第182話 ハイキャスと柚月の秘密

■まえがき

・燈梨のシルビアの詳細についてのエピソードは、もう1つの連載中小説「殺し屋さんは引退前の仕事で、女子高生の口封じに失敗する」の99話、100話に登場していますので、興味のある方はご覧ください。


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 なんだ、柚月、まさか懲りもせずに道場の模様替えの事じゃないだろうな?


 「違うったら~」


 柚月に連れられて行ったのは、玄関脇の車庫に入ってる柚月のGTS-4だった。

 柚月の家の車庫は、中で仕切られているので、柚月のGTS-4と、おじさんのシーマがあるだけだ。

 確か、柚月のおばさんは、今はクロスビーに乗ってたはずだけど、それが見当たらないので、それが、仕切りの向こう側に入ってるんだろうね。


 「ちょっと見てみて~」


 “キュルルルル……グオオオオオオーー”


 ねぇ燈梨、見なくていいよ。コイツの車なんて見ると目が腐るよ。

 それに見ると、コイツの修理につき合わされるよ『燈梨ちゃんも見たよね~。先輩のお願いなんだから、返事はハイ一択だよねぇ~』とか言ってさ。


 「そんな事、しないやい!」


 いや、分かったもんじゃないよ。

 こんな奴にマウント取られたら、下手したら、燈梨の上履きに毎日画鋲とか入れるかも……。


 「一体、いつの時代の嫌がらせだよ~!」


 アンタならやりかねないって、例えだよ……って、燈梨にこういう話は……って、ケラケラ笑ってるよ。良かった。吹っ切れたみたいで。


 その様子を満足そうに眺めていた柚月だが、私に見られている事に気がつくと、ハッとして、何事もなかったかのようにメーターを指さして


 「ホラ見てよ~」


 ん、なになに? 『HICAS』だって?

 ハイキャスかぁ……良かったね、柚月、ハイキャスがついてて。


 「違うよぉ! これはハイキャスが異常だって事だよ~。そもそも、GTS-4はハイキャス標準だろ~!」


 あぁ、そういう意味なのね。

 でもさ、ぶっちゃけ、ハイキャスが効かなくても、高速時のレーンチェンジの安定性が、若干損なわれるだけなんでしょ?

 だったら良くね? 柚月の使い方じゃ高速乗らないんだし。


 「マイのバカー!」


 いちいち痛いんだよ! 柚月。


 「R32のハイキャスは、パワステ連動なんだよ? この状態だって事は、パワステも効かないんだからね!」


 でもさ、柚月は別に怪力なんだから、パワステ無くたって大丈夫でしょ? 何の問題もないよ、何の問題も。


 「マイのバカー!!」


 痛いんだっての! 柚月は。なに、マジになってるんだよ!


 「舞華、可哀想だよ。せっかく聞いてきてるんだからさ」


 燈梨、そんな、まるで私が悪者みたいな感じで話を進められちゃ、調子狂っちゃうよ。

 柚月め、燈梨がそう言った途端に、ドヤ顔なんかしやがってぇ……燈梨が帰った後で、絶対お仕置きしてやるからな。


 言っておくけど、柚月、私にそんなトラブルシューティングを頼んだって、分かる訳ない事は、前に黒煙吹いた時で、実証されてると思うけど?


 「でもって~、あの時だって、結局知ってたじゃん~」


 あれは、たまたまだって、たまたま、兄貴が直してたのを、思い出しただけだっての。

 まぁ、でもって、パワステフルードの量のチェックや、ベルトの緩み、スピードメーターの異常がないかのチェックくらいはしてるんだよね?


 「え?」


 え、じゃねぇよ!

 R32のハイキャスとの相関関係を、そこまで知ってるんだったら、そこら辺のチェックくらいしておいて然るべきだろぉ。

 特に柚月のR32は、車検がたっぷり残った状態で来たから、基本整備しかしてないし、その上で柚月なんかが乗ってるから、痛みも激しいだろうし。


 「なんだよ~! 私が乗ってるからって~!」


 そのままの意味だよ。

 自分の荒い使い方や、普段のノーメンテを棚上げして、調子を崩しても、トラブルシュートすらされずに、『もうすぐ車検だから、新しい車に替えちゃおう』とか、『だから日産はダメなんだよ、やっぱりトヨタだよね』とか、言っちゃうダメな消費者の典型みたいな奴っていう意味だよ。


 「そんな事、しないもん。舞のサディストー!」

 「柚月のマゾヒスト~」


 お、なんだ? やろうってのか?

 もし、変な事したら、柚月が5年生の運動会の日に、廊下でお漏らししたこと、燈梨にバラしてやるぞ。


 「バラしてるじゃないか~!」


 え? あぁっ! 燈梨じゃないか、今の話、聞いてないよね?

 ホラ、聞いてないって。

 まだ、あるんだぞぉ~、柚月は中学1年の……


 「さぁ~、早くチェックしちゃおうよ~」


 えー、なんだよ柚月、折角、柚月の懐かしい話で盛り上がろうとしたのにさ。

 スピードメーターの異常は無かったんだよね? 表示がおかしい他にも、異様に針がフラフラ揺れるとかさ。


 「無かったよ~」


 まぁ、この機会だから、メーターのケーブルを変えちゃっても良いんだよね。どのみち緩んだり、切れたりとかもあるだろうしね。

 私も折角だから一緒にさ。


 「なんでマイが、ついでに混ざってくるんだよ~!」


 いいじゃん、どうせ同じ作業なんだし、ちょっと部のみんなを借りるついでに、一緒に作業しちゃった方が効率良いでしょ?

 あ、そう? あのね、燈梨ぃ、柚月はね、幼稚園の卒園アルバムの『将来の夢』に『ラブホの経営者』って書いて、先生に書き直されてたんだよ~。


 「とにかくっ! まずは部品が出るかどうかだねっ!」


 よく分かってんじゃん、柚月。

 それは明日以降じゃないと分からない事だから、まずは今日できる事をやっちゃおうよ。

 ついでにベルトも換えちゃえば? だって、見た感じ張りは問題ないけどさ、このベルト、表面にあるハズの、メーカー名とかの印刷がないじゃん。古すぎて消えちゃってるんだと思うよ。


 そう言えば、燈梨のシルビアは、ハイキャスついてるの?

 調べてないけど、きっとついてないと思うよ。だって?

 ちなみに、車検証を見てみて、車両型式が『S14』じゃなくて、『CS14』になってると、ハイキャス付きだよ。


 「へぇ~、そうなんだ」


 え? 燈梨のS14って、中年の人のワンオーナー車だったんだ。

 へぇ~、若い頃に新車で買って、結婚後も、夫婦でずっと乗ってたんだ、珍しいケースだね。

 しかも、展示車っぽいんだって? 珍しいオプションが、たくさんついてるんだぁ~。


 「終わったよ~」


 なんだよ柚月、折角の良いところだったのに、邪魔するな! しっしっ!

 なにするんだよ、手を引っ張るんじゃない! 

 

 なに? フルードも問題ないって? でもって、このフルードの1回交換した方が良いよね。

 今度、柚月の車の消耗品を、ある程度リフレッシュしてみようよ。それで、少しでも変わるかもしれないからさ。


 まぁ、それで本題のハイキャス異常の件だけども、思いつかないんだよねぇ。

 大抵が、メーターケーブルや、パワステの異常を発端として起こるからさ、あとは、トランクに入ってる、ハイキャスのコンピューターの異常くらいかなぁ。

 開けてみて、半田浮きが起こってれば、半田し直しとかで、直るし、兄貴が言ってた珍しいケースでは、基盤を留めてるネジが外れて、それが接触してショートしてるってのもあったらしいよ。


 あと、色々やってダメだった時はさ


 「ダメだったら~?」


 部車から外したキャンセルロッド使って、ハイキャスキャンセルしか、なくね?


 「イヤだぁ~!」


 だって、柚月が壊しちゃったんだから、仕方ないじゃん!

 修理に40万以上、かかるらしいよ。40万出せるの?


 「ムリ!」


 じゃぁ、諦めて、ハイキャスキャンセルしかないじゃん。

 別にハイキャスキャンセルしても、死ぬわけじゃ無いからさ。


 「死ぬもん~! ハイキャスが効かなかったら、コーナー曲がれなくて、崖から落ちて死ぬもん~!」


 もう、仕方ないなぁ~。

 あとは兄貴に状況を伝えて、トラブルシュートしてもらうしかないんだけど、こんな時間に兄貴に連絡しても、どうせ子供とお風呂とか入ってて、そのまま寝ちゃうだろうから、明日までには、間に合わないと思うんだよねぇ。


 そう思った私の目が、ある1点に注がれて止まった。


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 ■あとがき■

 お読み頂きありがとうございます。


 『続きが気になるっ!』『今回の警告灯の原因は?』など、少しでも思いましたら

 【♡・☆評価、ブックマーク】頂けましたら大変嬉しく思います。

 よろしくお願いします。


 次回は

 初歩的なトラブルシュートでの異常は出なかった柚月のGTS-4。

 しかし、舞華は何かに気付いた模様。果たしてその正体は?


 お楽しみに。

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