第189話 豚足とグリップ

 燈梨の表情を見た私は言った。

 なんで、シルビアのS14型だけが、3ナンバーになってるか知ってる?


 「ええっと、確か、開発期間はバブルの絶頂期だったのと、3ナンバーの税率が変わって、2000ccまでなら税金が変わらなくなったから、豪華に見せようとして……かな?」


 40点。


 「ええっ!」


 燈梨はきっと、最近のネット記事や、ドリ車ばっかり載ってる雑誌とかで、S14を見たから、そういう解答になっちゃうんだろうね。


 「一応、昔のも読んだけど、S13のところを中心に読んじゃった。当時はS14に興味なかったから」


 正解は、当時のアメリカの安全基準が強化されたから、それに対応するボディにするためだよ。


 「そうなんだ~」


 豚……もとい、柚月め、突然現れやがって。


 まぁいいや、当時、シルビアやセリカ、ホンダのプレリュードのようなスペシャルティカーの主力マーケットはアメリカで、メーカーは、アメリカを中心に、日本でも仕立てを変えて売れるような商品を作って、日本とアメリカで同時ヒットすれば、目論見通りって訳だったんだ。


 シルビアがS14の開発を行っている頃、アメリカの連邦自動車安全基準が改正されて、横方向の衝突基準が、従来より大幅に引き上げられるって事になったんだって。

 それをクリアさせるためには、当時の技術では、どうしても、僅かながら5ナンバーをはみ出さざるを得なかったってのが、本当の理由なんだって。

 それは、ライバル車であるセリカやプレリュードも、同時期に3ナンバーになってる事からも明らかだよね。


 「でも~、なんでS15は、5ナンバーになったの~?」


 いい質問だぞ、豚子。


 「私は、豚じゃないやい~!」


 1つは、5年間で技術が発達した事と、もう1つは、S15は国内専用車種になった事で、そこまでの厳しい基準に適合させる必要が無くなったんだよ。

 スペシャルティカーは、アメリカで、知的な女子の足車として、人気があったんだけど、アメリカで90年代半ばに、スポーティカーの保険料が爆上がりしたために、スポーティカー全体の売り上げが激減しちゃったんだよ。

 変わって、台頭したのがSUVなんだけど、まぁ、とにかく、スペシャルティカーを取り巻く環境が、大きく変わったのは間違いなくて、シルビアに限らず、ライバル車もほぼ同じタイミングで姿を消してるんだよ。


 だから、燈梨の車は安全なんだよ。

 安心して良いよ、自信を持って、思いっきり楽しんでね。


 私が言うと、燈梨は真っ直ぐに私を見つめて、次の瞬間、ニコッとすると。


 「うんっ!」


 と言った。

 それから、燈梨に運転を代わって、練習場を何周もしたが、燈梨は嬉々とした表情で、運転をしながら


 「ホントに変わったよ。まるで、車が軽くなったみたいな、そんな錯覚を受けちゃうよ!」


 と感激していた。


 「やっぱり、今回、ステアリングを思い切って変えてみて、良かったよ」


 燈梨は喜びながら言っていた。


 「ところでマイ~、ベストなステアリングって、どんなのかな~?」


 また豚子か、痛っ! 豚足で叩くんじゃない。そうやって、飼い主に暴力をふるう

豚は、さっさと出荷してやるからな!

 私に意見を仰ぐのもどうかと思うんだけどさ、正直、ベストってのは、その人に合ったものだと思うよ。だから、解体屋さんで、調べたんじゃん。


 ただ、私自身の話をするなら、自分で選ぶとしたら、まず最初は、径は、大きすぎず、小さすぎずだね。

 大きすぎると、さっきの柚月の車が、今まで一段鈍く感じてたような錯覚に陥っちゃってた感じになっちゃうんだよね。

 逆に小さすぎると、ちょっと切っただけでも、大きく切れ込んだりするから、いきおい操作が雑になっちゃうんだよ。私で握った感じは、350φファイがベストかな?


 そして、最近は純正のハンドルでも、昔のF1マシンみたいなD形状って言って、ハンドルの下の部分が真っ平らになった、アルファベットのDを横に向けたみたいな形のがあるけど、正直、私的にはお薦めしないかな……。

 ああいう一部が変形してるハンドルだと、どうしても操作が難しくなっちゃってさ、私は好きじゃないよ。まぁ、最近は純正のハンドルがDタイプの車も多いけど、あれって、F1マシンとか、スペースの無い車で、真円にしちゃうと、膝にハンドルが当たって操作できなくなっちゃうから、ああなってるだけなんだって、だから、そんな状態に無い実用車に、そんなものをつけるメリットがないよね。見た目の好みっていう要素だけかな……。


 あと、断面や太さは、完全に好みだよね。

 どこから握っても変化がなくて、癖がないタイプなのが好きな人もいれば、私らみたいに、太くてガッチリしていて、その上で、一番よく握る部分が膨らんでたり、抉れてたりとか、変化がある方が好きな人もいるし、完璧に人それぞれだよね。


 私らのより昔の車の純正ハンドルなんて、結構酷かったらしいよ、どれもこれも径が大きくて、グリップの細いもので、即交換ってのが流れだったみたいだけど、良くなり出したのが、'80年代の後半からで、R32純正みたいな素晴らしいのが排出されたんだって。

 そして今って、どの車も同じハンドルになっちゃってて、車種ごとの特性ってのも、ほとんど無くなってきちゃってるよね。部品共用化の流れで、止められない傾向なんだろうけど、ちょっと寂しいかな。


 だからって、私だって、新車で買った、実用車のハンドルを変えるかっていったら、それはよっぽど酷くない限りは、しないだろうね。エアバッグの絡みでボスも高いし、費用対効果で考えるとね。

 でも、R32純正や、自分にピッタリと合った社外品のハンドルに出会っちゃった身としては、なんか、これを知らずに、ハンドルなんて、どれも同じ輪っかだとしか思えない、今の人達が可哀想に思えてきちゃうね。


 あとは、革の素材や色とか、握った感じの硬さとか、好みに合わせれば良いと思うよ。

 私としては今の部分的に赤い革が使われてるハンドルは好みなんだ、握った感じも少し弾力があって柔らかめでね。

 今回、2人とも柔らかめだったし、そういう意味で私の好みと一致してたね。


 「あのさ、もし、このステアリングの革が剥げちゃったら、どうするの?」


 燈梨、そうだね、切実な悩みだよね。

 ベストは、同じ物に買い直すんだけど、その時に、そのモデルが製造廃止になってたりすることもあるんだよね。せっかく自分に合ったものなのに……って、思いの強い場合なんかには、ネットなんかで探すと、革の張替えをやってくれる業者が見つけられるから、そこで張り替えて貰って、復活させるってのもアリだよね。

 そういう所って、大抵が革の専門業者だったりするから、張り替える時に素材や色まで選んで、自分好みの仕様にして、オーダーすることも可能なんだよね。


 ……確か、私のR32についてるやつが、オーダーメイドの張替えだったと思う。兄貴が、RX-7の時から使ってるハンドルが破れて、慣れ親しんだからって、買い替えないで、張り替えたんだよ。

 R32のボディの色に合わせて、ちょっと暗めの赤の革とステッチにして貰ったって言ってたな。

 でも、新品買うのと、変わらないくらいの値段がしたから、ぶっちゃけ、さっきも言ったように、今まで使ってたやつが、入手不可になった時とかくらいかな?


 夕方になり、部活はお開きとなり、帰り道で、今日の作業でハンドルの変わった柚月と、燈梨の車の、交換後のあまりの変わりように、正直言って驚いてしまったんだよね。

 今まで慣らされていた感覚のせいなんだろうけど、ハンドルだけで、まるで車が変わったみたい……って言うと、言いすぎだけど、柚月の車の足回りを変えた時くらいのインパクトはあって、その凄さに衝撃が止まらなかあったよね。

 逆に私の車は、最初からこれなんだよね……そう言えば、前に兄貴と納屋の整理した時に、純正品があった気がしたので、今度、1度戻してみようかな……って、本気で思っちゃったんだ。


 家に帰ると、納屋の前に兄貴のセレナが止まっていた。

 あれ? 平日なのに兄貴、来たんだね、珍しい。


 ただいまー、あれ? 兄貴、こんな時期にどうしたの? え? 転勤になったから、その報告だって?

 ええっ!? こんな時期に転勤なんて、遂に兄貴の? ……って、痛っ! 兄貴の会社は、元より秋が人事異動の時期で、定期の異動だって?


 で? どこに異動なの? 北海道? 秋田? 名古屋? 大阪? 福岡? 私的に、観光名所が多くて、お土産の食べ物が美味しい所が良いなぁ……って、隣の県か、何の面白味もない。

 なに? 私を面白くさせるために、転勤するんじゃないって? あそ。

 それで、再来週には引っ越すんだけど、前日は、ホテルじゃなくて、こっちに泊りに来るって事なのかぁ。


 それより兄貴さ、私の車が入れられないから、ちょっと兄貴の車、どけてくれない?

 兄貴と一緒に庭に出て、兄貴が運転席に乗り込もうとした時に、ふと目に留まった光景があったので、思わず口走った。


 「兄貴……そのハンドル、どうしたの?」

 「気がついたか? この間、昔の伝手で手に入ったから、つけちゃったんだよぉ、良いだろ、限定モデルのバックスキンだぞ! ステアリングスイッチも、総移植したんだ!」


 ドヤ顔で言う兄貴を見て思った。

 今日、柚月や燈梨の車のハンドルを変えて、感動したなんて話は、口が裂けてもしてはいけない……と。


──────────────────────────────────────

 ■あとがき■

 お読み頂きありがとうございます。


 『続きが気になるっ!』『なんで、兄の前でハンドルの話は厳禁なの?』など、少しでも思いましたら

 【♡・☆評価、ブックマーク】頂けましたら大変嬉しく思います。

 よろしくお願いします。


 次回は

 ステアリング編も終了し、遂に秋深まったアルプスの紅葉を楽しみに、近場のドライブに出かけます。


 お楽しみに。

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