第176話 トロフィーと過去の傷

 よし、じゃぁ結衣、まずはブレーキが回復してくるから、ガシガシ踏んでみて。


 「オッケ~だよ」


 よし、これで完成だね。

 それじゃぁ、みんなでこの車のテスト走行に行こうよ。

 一応、念のため1台ついて行って、サポート代わりにしよう。


 完成した結衣のR32と、悠梨のR33でまずは、頂上まで上がって行ったよ。

 最初に麓に下って行って、途中でもし異常が見つかると、止めるのが大変になるから、先に上って行った方が、良いんだって。


 さて、頂上についたところで、展望台のところで乗り換えていこうかぁ。

 まずは、結衣と私で乗って行こう。

 一応、後ろから誰かついて来て~。


 「おっけ~!」


 柚月か、言っとくけど、ついてくるんであって、抜いたり、煽ったりしないでよ。


 「分かってるって~、でも、あまりにも遅かったら~、どうだかね~」 


 あんなこと言ってるよ、柚月の奴。


 「柚月なんか、ヤッてやるから、大丈夫だよ」


 なんか物騒なこと言うねぇ、結衣ったら。

 とにかく、行っちゃおう~。


 良かったねぇ、一時はどうなるかと思ったけどさ、すっかり前と同じ状態になったよね。


 「うん、みんなのおかげで助かったよ~。ありがとう」


 あとは、しっかりできているかを、走らせてみて、どこかが壊れてたり、締め忘れたりしてないか、チェックしていって、あとは、こっちのエンジンの当たりもみていこうよ。


◇◆◇◆◇


 一往復してみてどうだった?

 え? 前のエンジンよりも心持ち、眠いというか、回転が引っ掛かるような感じがあるんだけど、それ以外は、前のクーペと同じだって?


 「マイ、ちょっと乗ってみてよ」


 え? 良いの? 逆に、私に乗って欲しいって?


 「前の車の時も、マイが乗ってくれたでしょ、今度も乗って欲しいんだ!」


 うん、分かったよ。


 よし、出発するよ。

 うんうん、確かに、低速トルクは前のクーペよりも、強くて乗りやすいねぇ、元々ATだったし、お爺さんが乗ってた事もあって、あまり回して乗ってなかったってのもあるんだろうねぇ。


 ちょっと回してみるよ。

 大丈夫、大丈夫、調子も悪くないし、オイルも、フィルターも交換してあるし、ベルトも交換したからね。

 それに、もし、壊れちゃうんなら、早い方が良いじゃん。これで、1ヶ月後に壊れちゃうよりも、今日壊れちゃった方が、すぐにエンジンの作業に入れるじゃん。


 今までは、3,000rpmを超えたあたりで、ちょっと重く感じて、引っかかるから、ちょっとアクセルを踏むのを躊躇しちゃうんだけど、ここで、躊躇わずに踏んでいくんだよ。

 初めてのエンジンだと、ちょっと怖いけど、もう、このエンジンは結衣の前のクーペで、何度も乗ってるから、回していける限界も分かっちゃってるからね。


 うん、回していくと、さっきの回転域にあった、引っかかりみたいなのが取れたように、高回転域はすんなり回てくれるよ。

 これって、兄貴が言ってたんだけど、回し癖の付いてない、普通に乗ってたエンジンは、しっかり回していってやる癖をつける事で、殻が破れるんだって。


 うん、良くなってるよね。

 私はタコ足がついてからは乗ってないんだけど、これによって、高回転域もだけど、全体的なトルクが太くなったように感じるんだよね。

 

 え? 私が兄貴から何を教わったのかって? なにも教わってないよ。

 あの兄貴になんか、何か教えを乞う訳がないじゃん。

 じゃぁ、さっきの兄貴の話って、どうしたのかって? ホントに兄貴が独り言のように言ってた話を思い出しただけだよ。


 話は戻るけど、更に言うと、ブレーキの効きが良いのも、安心して車を走らせられる大きな要因だよね。

 前のブレーキに比べると、効きがしっかりしてるというか、ペダルのタッチがガッチリしてるというか、物凄く安心してブレーキを奥まで踏み込めるようになったのが、本当に良いと思うよ。

 やっぱり、安心してスピード出すには、しっかりしたブレーキが必須だよね。じゃないと、不安で、心の中でもアクセル踏み込むのにブレーキ掛けちゃうもん。


 まぁ、なんにせよ、これで、結衣の件は一件落着したんだよ。

 最初の車である2ドアが廃車になっちゃったのは、ちょっと痛かったけど、それでも、代わりに、みんなで仕上げた新しい4ドアは、間違いなく大切に乗るだろうからね。


 実は、この話には、まだ続きがあって、帰りに悠梨の車に乗って送って貰ったんだけど、悠梨は、おもむろに言ったんだよ。


 「結衣が前に乗ってた黒いR32さ、あれ事故車だぜ」


 悠梨は、ライトの取り外し作業を手伝ってたんだけど、左のライトを取り外していて、その周辺が明らかに板金された痕跡があった事と、外したライトの下の部品に、日産のマークの入ったバーコードの書かれたシールが貼られていた事に気がついたそうだ。


 「確か、新車時についてる部品には、それが無くて、以降買った部品には貼ってあるハズだよ」


 えっ! そうだったのかぁ、でもって、まぁ、古い車だし、更にはR32みたいな車種だもんね、事故車でもおかしくはないよね。

 でも、左前がぶつかってるくらいならね……と私は、その時は、そのくらいのレベルだったら、よくある話だよ……で済ませていた。


 だけど、その数日後に、解体屋さんに行った際に、衝撃の一言を聞かされたのだった。


 「この間の、スカGの2500ccのやつな、アレ、ドンガラにしてみたら、物凄い板金痕があってな、ありゃぁ、車が『く』の字に曲がったの、今回が初めてじゃないなぁ……」


 更に、おじさんは、乗っていたフォークリフトから降りて、スマホで撮った画像をわざわざ見せてくれた。

 確かに、結衣のR32と思われる黒いクーペの、内装やガラスまで外された丸裸の画像なんだけど、運転席ドアのすぐ後ろあたりに、確かに一目見てそれと分かる溶接痕がクッキリとあり、しかも、その溶接したところから、結構サビが進行していたのだった。


 私が見ても分かる。

 結衣のクーペは、仮に今回の事故が無くても、サビで床がやられるのが目に見えている。

 まぁ、安い予算なのに、FRのマニュアルで2ドアなんて付帯条件が厳しすぎたから、この車くらいしか見つからなかったのだと思う。

 でも、これで、胸を張って言えるよ、今回、結衣は車を乗り換えて良かったってさ。


 そして、水野の車の程度を見抜く眼力が、ちょっと怪しいんじゃね? という事も、同時にこみ上げてしまったんだよね。


◇◆◇◆◇


 このところ、週末は作業があったから、土日が過ぎ去るのがあっという間だったんだよね。

 もう月曜日か、じゃぁ、部活を始めよう。


 整備に関しては、幸いなことに、壊れてる車が無いから、今週はしなくて大丈夫そうだよ。

 耐久レースは、来月の初めだから、それまではエッセの基本の調子を見ながら準備を最小限の人数で進めて、メインは文化祭に向けた車両の製作だよね。


 車の製作もさることながら、私と結衣は、会場レイアウトを、2年生と共に考えていた。

 3位入賞のトロフィーがあるから、ノートのところには、しっかりトロフィーと賞状を展示して、入賞アピールするとして、七海ちゃんからは、ボードを作って、遠くからチラ見しただけでも、結果をアピールできるようにした方が良いという意見が出たので、早速、ボード制作を、2年生メインで指示したんだ。


 それと、耐久レースの方は、初心者ドライバーなんて私らだけで、入賞なんて無理だろうから、誰かに写真撮って貰って、それをパネル大に引き延ばして、展示しようと思うんだよね。


 そこで、誰か写真の技術に長けたたけた人を連れて行きたいんだけど……おぉっ、2年生みんなが、ある1人の方を一斉に向いたよ。

 

 「もう、文句なしで、沙綾さやっちでしょ!」


 七海ちゃんが太鼓判を押してくれたよ。

 紗綾ちゃんって、写真とかカメラが好きで、本来だったら、写真部に入りたかったんだけど、キックボクシングで有名になり過ぎて、それが許されなかったんだって?


 そりゃぁ、心強いね。

 じゃぁ、今度の耐久レースの随行、沙綾ちゃんは確定ね。

 それで、いくつかカット案を話し合ったんだよ。

 さすが、紗綾ちゃんは、撮影と、車の両方に興味があるだけあって、走ってる車が、最もカッコ良く見えるカットを知り尽くしてるんだよね。


 「やっぱり、コーナーに入ったところを狙うのが効果的ですけど、レースの場合は、グランドスタンド前ってのも、効果的ですよ」


 なるほど、スタート地点なんかがある、グランドスタンドの前なら、たとえ周回遅れとかでも、前後の車を効果的に使って、競り合ってたり、ぶっちぎってる様に見せたりできるんだね。


 よし、じゃぁ、機材は持ち込んでもらって、必要になる物は、リストアップしてもらって良い? 用意して貰うからさ。


 その後もステージの説明とかで、アイデアを出し合って、いつもより30分ほど長くかかった部活も、お開きとなった。

 悠梨たちの外装班は、時間通りに終了したため、私と柚月、優子で駐車場へと差し掛かった時だった。


 「マイじゃない?」


 背後からかけられた声に、私たちは振り返った。


──────────────────────────────────────

 ■あとがき■

 お読み頂きありがとうございます。


 『続きが気になる』『舞華に声をかけたのは誰なの?』と、少しでも思いましたら

 【♡・☆評価、ブックマーク】頂けましたら大変嬉しく思います。

 よろしくお願いします。


 次回は

 声をかけてきた相手は、舞華にとっては意外な人物だった。

 そして、翌日の部活では、遂に新入部員たちがやってきます。

 お楽しみに。

 

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