第171話 鬼の子とクラッチマスター

 痛ぁ……あの芙美香めぇ、何も言ってないのに叩きやがってぇ……。

 それにしてもアイツは、なんで私の言ってないことまで、先読みするんだろう? 昔から思うんだけど、絶対変な能力とか持ってるよね。

 子供の頃からさ、アイツにいつも、考え読まれて殴られるんだよね。


 ただ、お金を引き出すことには成功したよ。

 まだブレーキ関連の部品は、通販で、到着は週明け以降になっちゃうから、明日の作業は、ミッションと、ブレーキ以外の作業になりそうだけど、なんかあるのかな?

 今日帰り際に、明日も集合って、言われたから、なんか作業あるんだろうね。そう言えば、柚月が、ペダル周りが一番面倒な作業なんだって、言ってなかったっけ?

 まぁ、なんにしても、明日も迎えが来るから、とにかくやらなきゃね。


◇◆◇◆◇


 それで、今日は何やるの?

 え? やっぱりペダル周りなの? 一番面倒な作業って言ってなかった?

 一番面倒だから、今日のうちにやっちゃうんだよって、まぁ、分からなくはないけどね。

 

 まずは、ハンドルを抜いてから、足元の内装を外しておく……と。

 そして、ブレーキペダルを外すのかぁ、言うと簡単だけど、やるとなると難しい作業だねぇ。

 でも、なんでブレーキペダル外すの? え? AT用のブレーキは大きくてクラッチペダルが追加できないから?

 ATからMTに安く載せ替える場合には、AT用のブレーキを半分にカットするって手もあるみたいだって?


 でもって、AT用ブレーキのカットって、見た目もみっともないし、しかも上手くカットしたつもりでも、角が引っ掛かったリする事があるから、あんまりお勧めしないって? それに、ドナーもあるんだし……だって?


 ペダルって、こういう風に留めてあるんだね。

 ダッシュボードの、ハンドルより遥か上に、吊ってあるんだ。

 だから、足元の内装を外す必要があったんだね。これがあると邪魔だもんね。

 取り外しは、柚月に任せるね。


 え? なんで私がやらないのかって? 大体さ、あんな所まで私じゃ手が届かないし、ネジ回すのだって大変でしょ? 適材適所って言葉があるじゃん。


 よし、外れたね。

 え? まだこれだと、全工程の半分にも行ってないって?

 なんで? あとは、結衣たちが外してきたペダルと、付け替えるだけじゃね?


 「マイさ~、よく考えてよ。この車に無くて、あの車にある物って、なに~?」


 なに、くだらない謎かけしてるのさ。

 そんなのクラッチに決まってるでしょ? え? そのクラッチって、どうやって付けるの? だって?


 どうせ、どこかにつけられるようになってるんじゃないの? 同じ車なんだしさ。

 その方法を訊いてるんだって?

 もう! 謎かけで訊くの止めようよ。最初から説明してくれなきゃ、分かる訳ないでしょ。


 「ブレーキのペダルと同じように~、ブラケットに取り付けるんだけど、そのブラケットが、そもそもAT用だから、付けられるようになってないんだよ~」


 それには、エンジンルームと室内の隔壁に、穴を開けなきゃならないんだって? それって、簡単に開くものなの?


 ここで、解体屋のおじさんから借りた電動工具が威力を発揮するんだね。

 この電動ドリルの先端についてるのは、ホールソーと言って、穴を開けるための工具なんだって? 

 

 「きちんと、サイズを合わせないと~、大変な事になっちゃうからね~。特に~、大きく開け過ぎちゃったりなんかすると~」


 ちょっと、柚月、大丈夫なの? 大きさ合ってるの?

 きちんと調べてあるから大丈夫だって?

 でもさ、穴開ける位置って、どうなってるの? さすがに、当てずっぽうって訳にはいかないでしょ?


 「さっすが~、マイは目のつけ処が違うねぇ~。そう、MTもATも基本のボディは一緒だから、本来、穴が開いてる箇所ってのは、印がついてるんだよ~」


 そうなの?

 指さした先をよく見てって? なんか、少し凹んでる箇所があるね。なんか、ちょうど丸い感じで。

 なるほど、この凹みが、本来のMT車に開いてる取り付けの穴なんだね。


 「あったり~! そして、ここからの作業は、当然ながら、結衣にやって貰うからね~」

 「よしきた!」


 その前に、私と柚月と結衣は、このゴーグルをしろって?

 これからの作業には、危険が伴うからね、だって? ちょっと待ってよ、私、そんな作業なら辞退するんだけど……え? いまさらそんな薄情なこと言うなんて、私は鬼の子なんだね、だとぉ!

 こっちは、危険が伴うなら、事前に言うのが筋だろうって、言ってるんだよぉ! この野郎、柚月、こうしてやる! とぉっ! やぁっ!


 「参りました~。ゴメンなさい~」


 まったく、柚月め、今度、そんな生意気なこと言ったら、全裸に剥いて解体車の中に置いて帰ってやるからな!


 さて、作業作業……っと。

 結衣がついにホールソーの付いた電動工具を手にしたね。

 ギュィィィィィィィィンって、音がしてるよ。

 遂に、始まるね。なんか、結衣も心なしか緊張してるように見えない?


 おぉぉぉぉぉぉぉ!!

 凄いね、火花が散りながら、何が起こったのか? と思った瞬間には穴が開いてるんだもんね。


 今開けた大きな穴が、クラッチのマスターの穴で、今度は、ペダルのブラケット取り付けの小さな穴を開けるんだって?

 なんか、ミッションの載せ替えって、ホントに大変なんだねぇ。

 え? まだスカイラインは簡単な方で、ローレルの場合なんかは、サイドブレーキを足踏み式からレバー式に変更するのに、床に穴を開けなきゃならないから、もっと大変なんだって?


 これで、穴開けは完了だって?

 じゃぁ、その間に、穴を開けたところにサビ止めペイントをたっぷり塗っておかないとね。  


 この穴開けた周辺に貼ってたシートみたいなの取っちゃってOKだって? 何のために貼ってたの?

 これは、穴を開けた時に飛んだ鉄粉なんかが周辺にくっつくと、飛びサビの原因になるから、ガードするためにやってたのかぁ、だったら、もう撤去して問題ないね。


 そして、クラッチのブラケットをつける……って、なんかこのブラケット新品で、この銀色は、ニスモ製だね。

 どうして奮発したの? なに? この頃の日産車のクラッチブラケットは、溶接の割れや剥がれが起こるらしいから、予防安全的に、こういう機会のある時に、一緒に交換した方が良いんだって? なるほどね。


 これを取り付けるには、室内班と、エンジンルーム班が必要だね。

 室内はもう狭くて参加できないから、私はエンジンルーム班だ。

 このブラケットから出ているネジ山が、さっき開けた穴にきちんと通っているかを見て、貫通させてやる……と。


 よし、そこに、クラッチのマスターを取り付けちゃおうよ。

 へぇ、このマスターもオーバーホールしたんだね。

 そうだよね、折角の機会だもんね。やり方は、前にやったブレーキのマスターオーバーホールに似た感じなの?

 マスターは、クラッチのブラケットのネジに共締めみたいな感じになるのか。


 そして、ペダルね。

 やっぱり、ダッシュボードの上側の奥底での取り付けだから、凄く手が入り辛くて大変そうだよね。

 え? 一緒に、ペダルとマスターを接続させないと、ペダルがただ動いてるだけの意味の無いクラッチペダルになるって?

 マスターから伸びてる部分が、クラッチペダルの根元を覆うような形状になってるから、覆わせた状態で、穴に合わせてネジ留めして、割りピンを入れるんだ。


 なるほど、ペダルって、こういう原理になってたんだね。

 踏んで押されたペダルの根元に、マスターが繋がっていて、作動する……かぁ、結構原始的と言えば原始的な仕組みなんだね。


 でもって、こういう作業をやってみるとさ、車の原理が分かるから、面白いって言えば、そうなんだよね。

  

 よし、これで内装を元に戻せば、一番のネックだった室内作業は終わるんだね。


 また、午後の結構いい時間になっちゃったね。

 内装戻しまで終わらせてから、お昼に行こっかぁ!


──────────────────────────────────────

 ■あとがき■

 お読み頂きありがとうございます。


 『ミッション載せ替え作業って、結構やる事多いんだね』『もっと細かな作業が見たい』と、少しでも思いましたら

 【♡・☆評価、ブックマーク】頂けましたら大変嬉しく思います。

 よろしくお願いします。


 次回は

 ミッション載せ替え作業の細かな作業の続きと、週明けの学校での、ある出来事のお話です。

 

 お楽しみに。

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