第177話 舞華と涼香
私に声をかけてきたのは、意外な人物だった。
「涼香……」
元、軽音楽部の部長で、私を軽音楽部に引き抜いた張本人、そして、私の去年までの友人だった人間だ。
当時、私は中学の頃からやっていたバスケをそのまま継続するつもりでいて、バスケ部に入部していたが、仲良くなった涼香の強い勧めもあって、軽音楽部へと移籍したのだった。
軽音楽部で過ごした2年間は楽しいものだった。
涼香の言う通り、私にはセンスがあったみたいで、メキメキと腕が上がっていってメインを張っていけるようになったのだ。
軽音楽部に入るにあたって、バスケ部とはゴタゴタがあった。
私は、中学の頃からバスケでは大会に出ており、バスケ部としても、欲しい人材だったようで、移籍に当たって、バスケ部からは、かなり軽音楽部に対して横やりが入ったのだ。
涼香は、粘り強く先輩たちの説得を続けて、移籍を勝ち取り、その結果、私は軽音楽部の活動にのめり込む事になったのだ。
その後の活動は、とても楽しく、順調にいった。
ウチの軽音楽部で組んだバンドは、県内はもとより、地域全体の中でも話題になるほどの人気を獲得し、あちこちのコンサートや、合同ライブなどにも呼ばれるような存在となっていったのだ。
しかし、軽音楽部最後の晴れ舞台となった、去年のクリスマスコンサートを目前に控えた時、事件は起こったのだ。
突如、涼香が、バンドの解散を宣言して脱退し、バンドは機能不全に陥ったのだ。その上で、涼香は、1人のメンバーだけを連れて、別のバンドを水面下で結成して、クリスマスコンサートへと参加しようとしていたのだった。
それまで、コンサートに向けて練習していた、私と悠梨、それともう1人の美沙にしてみれば、寝耳に水の出来事であったのと同時に、当然の如く、怒る訳で、美沙と悠梨が、課外活動部に怒鳴り込むは、顧問に詰め寄るは、挙句、コンサートの運営にまで怒鳴り込んだおかげで、コンサートへの参加は取り消し、その上で、軽音楽部は強制廃部の上、部長で、騒ぎの発端となった涼香と、バンドを抜けたもう1人は停学という重い処分となったのだ。
さらに涼香は、決まりかかっていた音大への推薦も、停学で、枠から外れたのだった。
そして、バンドメンバーの中でも、涼香について行った娘は、中退してしまい、あの時のバンドメンバーの中で、涼香だけが孤立する形となってしまったのだった。
「何の用だよー! マイは、あんたと話す事なんか、ないんだからねー!」
柚月が、いつになく怖い表情になって、涼香に噛みついた。
その間に、優子が、私を引っ張って、涼香から離れようとした。
みんなは、妙に軽音楽部の事になると、ガードが固くて、私を接触させようとしない。
別に、私は何とも思ってないから良いんだけど、みんなが不必要に気を遣っちゃうんだよね。
私は、2人を制して、前に立つと、言った
「私に何か用?」
涼香は、口角をちょっと上げながら言った。
「別に? ……なんか、自動車部なんて、妙な部、やってるって、噂に聞いたからさ」
「妙かどうかは知らないけどさ、大会に3位入賞もして、部員も50人以上いる、学校としても推しの部だからさ、何の成績もあげずに、問題起こして廃部になっちゃった部とは、わけが違うよね」
私は涼香の嫌味に嫌味で返してあげた。
ぶっちゃけ、涼香が何したいんだか意味分かんないけど、嫌味言われてヘラヘラしてるほど、人間ができてないんだよね、私。
涼香は、嫌味を言って、私にダメージを与えたかっただけ、みたいだったらしく、奥歯をギリッと鳴らすと、近くにあるキャンバスのドアのロックを解除して言った。
「そんな古くて流行らない車、乗ってて恥ずかしくない? そんなんじゃアンプも積めないじゃん!」
私は、あくまでも平常心で、声のトーン一つ変えずに、諭すように
「涼香も変わっちゃったねぇ、なんて言うの? 丸くなったって言うかぁ、腰が引けたっていうか? 昔の涼香は『ありきたりな車種の軽に乗るのなんて、ロックじゃないよね!』とか言ってたのに、キャンバスって、それCMで、JKを駅に迎えに来てる車じゃん……つまり、私らのお母さん世代の車って、事だよね。涼香もすっかり主婦目線? もう、ロックなんて言ってられないってか?」
涼香のストレートな攻撃に、あくまで嫌味たっぷりに応戦してあげた。
「くっ……」
涼香は、私がダメージを受けると思っていたようだけど、涼香への対応は慣れたもんだ。
涼香の喧嘩は、全て自分の脳内シミュレーション通りに動くようにしか組み立てられていないため、相手の想定外の動きに全く対応できない。だから、途中でペースを崩してやれば、たちどころに、こちらが有利に形勢が逆転する。
案の定、涼香は、最初から私にペースを乱されまくっているのだ。
部の事で嫌味を言えば、柚月に引っ張り込まれて入部した、主体性のない私は、自信を無くして黙り込んでしまう、とでも考えていたのだろうね。
私は、運転席に乗り込もうとしてる涼香と、開いてるドアの隙間に入り込んで、ドアを閉められないようにして、言った。
あのさ、涼香。
悪いけど、あのことは全部終わった事だからね。
私は、涼香のせいで、音楽をやめて、人間不信でしばらく悩んだ。
そして、涼香は、停学喰らって、そのお陰で推薦パーになっちゃって、今や、音楽やる事すらできないでしょ、その界隈じゃ、涼香のやったこと伝わっちゃってるしね。
それが全てだよ。
私は、みんなのお陰で、次の楽しみ見つけて、進学も決まって、充分充実してるよ。高校最後に、私の走りで、部活動で入賞を掴み取ったしね。
それだけの事だよ。それが結果。
涼香も、私なんかに構ってる暇があったら、受験勉強でもしてたら? 音大って、一般入試、結構難しいはずだよ。
私は哀れむような表情で語り尽くすと、そのまま彼女に背を向けて、柚月たちの方へと向かった。
直後にドアが閉まる音と、エンジンがかかる音がして、涼香のキャンバスが飛び出して行った。
……あぁ、涼香さ、そんなにそこ飛ばしてると、生徒指導の加藤に呼び出されるよ。そこの出入り口に、オービス仕掛けてあるんだからさ。
すると、柚月と優子が私の元へと駆け寄ってきた。
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■あとがき■
お読み頂きありがとうございます。
『続きが気になる』『一体全体、どうして涼香は絡んできたの?』と、少しでも思いましたら
【♡・☆評価、ブックマーク】頂けましたら大変嬉しく思います。
よろしくお願いします。
次回は
突然のアプローチに驚く一行。
涼香がやって来た理由を、他の2人が解き明かします。
お楽しみに。
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