第98話 2台のノンターボ

 「どう思う?」


 私は、結衣がテスト走行に行っている間、みんなに訊いてみた。


 「どうって?」


 優子が訊いてきたが、私に言わせれば、優子が言うと白々しく聞こえるよ。

 結衣には、考え方の違いだからって、きちんと理論的に説明したけどさ、あの負けず嫌いの結衣がさ、あれに乗っちゃうと、悔しさで卒倒しちゃうんじゃないかって思うんだよね。

 だってさ、優子の今の仕様だって、NA乗ってる人から見れば、涎が垂れるレベルでしょ?


 「だね~、これで、ハイカムまで入ってれば、NAチューンの第1ステップは、完成って感じだよね~」


 だよね~、柚月、この感覚は、結衣からすると、相当悔しく感じちゃうのかな~って、思っちゃうのよ。それで、結衣と優子のチューニング合戦みたいになっても、色々と困っちゃうしさ。


 「でも~、結衣の25を、同程度までにしても、ここまでのフィーリングは、出ないと思うよ~」


 そうなの柚月? なんで? 優子のエンジンが当たりだから?


 「エンジンの当たりハズレってのは、あんまり関係ないかな~? それよりも、25DEに対して、元々20DEの方が、高回転まで回りやすいエンジンだからね~」


 まじか~、やっぱりイメージ的に、排気量の少なさが、そうさせてるのかな?


 「違うよ、元々R32のは、20DEの方が、高回転型なんだよ」


 そうなの優子? 

 カタログスペックを見てみても、20DEの方が、最大パワーを400rpm高いところで出してるって?

 なるほど、それで体感的にも、20DEの方が回りやすいって、感じた訳なんだね。

 だから、優子の伯父さんも、25にしなかったのかな?


 「そうじゃないかな? 確か25が出た時に、伯父さんと一緒に試乗したって、お父さんから訊いたよ」


 ふーん、そうなのか。

 でも、実際、20DEと25DEだと、どっちが速いのかな?


 「その話をしたら、25でしょ。排気量も大きいし、パワーも確実に出てるし」


 だよね、優子。なのに、なんでだろ? あの負けた感を感じてしまうのは。


 「NAエンジンは~、実際のパワー以上に、フィーリングで体感が変わるからだよ~」


 なるほどね、柚月。

 AE86が、実際には大した速さでもないのに、速く感じるのは、シャーシ性能の低さと、エンジンフィーリングの良さの賜物たまものなんだって? 


 ほうほう、そういう事か。

 あ、結衣が戻ってきたよ。……なんでだろう? 心なしか怒ってるように見えるよ。


 「どんなチューニングしたのよ!」


 結衣、なんで怒ってるんだか知らないけどさ、落ち着こうよ。

 優子も言ってるじゃん、タコ足とマフラーと、エアクリーナーと、軽量フライホイールだってさ。

 え? 絶対、エンジンのバランス取りをして、カムまで替えてるって? そんな事ないよ。優子だって、解体屋さんで買ったAT車のエンジンだって、言ってるじゃん。

 なに? 私は黙ってろだって? 酷くない?


 その時、後ろから柚月と悠梨に捕まえられて、そのまま、悠梨の車の後ろの席に連れ込まれちゃったよ。

 

 「もう、ああなっちゃったら、放っとくしかないよ」


 悠梨に言われたんだけど、だから、って言っても、優子だって、見かけによらず負けん気の塊みたいな娘だからさ、放っといたら、あの2人、喧嘩になっちゃうかもよ。


 「大丈夫だって~、さすがに結衣だって、ある程度のところでセーブするからさ~」


 そうかな柚月? なんかハラハラしちゃってさ、見てられないんだよね。でもって、後ろの窓は開かないし……あぁ、気になってるのに、外に出られないよぉ。


 「安心しなって、マイよりか、私らの方が、よっぽど、しょっちゅう結衣怒らしてるんだからさ」


 そうか、それなら安心だ……って、なるか!

 なんか、一触即発みたいな雰囲気で怖いよ~。どっちも引かない性格だからさ、ホントに喧嘩になっちゃうんじゃないかって気になってさ~。


 あ、終わったみたいだよ。終わったみたいだけどさ、なんか、スッキリした顔になってない気がするよぉ……。

 悠梨は、さっきから大丈夫だって、言うんだけどさ、なんか、そんな感じには全く見えなくってさ。

 本当? 悠梨、大丈夫なのあの2人、nice boat.になったりしない? だったら、取り敢えず良かった……って、結衣がこっちに来たよ。もしかして、今度は私らに矛先が向いた?


 悠梨、早く車出して、帰ろうよぉ……って、ドア開けられちゃったよ。


 「マイ、ちょっと来て」


 だって、なんで私なのさ。

 くそっ! 柚月と悠梨め、他人事みたいに、車の中から手なんか振りやがってぇ~!


 「これから、優子のと、私の車で、タイムを計るから、マイが運転して」


 なんでよー! 自分の車なんだから、自分で運転すれば良いじゃん!

 なに? 当事者が運転したら、公正なタイム計測ができない? そんな訳ないじゃん! 

 それに大体、なんで私なのさ、柚月で良いじゃん!

 なんだって? 柚月だと手を抜いても分からないだって? 私が、まるで単純な人みたいじゃん! それに、この間のジムカーナ大会で、最速タイムを出した実績を評価してるんだって?


 なんか、取ってつけたような感じで、ムカつくよね~。

 帰りに、クレープ買ってあげるからだって?

 バカにするな~!


◇◆◇◆◇

 

 取り敢えず、優子の車での計測が終わったね。

 優子の車に、私と結衣で乗るっていう絵面が、まずにして、あり得ないんですけど。

 テストコースは、さすがに30分ずつかかると、時間かかるからさ、3分の1の距離で済む、解体屋さんの入口からのスタートにしたよ。

 

 取り敢えず、9分38秒らしい。

 ホントに優子の車は、私に向かって、とにかくエンジンを回せ回せ……って、誘ってくるからさ、ついつい思いっきり走っちゃうんだよね。

 恐らく、私の車だと、速さ的には、もっと速いんだろうと、体感で分かるけどさ、走った、っていう感じは、この車の方がずっと上だね。ランニングの後の気持ちよさみたいな感じがあってさ。


 そして、結衣の車か。

 ねぇ、結衣。もう終わりにしようよぉ~。優子の車は、体感的に速く感じるだけで、結衣の車の方が速いんだって。


 「つべこべ言ってないで、行くの! ここでやめても、結局、頂上までいくんだから、変わらないでしょ!」


 もう、仕方ないなぁ……大体、なんでこんな事になっちゃったんだろ?

 結衣が、優子に妙な対抗意識持つから、こんな面倒な事になっちゃってるんだよね。


 だってさ、こっちは2.5リッターで180馬力だよ。優子の方は、いくら、ちょっといじってるって言っても、2リッターの155馬力なんだからさ。

 兄貴が言ってたけど、ノンターボのエンジンで、10馬力上げるのって、メチャクチャ大変な事らしいよ。

 ターボは、マフラーだけで20馬力上がったり、ブーストアップって、やつで40馬力上がったりするらしいけど、ノンターボでそんな数字は、排気量を上げて、ハイカム入れて、圧縮比を上げて、バランス取りをしても出るかどうか怪しいって。


 そんなこと言っても、結衣のやつ、全然聞く耳持ってないよ。


 「3、2、1……スタート!」


 もう! 知らないから。


 ──────────────────────────────────────

 ■あとがき■


 ★、♥評価、多数のブックマーク頂き、大変感謝です。

 毎回、創作の励みになりますので、今後も、よろしくお願いします。


 次回は

 遂に乗り比べは、行きつくところまで行ってしまいました。

 2台のNAエンジンの、乗り比べの行方は?


 お楽しみに。


 

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