第184話 履歴書とステアリング

 外したハンドルを裏返すと、一目瞭然だった。

 今外した後期型ステアリングは、真上と真下にセンサーらしきものがあるのに対して、今まで付いてた前期型用は、少しずれた位置、1時35分の位置についていたんだよ。


 柚月さ、これに気がつかなかったの?


 「気付いてたけど~、車の方のセンサーが、クルクル回るから、合わせたんだよぉ~」


 バカぁっっ!!

 また柚月に鉄拳を叩きこんでしまったよ。

 燈梨、驚かなくていいから、コイツは結構滅法バカだから、こうやってたまに喝を入れておかないと、ダメなんだよ。


 「痛いなぁ~、なにするんだよぉ~!」


 うっさい!

 車についてるセンサーを、予備知識もなく、勝手にズラしていい訳ないだろーがぁ!

 どうして、いつも柚月はバカなんだよぉ。いつもいつも人にはググって来いって言うくせに、一度ならず二度までも、調べもせずに勝手に作業して、車を不調にするなんてさ。


 ハンドル外してみた段階で、ちょっとスマホで検索かければ分かるじゃん、一番真っ先に出てきたページに書いてあったよ。

 『前期と後期は、センサー位置の違いにより互換性なし』って、しかも、『取り付けは出来るが、舵角センサー異常によりハイキャス不調が起こる』って、結果まで親切に書いてあったよ。


 「てへへへへ~」


 バカ野郎!

 “バキッ”


 「痛いなぁ、なにするんだよぉ~!」


 うるさい、なにが『てへへ』だぁ。

 柚月のバカさ加減にはなぁ、私は、情けなくて涙、出てくらぁ!!


 さて、とにかく元に戻すしかないね。

 今、タイヤが真っ直ぐになってるって事は、純正のハンドルも真っ直ぐになってるって事だ。

 つまり、純正のハンドルを初期の位置に合わせた時に、センサーと合致してる位置が、本来の舵角センサーの位置って事にして、合わせるしかないね。

 優子、私は関係ないみたいな顔してない方が良いよ。いつ結衣みたいなことになって、関わり合いになるか分からないんだからね。


 「イヤな言い方、しないでよ」


 私はあくまで可能性の話をしてるんだよ。その時に、助けを求めてきても、私は言うよ、柚月の時、いたよねって。

 私が冷たい目をして言うと、優子と共に、燈梨の顔が青ざめた。


 参ったなぁ、最近、優子が調子乗りだから、この機会に押さえとこうと思って、言っただけ、なんだけどなぁ……燈梨に、私は近寄りがたい怖い人、みたいな印象を与えちゃったかなぁ……。


 「マイ先輩! 凄いですっ!」


 え? 七海ちゃん、本当?


 「マジです! あの武闘派のズッキー先輩と、クールビューティーの優子先輩を、ガッチリと目で殺すマイ先輩の、その氷のような目に、私も刺されてみたいですぅ」


 あぁ、七海ちゃん、それは自動車部に必要のない素養……っていうか、生きていく上でも、あまり大っぴらにできない素養だから、今すぐそんなものは捨てちゃった方が良いよ。

 そんなものをいつまでも持ってると、柚月の跡を継いで、マゾヒスト部の、2代目部長になっちゃうから。


 「私は、マゾヒスト部じゃない~!」


 とにかく、マゾヒスト部は、柚月の代で廃部にしないと、困ったことになっちゃうからね。

 

 さて、マゾヒスト部の将来の事は置いておいて、その状態で、ハンドルを元に戻したら、バッテリーのマイナスを外す。どうやら、これで、センサーのメモリーをリセットするみたいだよ。

 そしたら、柚月、車庫から真っ直ぐ出て、そのまま真っ直ぐ100メートルくらい、一定速でいいから走るんだよ。


 よし、私が隣に乗って、ぐるっと一周してくるね。

 どうだ、柚月、まずは一切ハンドルを切らずに真っ直ぐ走ることが肝心なんだからね。

 もう、1キロ位走ってるけど、警告灯は点灯してないね。で、柚月、どうなの? パワステは復活したの?


 「うん、今のところ~、おかしな動きはしてないよ~」


 取り敢えず、しばらくは様子見としても、今のところ、問題は起こってないから、直ったとみて、問題ないかな。

 いい、柚月、またおかしなことになったら、今度は修理に出すしかないよ。


 「せっかく、手に入った極上物のステアリングなのに~」


 どうやっても無理なんだから、諦めて売り飛ばすか、結衣にでもあげるしかないでしょ、使えるのは結衣だけなんだから。


 「こんな革が擦り切れたステアリング、イヤだよ~」


 ホームセンターでハンドルカバー買えば?


 「イヤだよ~! ハンドルカバーなんて、折角のR32のステアリングなのに~」


 聞いたことあるよ。

 R32のハンドルって、断面や形、手触りに至るまで、テストドライバーや、開発者の意見が採り入れられて作られたっていう、珍しいハンドルなんだって。

 そして、それを好んで使う人が多いって、話も知ってるよ。

 でも、革が剥けて、その先端が尖って危ないんだったら、本末転倒だよ。


 だから、柚月、そこに拘るんじゃなくて、今は、握る時に怪我しないハンドルにする事を考えようよ。


 取り敢えず、柚月の家に戻って、320番の耐水ペーパーで、水研ぎをして応急処置した。耐水ペーパーってのは、紙やすりの事だね。耐水だから、水に浸して水研ぎすると、ザラザラ面が滑らかになる上、削りカスもたまらないから、作業しやすくなるんだよ。


 よし、これで燈梨とイアンに履歴書を買いに……って、なんで、柚月は、私の服を引っ張るんだよ! 伸びるだろ。

 え? これからカー用品店にハンドル見に行くって? 勝手に行ってろよ、今も聞いただろ? 私は今から燈梨と、イアンに履歴書買いに行ってくるんだよ。


 「マイは、履歴書とハンドルと、どっちが大事なの~?」


 履歴書だな。

 柚月の車のハンドルがどうなろうと、私にとっては影響ないけど、履歴書無いと、バイトの面接の時に困るだろ。

 

 「どうしてもイアンに行きたければ、私を倒してから行け~!」


 ”とうっ”


 「痛ぁ~っ!!」


 柚月は、子供の頃から、向う脛のガードが甘いんだよ。

 昔はよく、柚月の弱点を、試合の対戦相手に3千円で売ってたからね。柚月の弱点には精通してるんだよ。


 「卑怯なり~~!」


 ちなみに優子は、5千円で売ってたからね。私なんて可愛い方でしょ。

 え? なに燈梨? 履歴書は他の日に、一緒に行くから、今日は柚月のハンドルを見てあげて欲しいだって?


 コイツにそんな情けは無用だよ。

 コイツは、恩や情けは、3歩歩くと忘れちゃう鶏脳なんだから。


◇◆◇◆◇


 カー用品店に、みんなで来ちゃったよ。

 本題の前に、みんなで、バラエティショップや、見たいコーナーを散策したんだ。


 「うわぁ~! 凄いね!」


 そう? 燈梨。

 向こうでは、ここまで大きいところに、行った事がなかったんだって?

 結構、色々なものがあるでしょ、2階もあるし、本とかミニカーなんかも置いてあるんだよ。

 プラモは置いてないけど、もしかして、プラモやるの? この間、初めてやったんだって? 奇遇だね、私も夏に初めて組み立てたんだけど、結構ハマっちゃってね。小学校の近くに、模型屋さんがあるから、今度一緒に行ってみようよ。


 「マイ~! どれがいいと思う~?」


 なんだよ柚月、いいところなのに邪魔するんじゃない! 握り心地が気に入れば、どれでも良いんじゃね? ホラ、あの上にある、握るところの輪っかが真っ白で、ホーンボタン周りが、メッキビカビカのアレとか、良いんじゃね?


 「真面目にやれよ~! そんなアコードのワゴンについてるようなのの、何処が良いんだよ~!」


 いたって真面目だよ。ホラホラ、室内に彩りが増してカッコイイ!


 言っとくけど、今日この場で決める必要はないからね。

 さっき、ガサガサの部分は、取り敢えず修正したんだから、あそこに、手芸屋さんで売ってる革の端切れを張って応急処置してやれば、しばらくなんとかなるんだから、今日は、色々握って、どんな断面で、どのくらいの大きさのものが、自分に合うのかを自問自答するの。

 今日この中から、絶対決めるなんて思ってるくらいなら、さっき私の言った、白くてビカビカなやつで十分だから、まずは黙って握る!


 さて、ところで燈梨は、ハンドル交換とかしないの?

 え? あぁ、そうか、エアバッグが付いてたもんね。でも、キャンセルしちゃえば、交換できるから、この機会に燈梨もどう?

 ウチの兄貴も、R34とか、チェイサーに乗ってた頃、キャンセルしてたよ、特に、燈梨のは助手席エアバッグもないし、良いかもね。

 燈梨は、モモ派かな? ナルディ派かな? S14だから、ウッドとか入るよりも、総革巻きの方が良いかな~。


 いやぁ~、こうやって燈梨と、お店回りながら、キャッキャウフフできるなんて、夢みたいだなぁ~、邪魔な人達がいるけど……。


 「マイ~~!!」


 もう、うるさいな! 柚月は、なんで黙って決められないんだよ!!


──────────────────────────────────────

 ■あとがき■

 お読み頂きありがとうございます。


 『続きが気になるっ!』『柚月の弱点って、他に何処なの?』など、少しでも思いましたら

 【♡・☆評価、ブックマーク】頂けましたら大変嬉しく思います。

 よろしくお願いします。


 次回は 

 柚月のハイキャス騒動は、取り敢えず、解決しましたが、今度はステアリング選びが難航しそうな予感……舞華はどうするのか?


 お楽しみに。

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