高だね」
燈梨が目を爛々と輝かせながら言って、スマホを取り出すと風景を撮り始めたよ。折角だから、私がこの風景をバックに、燈梨を撮ってあげるよ。
燈梨と風景を撮りながら、私はしみじみと思ったよ、今回、燈梨たちを誘って、ここに来て良かった、そして、納戸であのパンフを見つけた事も、ホントに良かったって。
「いや~、お腹ペコペコだよ~。お昼にしよ~よ~!」
柚月め、突然現れたかと思ったら、みんなが景色に見入って感動しているのに、その雰囲気すらぶち壊しにしやがって、腹が減ったんなら、そこら辺の雑草でも抜いて食べてろ!
「なんでだよ~! 今日は、みんなでお昼食べに、ここまで来たんだろ~!」
ホラ見なよ、燈梨、あやかん。
コイツは所詮こんなもんだから、参加させちゃダメだって、言ったんだよ。
コイツはお昼が食べられれば、どこでも良いんだから、お昼だけ渡して、生ゴミの処理場にでも放置してくれば良いんだよ。
「うぅ~、マイのサディスト!」
うるさいやい! そもそも、柚月は、なんで駄々こねて参加したんだよ。
この風景を楽しむのが主目的だろうが、お昼食べるのが目的だったら、柚月だけファミレスの前で降ろしてやるんだからさ。
「もう、ユズったら、恥ずかしい真似しないでよね!」
「イヤだ~!」
背後から現れた優子にガッチリ掴まれて、柚月は物陰へと消えて行った。
こりゃぁ、あと10分は戻って来られないパターンだな。
「いやぁ~、あっちの車は、疲れたっスよ」
伸びをしながら現れたななみんが、周囲を見回して、優子に聞こえないのを確認しながら言った。
どうしたの? ななみん、まぁ、何となくの予想はつくけどね。
「優子先輩の火山に関する話がマジで長くて、紅葉の話をしてたはずなのに、いつの間にか火山の
ホラ、だから、優子と同じ車の中なんて嫌なんだよ。
優子は、小学3年生の遠足の時、行きのバスの中で、その日に回る施設や、見て回る場所の特徴や歴史的背景を、事細かくみんなに話しちゃったせいで、みんなが白けて、遠足を台無しにしちゃったことがあるんだよ。
「まじか~」
そうなんだよ、あやかん。
翌年から優子だけは、バス酔いしやすい子と一緒に、バスの一番前の列で、先生の隣が指定席になっちゃったんだから。
あやかんは、よく優子と遊びに行ったりするじゃん、優子って、その時、どんな話してるの?
「普通に、今度の秋冬は、どんな着こなしが流行りそうとか、最近どんなもの食べたとか、そういう話題だよ。そんなにしつこくないし、今の話訊いて意外だったよ」
優子め、あやかんの前では猫被ってるな。
アイツは一時期、話がくどいって言われて、クラスの中でハブられてたことがあったから、少し、反省したんでしょ。
「なるほどな~、でもさ、私って、優子と知り合うきっかけが、きっかけだけに、あまり遠慮しなくていいと思うんだけどね~」
と、あやかんがボソッとこぼして、燈梨が
「綾香が、優子ちゃんと知り合ったきっかけって?」
と、訊いたため、あやかんは、そのおぞましいきっかけを話したんだよ。優子がつき合ってた彼が、あやかんと付き合ってるって、噂が流れて、優子が乗り込んできたっていう、ドロドロの昼ドラ展開的な一部始終をさ。
燈梨は、口を押えながらその話を聞いてたけど、その話が終わると
「なんか、ミサキさんみたい……」
と、誰かを思い出して、フフフと笑みを浮かべていた。
さて、そろそろ良い時間だし、お昼にしようか。
──────────────────────────────────────
■あとがき■
お読み頂きありがとうございます。
『続きが気になるっ!』『優子の蘊蓄には、他にどんなバージョンがあるの?』など、少しでも思いましたら
【♡・☆評価、ブックマーク】頂けましたら大変嬉しく思います。
よろしくお願いします。
次回は
遂に目的地に到着した一行は、もう1つの楽しみであるお昼を堪能します。
お楽しみに。
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