第101話 タイヤのプールとお説教

 私たちも車を降りて、柚月の車へと向かうと、柚月の車のトランクの床に敷かれたマットが、さっきの私の車の助手席のカーペットと同じ状態になっていた。


 「酷いね」


 私が一言言うと同時に、優子と私は顔を見合わせて、私の車に向かうと、トランクを開けた。

 床のマットを全体的に撫でるが、カラッとした手触りで水気はなかった。


 「大丈夫みたいだね」


 私が言うと、優子は険しい表情を崩さず


 「安心しちゃダメ、まだ下があるの!」


 というと、マットを捲った。

 そこには、この間、優子の車で交換した燃料ポンプがあり、その手前側には板が敷かれていた。

 優子は無言で、その板を退けると、板の下には窪みがあり、その窪みの中にはスペアタイヤがあった。


 優子はスペアタイヤを外して床の状態を見ると、ようやくニコッとして


 「大丈夫だよ、マイ」


 と言った。

 良かったよぉ~、これで、トランクまで雨が漏ってたら、どうしようかと思っちゃうよ~。

 私たちは、トランクを元に戻すと、柚月の車へと向かって、トランクの中を覗いてみた。


 「うわっ……酷っ!」


 私は思わず言ってしまった。

 柚月のGTS-4のトランクは、床全体が、万遍なくまんべんなく、びっしょり濡れており、窪みの中は、プ-ルのように水が溜まっていて、その中でスペアタイヤがプカプカと浮かんでいた。


 ふと、この後の事を考えていると、まずはタイヤの救出だろうと思い、スペアタイヤを、留め具から外して外へと出した。

 今度は、このプールの水を掻き出さないと……と思って、水をすくう物を探していると、優子が


 「マイ、違うよ、ここを使うんだよ!」


 と言って、指さした先には、窪みの底辺にあるゴムの栓のようなものだった。お風呂の底にある栓より、ゴツくてしっかりしている上に、当然ながら鎖の線はついてなかった。


 ……これって、手とかじゃ、絶対に外せないよね。


 「うん」


 優子もそう言って頷いた。

 と、なると、私と優子の手には、それぞれ大きめのマイナスドライバーの先端に、ビニールテープを厚めに巻いたものが握られていた。

 コイツを隙間に突っ込んで、無理矢理グリグリこじって抜くしかない。


 「せぇ~のぉ~!」


 “ブシュッ”

 おぉ~、床下から一気に水が滝のように出てきたぞぉ……。

 取り敢えず、これで、水は抜けたね。まずは雑巾で水気を拭き取るんだけど、恐らく、湿気が溜まってるだろうから、このゴムの栓は、しばらく外しっ放しだね。


 そして、問題は、この水漏れの原因だよ。

 順当にいけば、私の場合と同じで、縁についてるゴムの劣化だよね。このトランクの口の周りをぐるっと1周してるやつ。


 え? 違うの? 結衣と優子が同時に“ちっちっち”って、やってるんだけどさ。

 間違いではないし、それが原因かもしれないけど、トランクの場合は、複合的に見ていかないと、直したと思っても他の原因で漏ってたりするから、厄介なんだって?


 代表的な例で言うと、私が指摘したトランクの縁ゴム、そして、テールランプのコーキング不良、そして、リアガラスの縁ゴムの隙間から漏っている、なんて場合もあるんだって。

 ちょっと待って、こーきんぐって、なに? 優子が内張りを捲ってテールランプを見せてくれたんだけど、ボディの開口部と、ユニットの隙間を埋めるゴムみたいな素材の隙間埋めの事なんだね。

 なるほどね、これが痩せたり、足りなかったりすると、隙間から水が漏ってくるんだね。


 「最近では、バックカメラや、ドライブレコーダーの配線から漏ってる、なんて例もあるから、余計、複雑化してるんだよね」


 そうなんだ……って、この間、部車のシルビアにナビ付けた時、バックカメラの線をナンバーの裏あたりから、栓のゴム、適当に切って出しちゃったよ。

 それはマズいって? 今度の活動日に見てみよう。


 それで、本題に戻ると、柚月のGTS-4のトランクの水漏れの原因は、今の段階じゃ、分からないって事?


 「うん、ただ、スペアタイヤのスペースが、サビてないところから見ると、昔から水が漏れてたわけじゃなさそうなんだよね」


 優子の的確な読みによって、1つの事実が分かったね。

 この車の水漏れは、最近始まったって事だよ。

 と、なると、この車に最近起こった出来事を読み解けばいいんだね。


 「でもって、後ろ周りに板金の跡はないね」


 悠梨、そうなの? なんで? トランクの床周りに、しわが寄ったり、引っ張ったりした跡が無いのと、リア周りの部品に新しいものが見当たらない事、塗装やパテの痕跡がないからだって?

 柚月の車のグレーって、ちょっと青っぽい色が混じってるから、調色が物凄く難しいんだって、しかも、古いから、日焼けしてて、メーカーが出してる調色レシピで作った色だと、絶対に実車と合わないから、上手く調色しても、どこかで絶対ぼかしてるんだって。


 悠梨の目で見ても、塗装のボケや色のおかしなところが見られないから、板金塗装はしてないから、事故修理によるものでもなさそうだって。

 あとはテールランプのコーキングの可能性かぁ……ランプ自体の交換歴はなさそうだから、後は見てみるしかないなぁ……だって?


 見るって? どうやって?

 

 「それは、誰か1人がトランクに入って、外から水をかけていって見てみる……だよね」


 結衣の言う事は、至極ごもっともだけどさ、誰が中に入るの?

 言っとくけど、私は嫌だよ。私は、暗くて狭いところが苦手なんだからね。


 「マイが入る必要ないじゃん! 入るとすれば……」


 と結衣が言いながら、ある1人を見ていた。

 そして、私が気がつくと、他のみんなもそっちを見ていた。

 私もそちらを見ると、みんな視線を一手に受けた柚月が、ガタガタと震えながら


 「い……嫌だよ~。私だって、嫌だからね~」


 と言うと、一目散に車とは逆方向へと走り出した。


 「柚月、逃げるなよー!」


 「自分の車でしょー!」


 悠梨と優子の呼びかけには耳を貸さずに、走って行った柚月の先に、回り込んだ結衣が待ち構えていて、あっという間に捕まった。


 「いやだぁ~!」


 「柚月がやらなくて、誰がやるんだよ!」


 いや、結衣。私らのことを、他のお客さんが、物凄く寒い目で見てるよ。

 そろそろやめとこうよ~。


 コラ、柚月!

 大体、今から入れって言ってる訳じゃないでしょ、なんでここで暴れるのよ。

 だったら、柚月の車のトランクの雨漏りなんて、誰も手伝ってあげないからね! 1人で納得するまで水かけて、漏れてる箇所の調査でもしてなさいよ。

 別にウチらさ、その車のトランクに水が漏っても、ぶっちゃけ誰も困らないんだからね。そんなに反抗的な態度取るなら、1人で直せば? 三坂が。


 「ゴメンなさい~、もう言わないから許してよ~」


 え~? ゴメン、マジで無理。

 三坂のそういうところ、マジでムカつくんだもん。そうやって、いつも二言目には謝ってくるくせにさ、舌の根も乾かないうちに、すぐ私の事、バカにした態度取ってさ、さっき言った事も忘れちゃってさ、お前はニワトリか? ……っての。


 「ホントにゴメンなさい~!」


 謝って済むんなら、警察はいらないって、この間、言わなかったっけ?

 本当にこの間、車庫証明出しに行った時に、警察署に預けてくれば良かった。いや、マジで。


 「うううう~~~~!!」


 え? マジ? またコイツ泣いたの?

 もう~、ホントにムカつくよ! ちょっとマジになって説教すると、すぐに泣くんだもん!



──────────────────────────────────────

 ■あとがき■


 ★、♥評価、多数のブックマーク頂き、大変感謝です。

 毎回、創作の励みになりますので、今後も、よろしくお願いします。


 次回は

 舞華を悩ませた原因のゴムを購入しようとする先に横たわる予算の壁。

 すると意外な事が起こります。


 お楽しみに。

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