第178話 タイヤとたい焼き

 「マイ~! 大丈夫だった~?」


 柚月が背後から抱きつきながら言ってくるので、柚月の顔を掴んで引き離しながら、言った。


 「それにしても、なんで涼香のやつ、今日になって私に絡んできたの?」


 優子は考え込んでいたが、柚月が、その様子を確認するように見ると


 「香菜美のやつが~、最近、涼香に直接会って、文句言ったらしいよ~。だから、涼香も~、追い込まれてるんでしょ~」


 と、言った。

 香菜美とは、涼香と一緒にバンドを脱退して、停学になった娘だ。

 元から、軽音楽部にいて、私とはウマが合わず、涼香を介しての付き合いになっていたような娘だ。

 停学処分のあと、軽音楽部が廃部になり、学内でのバンド活動で、承認欲求を満たしていたような娘だったので、その拠り所を無くすと、友達も殆どいない彼女は、存在理由を失って退学していったのだ。


 恐らく、バンド解散の失敗の事で、揉めてるんだと思うよ。

 香菜美にしてみれば、解散のせいで、人生ダダ滑りみたいに落ちていっちゃったから、その責任を、涼香に幾らかでも押し付けて、楽になりたいんじゃない?


 「香菜美は、マイの事、やっかんでたからね。あちこちで、マイの悪口とか言いふらしてたしね」


 優子がボソッと言った。

 それは分かるんだよ。後から始めた私が、自分と肩を並べるほどになれば、面白くないし、しかも、連れてきたのが、自分が信頼していた涼香だったってところも、面白くなかったんだろうけどさ、私に言わせれば、香菜美は、自分の技術と知識に溺れすぎてたんだよね。

 香菜美って、みんなで決めた課題曲の練習とかを、バカにしてやらないで、自分の弾きたい曲ばっかり弾いてたから、苦手なところが如実に分かるくらい、演奏に偏りがあったんだよね。

 だから、初心者だから地道に練習してた私に、追いつかれちゃったんだけど、そこで、自分を鼓舞させて練習とかしなかったからね、ハッキリ言えば驕っておごってたんだよ。

 

 「恐らく~、涼香が免許取ったから~、香菜美に接触したんじゃない~? そしたら、八つ当たりされた。だけど~、自分だって推薦無くなって、それどころじゃないのに~って、思って、今度はマイに嫌味でも言いに来たんじゃない~?」


 柚月は、いつも通りのおっとりした口調ながら、ズバッとした内容の分析を、話した。

 うん、私もそう思うよ。涼香の友達って、私と繋がってた娘達ばっかりだったから、私と切れた途端に、その娘達とも切れちゃって、涼香って、友達いなかったと思う。

 だから、私の所に文句言いに来たってお門違いだよ。

 涼香と香菜美は、自分の企みに足元すくわれた、自業自得なんだから、人に当たる前に、少し考える事、あるんじゃないのって、思うのよ。


 「まぁ、一言でいえば、羨ましいんだと思うよ。涼香は」


 優子が一言でピシャっと、締めた。

 そうなんだよね。涼香たちは、あの企みのお陰で、破滅していって、私は、音楽はやめたけど、友達もいて、部活にも打ち込んでいて、その部では大会入賞したりして、順風満帆に見えるんだろうね。

 きっと羨ましいんだろうね、涼香は、それが香菜美に文句を言われた事で、感情が爆発しちゃったんだよね。

 でもね……。


 「だったらさ~、なんで、素直に羨ましいって言わないんだよ~。マイに嫌味言いに来たって、マイにしてやられるか~、私に引っ叩かれるのが、分からないのかな~?」


 私のモヤモヤを、柚月が先に口にした。


 「ユズ、涼香は、プライド高いから、そんなこと絶対言わないと思うよ。あの事件から、友達の1人もいないのが、何よりの証拠じゃない」


 優子がそのままズバリと、柚月に言ってのけた。

 優子って、相手が敵だと分かると、物凄く毒舌になるんだよね。

 恐らく、ここに涼香がいたら泣いちゃうと思うよ。そのくらい酷いんだけど、核心はついてるんだよね。


 まぁ、私も人に羨ましがられてるって事かぁ……。

 全っ然、自動車部なんて羨ましくないんだけどね。


 「その割には、涼香に対して、魅力たっぷりに語ってたよ」


 そ、そんな事ないやい、優子!


◇◆◇◆◇


 涼香の件から一夜明けて、1限の休み時間に水野がやって来て


 「今日、新入部員の案内があるから、舞華君には2をしっかりと頼みます」


 と言うと、スタスタと去って行っちゃったよ。

 ちょっと、水野待ってよ! その件について、ゆっくり話し合いたいことがあるんだよ。

 ……って、悠梨と柚月、何の用?


 「マイ~、昨日発売の雑誌に載ってた、おススメコーデのアクセなんだけどさ~、これって、イアンに入ってる100均のビーズで作れると思わない~?」


 なんだよ柚月、今はそれどこじゃないんだよ! 私の一生がかかった大事な時なんだよ!


 「えぇ~? 今度の土曜に、イアンにラジオの収録見に行くのに、必要じゃね? マイの好きな俳優も来るんだぜ!」


 悠梨、それは昼休みでいいだろ、あぁ……2時限目が始まっちゃったよ。


 ……結局、昼休みに職員室行ったんだけど、水野はいなくってさ、放課後になっちゃったじゃん!


 しかも、柚月をはじめとした、他の3年生も見当たらないんだよね。

 まったく、昨日は涼香に追って来られて嫌味言われる、そして今日は、問題児の入部案内を押し付けられる……ホントに2日続けてついてないね。

 まったく、問題ある生徒の入部なんて、断っちゃえばいいだろ! なんでわざわざ私に、マンツーマンで案内させるんだよ。


 あ、七海ちゃんだ。

 あのね、七海ちゃん、私、今日お腹が痛いから、これから帰らなきゃいけないんだ。だから、新入部員の案内なんだけどね……。


 「せんぱーい! 2年生の新入部員は、部室で待ってるので、お願いしまーす!」


 あ、七海ちゃん! 私の話、聞いてたよね。

 私、今日は部に出られないんだって、七海ちゃん、七海ちゃーん!

 ……ダッシュで逃げられちゃったよ、一体どういう事なんだろう?

 それにしても、いつも私と一緒に部室に行く、いつものメンバーは、一体どこに行っちゃったんだろ?


 待てよ、誰もいないって事は、このまま、帰っちゃおう。

 七海ちゃんには、ちゃんと、お腹痛いって言ってあるし、堂々と帰って問題ないよね。


 靴を履き替えて駐車場までやって来ると、私の車の様子が変だ。

 なんか、左後ろが妙に上がってると思ったら、左後輪がホイールごと無くなっていた。

 車載のパンタジャッキで、上げてあるんだけど、ハンドルの棒が無い。


 誰だ! こんな時に限って、こんなイタズラする奴は!

 テンパータイヤと、車載ジャッキの棒を出そうと、トランクを開けようとした時


 「マイー! どこに行くつもりだよー!」


 と言う声と共に、羽交い絞めにされた。


 「放せ~!」


 と言うと、物陰から、タイヤとジャッキの棒を持った柚月と優子が現れた。


 「マイ~、どこ行くつもりなん~?」

 「マイ、まさか、逃げようってんじゃないよね?」


 ううっ、柚月め、いつぞやの、けったいな京都訛りを使いやがって……。


 「ち、違うよ! お腹が痛いから帰るんだよ!」

 「ウソばっか、さっき、学食でたい焼き買ってただろ」


 悠梨め……学食に、たい焼きがメニューに追加されて、今週は割引があるからって、誘ったのは罠だったのかぁ。


 「たい焼きに当たったんだよぉー!」

 「ウソつくなよ~、たい焼きで食あたりなんか、起こるもんか~!」


 私が言うと、即座に悠梨に打ち消された。

 次の瞬間、柚月はタイヤを私の車に取り付け始めた。

 それと同時に、背後から結衣に、右足を悠梨、左足を優子に押さえられて、私は無理矢理連れて行かれた。

 

 「イヤだ~、人さらい~!」

 「人聞きの悪いこと言うな!」


 結衣にどつかれながら、第二体育館の部室前まで連行された。

 すると、そこには、タイヤ取り付けに残っていたハズの柚月が、先回りしていた。


 「さぁ、マイ~、いこか~!」


 くそぅ、柚月め、あとでパンツ燃やしてやるからな、覚悟しとけよ。

 柚月に悪態をついたその瞬間、勢いよくドアが開いた。

 

 

──────────────────────────────────────

 ■あとがき■

 お読み頂きありがとうございます。


 『続きが気になる』『なんでみんなは、問題児の部活案内に、舞華を必死に連れて行こうとするの?』と、少しでも思いましたら

 【♡・☆評価、ブックマーク】頂けましたら大変嬉しく思います。

 よろしくお願いします。


 次回は

 遂に問題児の登場です。

 舞華はその衝撃に耐えられるのか?


 お楽しみに。

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