第193話 旅の始まりとサンルーフ

 土曜日になったよ。

 朝、燈梨の部屋に集合した私たちは、私と優子の車に分乗して出発した。

 私の車には、燈梨とあやかんが乗り、優子の車に柚月とななみんが乗った。

 柚月は、お目付け役がいないとすぐに調子に乗るからね。まずは、優子にピッタリとついていてもらわないとね。


 そっちは準備できた? って、柚月なに物欲しそうな目でこっち見てるの?

 悪いけど、勝手に割り込んできたんだから、車割りに文句は言わせないよ。

 そして、一緒に後輩のななみんをつけることによって、柚月を好き放題暴れさせないように釘が刺せるんだよ。

 なにせ、後輩の前でカッコ悪いところ、見せられないもんね。


 まずは、一番のネックの柚月を黙らせたところで、楽しく出発しようね。

 天気予報通りスッキリ晴れたし、いざ出発だね。


 いやぁ、秋の国道は、結構眺めが良くて良いねぇ~。


 「うん、夏や冬よりも、秋が一番良いと思うよ~」


 あやかんもそう思う?


 「うん、冬って言うと、私なんかは北海道を知ってるし、夏はこの辺って変わり映えしないなって気がするけど、秋の、この色づいてるんだけど、一瞬の儚さはかなさっていうのかなぁ、そういう哀愁と雄大さのミックスみたいなのは、ここでしか見られないかなぁって」


 そうかぁ、さっすが、北海道を知ってると、言う事が違うねぇ~。

 そうだ、あやかんさ、ウチの連中ってさ、私が北海道に行ってみたいって言うと、みんな変わり映えしない雪国行ってどうするの? みたいに言うんだけどさ、違うよね。


 「そりゃぁ、違うよ。北海道の雄大さと厳しさとはね。ただ、ここは高原っていうのもあって、独特の感じではあるけどね」


 そうなんだ。

 でも、あやかんもお薦めの秋のドライブができるなんて、ラッキーだったね、燈梨。


 「うんっ!」


 と、燈梨はニコッとして明るく言った。

 良かったよ。燈梨はこっちに来てから、物凄く明るい表情もするし、凄く楽しそうに笑うようになってくれてさ。

 私は、そういう燈梨が見られるのがとても嬉しいんだよ。


 そんな事を思って、満足そうに燈梨の表情を眺めていると、その様子を見つめるあやかんと目が合って、同じ思いでいることが分かって、思わず笑みがこぼれてしまった。


 爽やかな風の中を、私はサンルーフのチルトアップとスライドを使い分けて、秋の風を採り入れながら、外との一体感を感じながら駆け抜けていった。

 ここで、優子の車はサンルーフなしだから、この芸当が出来ないんだよね。ホラ、スポーツモデルにサンルーフは不要とか、訳の分からないこと言う人っているじゃん?


 それで重量や剛性がって言うんだったら、ルートバンみたいに、後ろの窓も鉄板で塞いで軽量化と高剛性化を図ればいいんだよ。そうだよ、窓なんてガラスが嵌まってて、どっちでも不利なんだから、フロントとサイドのガラスも撤去して鉄板で塞いでさ、センサーとカメラで死角を無くして、剛性と軽量化の邪魔になるガラス全撤去っていう潔いいさぎよいことが出来ないのに、中途半端に『サンルーフが』なんて言わないで欲しいよね。

 もしくは、そこまで突き詰めるんだったら、石川五ェ門の斬鉄剣に斬られたシャーシだけの車で走ったら良くね? 鬼のパワーウエイトレシオでマジパネェよ。

 そんな毒を吐きながら運転してると


 「そう言えば綾香は、免許はどうするの?」


 と燈梨が言い


 「もう、今月からはじめて、仮免待ちなんだ。私はみんなと違って、バイクの免許もないから、早く取りたいんだよね」


 と、あやかんが答えた。

 そうだね、通学も楽になるし、それに、なにより行動範囲が広がるからね。


 「そうなんだよ、ウチは、実質父子家庭だからさ、父さんが、バイクはダメって譲らなくてさ、それで、免許諦めたんだよね」


 うんうん、たまに、こっちでもそういう親がいるけど、そういう家の子は、大抵が学校まで親が送って行ったりしてるよね。


 「でも、ウチは、バス停の近くに家があるから、送り迎えもナシだよ~」


 マジで辛いね。

 ウチらの街だと、バス停が近くても、何のアドバンテージにもならないんだよね。

 何故なら、本数が少ない上に、朝夕は、始発から3つ目のバス停くらいまでで満員になってしまうことが多くて、下流のバス停を利用している人間にとっては、数少ないバスを何台も見送らなければならなくて、バス停がメリットになっていないんだよ。


 「そうなんだよね、マジ困るんだよ」


 そうか、あやかんは10月誕生日か、私と半年離れてるんだね。免許取得のメリットが如実に出て、誕生日が早い方が有利ってのが、田舎の妙ってやつだよね。

 ところで、あやかんは、免許取れたら家の車、借りれるの?


 「いや、父さんが通勤で使ってるから、無理なんだよね。免許取れても、車の問題で、まだ通学無理かな?」 


 それじゃぁ、何か買うしかないね、路上が始まるあたりから車探した方が、免許取れてから、間髪入れずに通学できるから良いよぉ。折角、車通学できて、免許も早く取ってるのに、それが活かせないなんてマジ勿体ないよ。


 「でも、ウチにはお金が無いし、私のバイト代って言っても、たかが知れてるからね」


 そうか、あやかんの車通学の夢は、早くも崩れるのか……って、そう言われてみれば、水野が結衣の最初の車探しの時に、ただ動けば良いなら、予算5万でも探せる、みたいなこと、言ってなかったっけ?

 そんな事を思い出したところ、あやかんが、ため息と共に言った。


 「だってさ、総額15万で収めるのなんて無理っしょ! 中古車屋さんにも言われたもん」


 いや、ウチの部のネットワークを使えば、イケるんじゃね? まぁ、水野っていう越えなきゃならない壁はあるけどさ。

 

 「そうなの?」


 うん、ただ、水野的に言うなら『私が求める車とは、少し違うかもしれないが』とか、なんだろうけどね。


 「それで良いよ~、正直、走れば何でも良いんだからさ~」


 そうかー、じゃぁ、休み明けに早速、一緒に訊きに行ってみよう。


 「なんか、改めて見ると、この辺って、凄く景色の綺麗な場所なんだね。あまり気がつかなかったけど、山の標高が上の方なんだって、下を見ると思わされるよ」


 と燈梨が目を輝かせながら言うのを聞いて、私も改めて思った。

 私らにとっては、この風景の中で育ってきたので、そうまじまじと見る機会なんて無かった。

 むしろ、こんな山と木ばっかりしかない不便なところよりも、外れでもいいから、東京23区内に住んで、東京ライフを満喫したいと思ってたんだよね。お洒落な、オートロックの駅近マンションに住んで、地下鉄に乗って東京巡ってさ、買い物忘れても、近所にコンビニや深夜営業のスーパーがあって、しかも、そのコンビニも全部の系列から選び放題……ってさ。

 でも、燈梨に言われて、改めて一緒に景色を眺めてみると、これはこれで綺麗で、なかなか得難いものなんだよね。

 この山と山の間の深い谷とかも、芙美香に言わせると、そうそうあちこちでは見られないものらしいから、ありがたく思え、みたいに子供の頃から言われてウザかったけどさ、他所の土地からやって来た燈梨に、改めて言われると、私の気持ちにも変化が出てきちゃうから不思議だよね。


 よし、まずは、ここで小休憩しよう。

 私は、道路脇の駐車場へと車を入れた。

 よく晴れた土曜日にしては、車の数は少なく、私と、優子のR32は隣同士で止めることが出来たよ。


 いやぁ~、外の空気は気持ちいいねぇ~。


 「疲れたよ~」


 なんだよ柚月、せっかくの、爽やかなドライブに水を差すようなことを言うなよ。それに、大体柚月がついて行くって駄々こねたから、みんなが仕方なく連れて行ってるのに、文句を言うなんて、どれだけ心得違い甚だしいはなはだしいんだよ!


 「だって~、優子の蘊蓄うんちくが、延々続くんだよ~。寝ようとしたら起こされるしさ~」


 当たり前だ。

 このメンバーの旅行について行くと言った段階で、柚月は優子とセットって確定事項なんだから、今日はずっと優子と一緒だよ。

 文句があるなら、とっとと帰りな!


 「イヤだぁ~、ここからマイの車に乗る~!」


 ダメ! 本来不参加の柚月を、参加させてるだけでも譲歩してるのに、これ以上のわがままは許しません! どうしても、車移動したければ、トランクの中だぞ。


 「ううっ……」


 わがままを言う柚月を優子に預けて、私たちは休憩所へと向かった。

 ここからの眺めが、結構絶景なんだよ!

 私の声は心なしか弾んでいた。


──────────────────────────────────────

 ■あとがき■

 お読み頂きありがとうございます。


 『続きが気になるっ!』『綾香も免許を取るって、そうなると、車は?』など、少しでも思いましたら

 【♡・☆評価、ブックマーク】頂けましたら大変嬉しく思います。

 よろしくお願いします。


 次回は

 休憩所で、景色を眺めながら談笑する一行。

 車に戻ると、ひと騒動持ち上がります。


 お楽しみに。

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