第183話 空手チョップとステアリング
私の視線は、柚月の車の内装に向いた。
「柚月、そのハンドル、いつ変えたの?」
柚月の車のハンドルは、純正だったけど、30年以上前の車の、本革巻きハンドルなので、明らかに硬化していたり、皮がむけている箇所があったんだ。
でも、今見る限り、そんなものは全く無いんだよね。前に比べると妙に革の表面のシボ模様とかも、しっかりとしてるし、今までのと別物にしか見えないんだよ。
「分かっちゃった~? この間さ~、新品同様のやつをさ、貰っちゃったんだよね~。GT-R用だけど~」
あぁ、これで分かっちゃったよ。
原因はズバリ、そのハンドルだよ。
「ええ~~~~!!」
解体屋さんから聞いた気がするんだよなぁ、確かR32のハンドルは……なんだっけ?
まぁ、取り敢えず、今この場でやるのもなんだから、明日、また引っ越しの仕上げで来るから、それまでに、そのハンドルが何年車のものか、訊いておいてね。
◇◆◇◆◇
引っ越しの2日目は、私と柚月、優子と七海ちゃん、綾香だけで、主に部屋の片付けと、家具の設置なんかをやって、近所のスーパーや、ちょっと大物の買い物のある場合に行く場所なんかを案内しつつ、燈梨は買い物もしたんだよ。
それから100均に行ったりして、タオル掛けとか、ちょっと必要になるものとかも、買ったんだよ。
タオル掛けとか、キッチンペーパーとホルダーとか、そういうものは、やっぱり100均が良いよね。学生さんは、お金が無いからさ。
念のため借りたお父さんのエルグランドが、今日も活躍したんだ。
まぁ、土日はお父さんも休みで、釣りに行くくらいだから、R32と交換で問題ないんだ。
なんか、お父さん、今日も車交換って言ったら、喜んでたけど、なんでだろ? なんかウキウキしながら、出かけようとしてたけど。
窓の
「みんな、ありがとう。これで、今日からこっちに住んで、明日から通学も楽になるよ」
あぁ、良かったよ。
よし、夕飯はウチですき焼きだから、ちょっとお昼に行こうよ。
そうだ! 燈梨、この近くに制服が可愛い和食レストランがあってね、そこに行こうよ。
私が言うと、燈梨は照れたような笑いを浮かべて
「実はね、私、今度イアンの中にオープンする、そこの支店でバイトすることになってるんだ」
と言った。
えぇーー!! 折角、私が燈梨とバイトしようと思ってたのに、もう決まっちゃったの? え? もう、締めきっちゃってる?
そんな情報、全く知らなかったんだけど、燈梨は何処で知ったの? え? 向こうの県のお店で、オリオリさんの一番弟子のお姉さんがバイトしてて、その人の口利きで入ったんだって?
「その人は、結構この系列のお店では有名らしくて、フェアのパンフのモデルとかもやってるんだよ」
ねぇ、燈梨、その人って、黄色いランエボに乗ってて、オリオリさんにちょっと似たイメージの、派手めの人じゃない?
「うん、唯花さんの事、知ってるの?」
うん、前にこのお店で見かけたんだ。
帰った後で、ポスターのモデルになってる事に気付いてさ。
「でも、唯花さんは、舞華のこと知ってたみたいだよ。軽音楽部でよく、向こうの学校に舞華が行ってて、それで、よく知ってるんだって」
あ、そうか、確かに軽音楽部のライブとかコンサートとか、合同練習なんかでも、あっちの高校に行ってたからね。
「唯花さんに訊いてみようか? 恐らく、舞華だったら、大丈夫だと思うよ」
え? マジ? 良いの? えへへ、燈梨と一緒にあそこでバイトができるなんて、ちょっと夢みたいだな。
なんだよ柚月、夢は、夢のままにしておいた方が良いって事もあるんだって? なにを
なに? 柚月もバイトするだって? そもそも、私すら、OK出てないっての!
◇◆◇◆◇
やっぱり、お昼はあのお店に行ったんだ。
燈梨が、注文の時にボソッと
「竜崎と伊丹の知り合いなんですけど、例のでお願いします」
って言っただけで、特製の裏メニューが出てきてさ、超美味しかったんだ。
その唯花さんって人の神通力は、相当大きいんだね。
私のバイトの件も、凄く期待できそうだよ。
さて、柚月の家に行って、また車庫の中へと行った。
さぁ柚月、昨日訊いたけど、このハンドルは何年車から外したの?
「平成6年式だよ~」
って言うと、GT-Rの中でも、かなり最終の方じゃん。……となると、文句なく後期って事だね。
柚月に言っておくけど、そのハンドルを使おうとする限り、この状況は改善できないからね。
「えっ!?」
あのさ、柚月、R32は、前期と後期で、ハンドルの裏にある、ハイキャスの舵角センサーの位置が違うんだよ。つまり、そのハンドルを使っていると、車側についてるセンサーと、ハンドルのセンサーの位置がズレて、ハイキャスが誤作動を起こしちゃうんだ。
だから、エラーを感知し、ハイキャスの動作を止めて、それに連動してパワステも働かなくなるんだね。
「え~~~~」
だから、まず最初にやるのは、そのハンドルを元に戻す事。続きはそれからだね。
「イヤだよ~。折角、綺麗なステアリングを手に入れたのに~!」
そんなこと言われたって、それつけてたら、誤作動するんだから仕方ないでしょ、そのハンドル外すか、一生ハイキャス誤作動で過ごすかの二択なの。他は無し!
「イヤだイヤだ~、どっちもイヤだよぉ~!!」
もぉ~、しょうがないなぁ~。燈梨、ゴメンね、ちょっと柚月押さえてて。
おばさ~ん! 柚月がまた駄々こねて、みんなを困らせてるよ~!
◇◆◇◆◇
おばさんの空手チョップは、今日も快調だねぇ。
ミシって、いったもんね、ミシって。
あぁ、燈梨、大丈夫だよ。ここの家はいつもこうだから。柚月が我儘言うと、元プロレスラーのおばさんが、あっという間に解決してくれるから。
「痛いよぉ~、マイのチクリスト~。お母さんに言いつけるなんて、サイテーだ!」
当たり前だろーが、柚月が頼んだくせに、我儘言って、みんなを困らせてるんだから、当然の制裁だ。
「もう、痛くて、やる気なくなったよ~!」
あ、そう。
じゃぁ、私らはこれで、燈梨と一緒にイアンに履歴書買いに行こ~っと。
「待てよぉ~!」
なんだよ柚月、だって、やる気ないんでしょ?
やる気ないのに、ここにいても仕方ないじゃん。
え? やるの? やるんだったら、さっさとハンドル外してよ。
そうそう、ハンドルを抜く時は、純正の場合はホーンパッドって言って、ホーンを鳴らす時に、押す場所のパッドを裏からネジで外すんだけど、R32のスポーツステアリングは、社外品に近くて、センターにあるホーンボタンを外すんだ。
そして、その中にある大きな六角ナットを緩めるんだけど、その時に、全部外さずに、1~2山、ネジを残しておくんだよ。
「なんで?」
いい質問だね、燈梨。
この次の作業に関わってくるんだけど、車のハンドルって、ギザギザのシャフトに、しっかり嵌まってるんだ。
だから抜くのには、上下左右に揺すって、力一杯引きながら、嵌まってるシャフトから少しずつ抜いていくんだけど、途中で急にシャフトの溝に綺麗に噛み合って、スポッと抜けることがあるんだよ。
その時に勢い余って、3キロ以上あるハンドルが、顔面目掛けて飛んでくることが結構あるから、それを防止するためだよ。
ハンドルを抜こうとしてる人って、位置関係から、ハンドルが急に抜けると、自分の顔に向けてハンドルをぶつけるような体勢になってるから、まず間違いなくやっちゃうからね。
ちなみに、酷いと、鼻の骨を折っちゃった……なんて話もあるくらいだからね。
お……抜けたか。
ホラ柚月、見てみな、今外したハンドルと、元々ついてたハンドルを……。
「あ……」
──────────────────────────────────────
■あとがき■
お読み頂きありがとうございます。
『続きが気になるっ!』『前期と後期でハンドルにどう違いがあるの?』など、少しでも思いましたら
【♡・☆評価、ブックマーク】頂けましたら大変嬉しく思います。
よろしくお願いします。
次回は
遂にハンドルの違いがベールを脱ぎ、柚月の決断と、その後の対処が明らかになります。舞華は、今日中に履歴書を買いに行けるのか?
お楽しみに。
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