第190話 悪い虫と心の折り方

 まったく、この間の兄貴にも参ったもんだ。

 突然、家にやって来たかと思えば、転勤するって話だしね。

 それだけならまだしも、ハンドルの自慢なんか始めやがって、危ないところだったよ。

 もし、あそこで私がハンドル交換してた話なんか、うっかり口走った日には、兄貴の溜まりに溜まった、車に関する欲求不満のはけ口にされて、朝までしょーもない話につき合わされちゃうからね。


 兄貴は、車に関して落ち着いているようには見えてるけど、決して引退したり、諦めたりしてる訳ではないんだよ。

 今は、仕事と子育てとかがあって、それどころじゃないんだよ。

 だから、うっかり目を離すと何をするか分からないんだよね。


 兄貴の奥さんは、そこが分かっていないのか、車に関してはすっかり安心しきってるけど、兄貴は危険だよ。

 何故なら、兄貴の虫が治まっていたのは、前に乗っていたポルテが車を選んだからなんだよ。兄貴は、最初、適当に選ぼうとしてたけど、ふと思い直したそうだ。もし、キューブやbBを流れで買ったりすると、中途半端に改造パーツの多いあれらの車なので、虫がうずき出して、きっと車いじりをはじめてしまうだろう……と。

 だから治まってたんだよ。だけど、奥さんは2人目の子供を理由に、ミニバンへの買い替えを迫って、兄貴のパンドラの箱を開けちゃったんだよ。


 今、ミニバンって、結構改造パーツが多いからね。兄貴の悪い虫が、兄貴の家の車を段々と蝕んでむしばんできてるに違いないよ。どうせ、ずる賢い兄貴の事だから、『実家に帰るのに、スタッドレス履かせるから』とか言って、純正のホイールにスタッドレス履かせるついでに、タイヤとホイールをインチアップしちゃって、それで今回は、さり気なくハンドルだよ。

 注意しないと、今度はまたさり気なくマフラーとかを変えてくるに違いないよ。


 待てよ、今度は隣の県に引っ越すって、言ってたから、それはそれで、危険なのかもしれないぞ。

 そうだよ、上の子が、来年幼稚園だからって、バッティングすると、通勤用とか言って、アルトとか、どこからか手に入れてくるんじゃね?

 しかも、半年くらいして気付いた時には、普通のグレードだったハズのアルトが、アルトワークスのターボエンジンに変わってたりして、兄貴の泥沼に引きずり込まれたりしてさ……あぁ、恐ろしや恐ろしや。


 さて、兄貴の家が家庭内不和になっちゃう話は置いておいてと、祝日の今日、部屋を掃除して出た、いらない雑誌を捨てようとして、納戸の古新聞置き場に行ったらさ、お父さんが捨てたであろう、日産カードのチラシがあったんだ。

 そのチラシをふと見ると、秋の高原ドライブコースのお薦めがいくつか載っててさ、そのうちの1つが、高速のインターから、ウチらの最寄り駅の前まで続くバイパスが紹介されてるんだよね。


 うん、高速のインターから駅前までの国道ルートは、私らの生活道路だから、しょっちゅう通ってるけど、そこから続く、県道2路線を使ったルートってのは、行った事がないので、ちょっと興味が出てきちゃったよ。

 バイクに乗り始めた頃、そっちまで行けないか、チャレンジしてみた事はあったけど、途中で、トラックに煽られて、嫌になってやめちゃったんだよね。だけど、車なら大丈夫だよね。


 お金もそんなにないし、かと言って、いつもいつも、イアンモールってのも、飽きちゃったし、折角、景勝地の近くに住んでるんだし、車も時間もあるんだから、これを活用しない手は無いっしょ!


 よし、そうと決まれば、今度の土曜日あたりに出かけてみよう。

 でもって、1人で出かけても、ちょっと面白くないかなぁ……じゃぁ、みんなを誘って行きたいけど、さすがに車5台で、ゾロゾロ行くのは好まないんだよね。

 この間の博物館の時もそうだったんだけどさ、最後尾の車が、信号で分断されてないかとか、気にしながら運転すると疲れちゃってさ、せいぜい2~3台で気軽く行きたいもんだよね。


 するってーと、私らの場合、みんながみんな、車出したい人ばっかりでさ、なかなか決まらないような気がするねぇ……しかも、今回に関しては、私も出したいからさ、引くに引けない闘いになっちゃうよね。

 ……ってか、既に出発する前どころか、誘う前からもう疲れてね? 私。


 そうだ! 折角だから、燈梨と行くってのはどうだろう?

 そうすれば、最悪でも車2台だし、いや、さすがに2人で車2台は、ガソリンが勿体無いから、って言っちゃえば、燈梨と2人で、私の車でドライブできちゃうよ。


 よし! そうしよう。

 そうとなれば、早速燈梨の部屋に突撃するんだけど、燈梨の部屋って、私の家からも、柚月の家からも近いからなぁ……最近あの豚……もとい、柚月の奴が妙に勘が鋭くて、私と燈梨のラブラブムードを邪魔してくるんだよ。

 どうも、このまま燈梨の部屋に向かうと、途中で柚月に会いそうな気がするんだよね。どうにかせねば……。


 次の瞬間、私はスマホを取り出すと、柚月に

『解体屋さんにいるんだけど、今、柚月のと同じ色のHNR32が入ってきたよ~。オタクっぽいキモマニアが『稀少なHNR32のソウルパーツは、拙者の物なり、フンスー』とか言って、脂ぎった手でベタベタ触りまくっちゃってるよ~』

 って、LINEしてから、原付に乗って、狭い路地を抜けて燈梨のアパートまで向かって行ったところ、表通りを、解体屋目がけてかっ飛んでいく、柚月のGTS-4の姿があった。


 しめしめ、これで柚月は、1時間は足止めできるぞ。

 今のうちに燈梨の部屋に突撃だー。燈梨のアパートは、雪国には結構あるのだけど、2階からが住居になっていて、1階は車庫なんだ。だから、車庫内の車の有無で、燈梨が遠くに出かけているか否かを判断できるんだよね。

 よし、車庫の中に燈梨のシルビアがあるから、きっと燈梨は部屋にいるぞ。


 “ピンポ~ン”


 燈梨ぃ、ちょっと遊びに来ちゃった。今大丈夫?

 と言うと、燈梨は


 「今、綾香たちが来てるけど、良い?」


 と訊いてくるので、私が頷くと、燈梨は部屋の中に私を通した。

 奥にある居室に入ると、小さなテーブルを囲むように、綾香と優子がいた。


 「マイ、今『ゲッ、優子までいた』とか、思ったでしょ」


 その通りだけどさ、優子はなんで、芙美香みたいに、いちいち人の思考を読みたがるのかねぇ、子供の頃からハッキリ言ってるつもりなんだけど、優子のそういうところ、人から嫌われてるからね、特に男子に、だから、優子は二股かけられるんだよ。


 「どうせ、私のこと『キモい』とか、思ってるんでしょ」


 仕方ないなぁ、優子は更に人に絡むから、始末が悪いんだよ。

 よし、奴の心を軽く折っておこう。


 うん、思ってるよ。

 優子、子供の頃から何回も言ってるけどさ、そういう風に人の考え先読みして、得意がってると、みんなから嫌われるよ。

 ただでさえ、優子のそのドヤ顔がムカつくって言われて、小学生の頃から、女子の間では嫌われてたんだから。

 私と柚月がいたから、イジメられなかっただけで、優子1人だけだったら、小1の夏休み前の段階でボッチ確定だったじゃん。

 恐らく、内山と理沙あたりに、毎日泣かされて帰ってきて、絶対2年生になる前に登校拒否してたと思うもん。


 「そんな事ないっ!」


 あ、そう。

 じゃぁ、中学の話しようかぁ、中学は確実に登校拒否だったよね。

 優子だけクラスが違ってて、私らの目が届かなくなったら、優子、クラスで吉野のグループに目つけられて、掃除当番全部押し付けられたり、優子がトイレに入ると、個室のドア蹴られたり、体育の時、制服汚されたりしてたじゃん!

 優子とクラス一緒だった理沙が、私に教えてくれたから、私と柚月で優子を問い詰めたら、涙ボロボロ流して『死にたい、助けてよ』って、言ってたじゃん!


 あの時、吉野のグループに話、つけに行ったの私と柚月じゃん!

 優子は、寸前まで威勢良かったくせに、いざ当人たち呼び出したら『怖いよ、お腹痛いよ!』とか言って、ビビっちゃってさ。


 「ううっ……」


 燈梨が心配そうな目で、オロオロしてるけど、私と綾香がアイコンタクトで『大丈夫、いつもの事だから』って、送ってやって、燈梨を静めて、私は続けた。


 その優子に、そんなデカい態度取られる覚えは、私には無いよ。

 それから、優子、私ら大学は一緒だけど、優子は学部違うんだからね、今までみたいに、私と柚月が助けに行ったり、教えてくれる理沙もいないんだからね、よく考えてよ! 今度、優子がいじめられても、誰も助けに行かないからね!


 「ゴメン……ゴメンなさい! マイ! 見捨てないでよー」


 よし、これで本題に入れる。

 それにしても、どうして私の幼馴染は、揃いも揃って、調子乗りなんだろうな?


──────────────────────────────────────

 ■あとがき■

 お読み頂きありがとうございます。


 『続きが気になるっ!』『優子は、そんなにいじめられっ子だったの?』など、少しでも思いましたら

 【♡・☆評価、ブックマーク】頂けましたら大変嬉しく思います。

 よろしくお願いします。


 次回は

 邪魔な柚月を追い払い、優子を黙らせることに成功した舞華。

 本題のドライブのお誘いを切り出します。

 果たして、燈梨の返事は?


 お楽しみに。

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