第102話 モノ言うユーザー
家に帰ってから、今日の出来事を芙美香に話したのさ。
そしたら
「その上と下のゴムは買ってきなさい。10万円くらいまでなら出してあげるから」
なんて言うんだよ。
どうしたの芙美香? 頭、おかしくなっちゃったんじゃない? たかがゴムだよ?
痛っ! いいから、ディーラーに行って見積もりを取って来いって?
そういうもんだからさ、ディーラーの担当者に電話したの、そしたらさ、予算内には収まったのさ、でも結構なお値段はしてたんだよね。
そして、担当者曰く
「目のつけ処が違いますね」
だって。
普通は、こういうゴムの部品ってのは、一番軽視されがちなんだってさ。
なんにしても目に見えないし、しかもホームセンターとかで、シリコンコーキングとか、それに類する隙間埋め剤みたいなカー用品で代用しちゃうのが多いんだってさ。
でもって、こういうものって、長く車に快適に乗ろうとすれば、当然、必要になってくるものなんだから、定期的に新品にして、メーカーに対して『まだ必要なんですよっ!』って、アピールするのが、ユーザーの勤めの1つなんだってさ。
ネットなんかで、中古品のゴム買ってきて、交換してるのをアピールしてる人の記事なんかを見ると『そういう人は、ノートとか、プリウスを新車で買えば良いのにね』って素直に思うってさ。
私でも、なんとなく分かるよ。いくらなんでも、中古の下着を買って『オシャレ下着ゲット~!』なんて、SNSにアップしないもん。
せめても、新品で作ってる部品くらいは、買ってあげる姿勢が無いんだったら、こういう古い車じゃなくて、新車で売ってる車を買って、メーカーに貢献してあげるべきだよね。
車は、個人売買とかの中古、点検や車検もディーラーに出さない、部品も中古品で交換、なのに『今の新車はつまらない』とか、『日産はロクなスカイラインを出さない』とか言ってる人って何なの? って思っちゃうよ。
お店で買い物してないのに、『この店の商品は、クオリティが低い』って、言ってるのと一緒で、何の説得力もないんだよね。
ファンだったら、つまらない物でも買ってみて『買ったけどつまらない』って、言ってあげる。
その姿勢もないのに、文句ばかり言う人っていうのを『外野』って言うんだよね。
解体屋のおじさんはね、スカイラインに憧れて、最初は、サニーの2ドアセダンのセミデラックスっていう一番下のグレードで我慢して、初めて買ったスカイラインは、中古で3万円の、ジャパンの1800TI-Lっていう2ドアの一番下のグレードだったんだって。
しょっちゅう壊れたけど、おじさんは、バイト代を握りしめて、部品は中古でも、整備だけは必ずディーラーに頼んで、車検も必ずディーラーに任せてたんだって。
おじさんは、そこから、中古でジャパンのターボ、R30のGTESターボ、R30のRSターボと乗り継いで、R31が新車で出た時に、史上最低のスカイラインだって、素直に思ったんだって。
だけど、就職してローンが組めるようになったおじさんは、この機会にスカイラインにNoを突きつけないと大変な事になると思って、RSターボを売って、R31のGTS-Xターボのクーペを新車で買って、説明書についてるアンケートはがきの宛先に、毎月意見の手紙を送り続けたって言ってたよ。
R32が出た時も、GTS-tを買ったんだって。だから、おじさんの解体所はスカイラインが多いんだね。
予算の問題でタイプMが買えなかったんだけど、頑張って後期型のGT-Rを新車で買って、みんなに文句を言われまくったR33も新車で買ったんだって。
そして、V35だって、新車で買って、文句を言いまくった挙句、ようやく後期型でMT仕様が出た時なんて、おじさんは、勤め先を辞めた退職金でMT仕様のV35を買ったんだってさ。
その後もV36だって、スカイラインクロスオーバーだって、みんな買って意見を言って、この間400Rを買ったんだよ。
おじさんは言ってたよ。『ユーザーが車を育てる』って、だから、出来る限りでメーカーにお金を落とすのが、ファンの務めだって。
まぁ、解体屋のおじさんは凄いんだよね。
色々謎なんだけど、この間訊いたところによると、スカイラインが好きだったって事と、普段乗ってるのは400Rだけど、R32とR33のGT-Rも持ってるんだって事は分かったよ。
個人的には、クロスオーバーも気に入ってたけど、400Rがどうしても欲しくて、下取りに出して買っちゃったらしい。
話を戻すと、そのゴム部品を買ったんだけど、ディーラーの担当者曰く、かなり変わるらしいよ。
その変わり具合に、違和感と感動を同時に覚える人が多いんだって。一体それって、どんな感覚なんだろうね。
◇◆◇◆◇
部品は、在庫があったから、2日で来たので、バイトの帰りに受け取って来ちゃった。
芙美香に値段を伝えたら、『ついでだから、買っておきなさい』って、言われて、ドアモールというものも買ったよ。外から見て、ドアと窓の境目のところについてる黒い縁みたいなところだね。
どうやら、飾りじゃなくて、ドアの隙間に水が入り過ぎないようにというのと窓の水切りを兼ねてるみたいだね。
さてと、夏休みだから、学校で作業って訳でもないけど、部活は週一であって、明日がその日だから、そこで、この取り付けもやっちゃおう。
雨が降らないといいなぁ……。
翌日は朝から晴れ渡ってたよ。
午後から学校に行くと、やる気に満ち溢れた1、2年生がグラウンド整備してたよ、眩しいね。
1、2年生は、まだグラウンド整備車を単独で運転させちゃダメだからさ、私ら3年生が早く来てないと、こうやって割を食っちゃうんだね。
七海ちゃんね、集合時間より早めに来ても、私らがいないと車が動かせないからさ、みんなも集合時間に集合でいいからね。
それじゃぁ、夏休みの部活の主目的は、1、2年生の練習走行だからさ、結衣と優子が同乗で、どんどん回していこうよ。
あれ? 柚月のGTS-4がガレージにある。なんでだろ? 後ろに悠梨が立ってるし。
どしたの悠梨ー? なんで柚月の車がここにあるの? トランクのチェックだって?
私たちが話していると、トランクの中から
「出してよ~、開けてよ~!」
と、柚月の声と共に、蓋をドンドンと、叩く音がした。
すると、悠梨が、イラっとした声で言った。
「まだ、水かけてないだろうが!」
「もう分かったよ~、漏れてるんだよ~」
相も変わらず、半べその柚月の声が聞こえるが、確かに、まだ水をかけた形跡はないので、どこから漏っているのかの確認はできていないのだろう。
すると、更にイライラ度合いを上げた悠梨が言った。
「じゃぁ、どこから漏ってたんだよ!」
「全体から漏ってるんだよ~、だから全体を直せばいいんだよ~」
柚月のあまりに投げやりな態度に、悠梨は、遂にキレてしまったようで
「じゃぁ、勝手にしろ! 私はもう、つき合い切れないからな!」
と言うと、練習場の方へ、つかつかと歩いて行ってしまった。
「開けてよ~、出してよ~!」
と柚月は言っているが、相方の悠梨を怒らせてしまった以上は、どうしようもないね。
「柚月、悠梨は怒って向こう行っちゃったよ。なんで中に入ったのに、テストもしないで騒いでるのよ」
と、私が言うと
「だって~、狭いんだもん~、暗いんだもん~」
と、駄々をこね始めた。
「スマホくらい持って来てるでしょ、ライトで照らせば良いじゃん! とにかくテストしないなら出さないからね!」
と、私は厳しめの口調で言った。
柚月がこういう時は、甘やかすと、どうにも収拾がつかなくなるので、冷たく、淡々とやる事をさっさとやってしまうのが一番なんだよ。
私はおもむろにホースを手に取ると、シャワーに切り替えて、水をトランクの上から降り注がせた。
しばらく、水をかけ続けていると
「冷たいよ~、水がかかるよ~」
と柚月の声がするので
「どこから漏ってるのか、分かった?」
と、訊くと
「上からだよ~」
と言うので、トランクを開けてみると、確かに柚月の背中の辺りに、水に濡れた跡があった。
取り敢えず、その他の怪しいところに手を触れてみたが、濡れている様子はなかったので、取り敢えずは、トランクのゴムは確定のようだね。
「取り敢えず、上は確定だけど、他も、もう少し長時間水をかけて確認してみないと、何とも言えないね、だから……」
と、私が言うと、柚月は恐れをなしたような視線で、こちらを見たので
「柚月にはもう1回、トランクに入って貰おうか」
と、ニコッとして言うと、柚月は
「いやだ~! もう、中にいなくても分かるじゃん~!」
と言って、暴れ始めた。
そこに戻ってきた悠梨と2人で、柚月を押さえつけた。
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■あとがき■
★、♥評価、多数のブックマーク頂き、大変感謝です。
毎回、創作の励みになりますので、今後も、よろしくお願いします。
次回は
GTS-4のトランクの水漏れ原因究明と並んで、遂に舞華のタイプMのゴム交換に入ります。
お楽しみに。
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