第97話 DEの咆哮

 ファミレスを出た後、私たちは、優子のR32に乗ることになった。

 結衣以外のメンバーは、載せ替えに何らかの形で関わってはいるけど、そのエンジンがどんなもので、仕上がりがどのようになっているかについては、全く分からないのだ。


 元々、エンジンが載っていたのは、4ドアのノーマル、AT車だったので、恐らく普通に乗っていたことは想像に難くないのだけど、元々、RB20DEに乗った事はない私たちにとっては未知の領域なんだよ。


 何故か、私たちは、R32に関して異様に恵まれていて、RB26以外の殆どのエンジンを体験している。

 教習車のCA18iに、部車のRB20E、私と柚月、部車のRB20DETに、結衣のRB25DE、更には、悠梨のRB25DETまで体験していて、R32のエンジン経験値は、それなりにある方だと自負していたんだけど、考えてみるとRB20DEだけは無いんだよね。


 最初に、柚月が、例の廃ホテルの駐車場から、山を下っていき、30分ほどして上ってきたが、その感想を聞く間もなく、間髪入れずに私がこのGTSに乗ることになった。

 頂上に残って結衣に説明をしている優子を置いて、1人で走り出したんだけど、最初の印象は、軽快な感じがしたよ。

 

 私たちのRB20DETよりも、ふわっと、軽い感じがして、旋回性、っていうの? 曲がり始めの感じも、心なしか軽く感じるんだ。

 さすがにGTEとか、教習車ほどまでは軽くないけど、それでも、RB20DETを知っている人間としては、この軽い感じは、違和感というよりも、好感触として伝わるんだよね。


 坂を下り始めても、この軽い感じは、好感触として伝わるんだ。

 下り坂で、ブレーキを踏んだり、下りながら曲がったりする時の反応が、物凄くリニアに感じるんだよ。

 私のタイプMよりも、下り坂では、ギリギリまで、ブレーキタイミングが遅らせられるなぁ……って、感触はあったんだよ。


 そして、これは、ノンターボのR32全般に言えるんだけど、パワーの立ち上がり方が唐突じゃないから、安心してアクセルを踏み込めるんだよね。

 私らのRB20DETだと、カーブの途中とか、立ち上がりの早い段階とかでアクセルをグッと踏み込んじゃうと、ターボが突然に立ち上がって、後ろが振られちゃったりするでしょ。

 でも、このGTSだと、むしろカーブへ突っ込むギリギリとか、カーブに入りながらアクセルを踏み込んでいっても、姿勢を崩したり、パワーが唐突に立ち上がったりという事がないので、深くアクセルを踏んで、カーブの立ち上がりで、パワーを半分掛けながら、全開……って、走らせ方ができるんだよね。

 うん、下り坂を走らせて思うのは『振り回しやすい』って、事だよね。


 よし、今度は上り坂だよ。結構、ここの上り坂って、勾配がきつい箇所があるからね、そこがどんな感じになるんだろうね。

 ……中腹まで上ってきたけど、特にパワー不足って感じはないんだよね。


 まぁ、トルク感、ってやつは、シルビアに比べると薄いけどさ、だからって言って、スカスカな訳じゃないよ。

 同じ排気量以上の、最近の実用エンジンに比べるとトルクは薄いけど、別にタイプMの出足に比べれば、どっしりしてるもんね。


 進んでいくと、回転と共に力感が増してくるところが面白いよね。

 低回転域では、静かで、大人しいエンジンなんだけど、回転数が高まるにつれて、音と振動のシンクロが取れてきて、物凄く気分が高揚してきちゃうんだ。

 なんかさ、物凄くビートの効いた音楽みたいでさ、もっともっと、演奏していたくなっちゃう気分になるんだよね。

 特に4500rpmから上の、澄み切った感じの音が、物凄くエクスタシーを感じさせてさ、これって、車を運転してるというよりも、感性に訴えかけてくる演奏をしている気分だよ。


 ターボにもこの感覚って、あるんだけどさ、ノンターボの、それもツインカムにより強くあるんだよね。

 GTEにも、もちろん、この感覚はあるんだけど、その回転域は低く、そして、奏でる感じはビートの効いたアップテンポな感じというより、静かに響くクラシックみたいな感じでさ、ぶっちゃけて言えば、音楽の好みの違いと言えばいいのかな? それとも年齢層の違いなのかな? GTEの奏でる演奏は、ちょっと大人の音楽というか、理性に訴えかけてくるって感じで、GTSのそれは、年齢を問わずに、感性に訴えかけてくる感じだよね。


 だから、回したい。

 脳天が突き抜けるまでエンジンを回したい、って本能が思っちゃうんだよ。

 許されるなら、タコメーターの振られてる9,000rpmまで回しちゃいたいけど、でもって、この曲の一番オイシイところを考えると、7,000rpmくらいまでなのかな……って思えちゃう。

 自分の本能の赴くままに、力一杯回していきすぎると、きっと、この曲の一番良いところを壊しちゃう気がする。このエンジンの奏でる曲は、デスメタルじゃなくて、ビートは効いているんだけど、ベースは交響曲なんだと思う。


 不協和音を調和させた時のスッキリした感じが、この車のエンジンの一番パワーの出る領域なんじゃないか、と思えるんだよ。


 やっぱり楽しいよね、このエンジン。

 優子の伯父さんが、2台乗り継いだ理由が何となく分かるよ。

 なんか、好きな曲に出会って、それを自分のイメージ通りに弾き切った時の爽快感と、満足感に似たスッキリした感じを受けるんだよ。


 ただ、速さは、決して遅いと言うつもりはないけど、ターボを知っている身としては、上りでは、速いとも言えないんだよね。

 けれども、このエンジンの躍動感を知ってしまうと、そのとびきりの速さが無くても、充分に魅力的だと思うし、ターボと違って、いつでもアクセルを踏んでいられるので、運転が上手くなれば、もっともっと速く走らせられると思うんだよね。

 そういう意味では、腕自慢な車なんじゃないかって思うよ。


 次に悠梨が走っている間に、そんな感想を話していると、結衣が、自分の車との違いを教えて欲しいというので、私なりの見解を話してみたよ。


 20DEに対して25DEは、排気量に余裕があって、その分、必死になって回転数を高く持って行く必要を感じないから、奏でる曲の音域が違ってくるんだよ。

 20DEがアップテンポで、ビートが効いた曲なのに対して、25DEのそれは、もう1~2オクターブ低くて、少しスローテンポな曲になるんだよ。


 「それって、高回転まで回す必要がないってこと?」


 結衣も、相手が20DEだと、結構、噛みついてくるな~。

 まぁ、負けたくないのは分かるよ。結衣は、見た目通り、負けず嫌いだからさ。

 今までは、私らが全員ターボだから、勝負してこなかったけどさ、優子だけはノンターボで、更に排気量に至っては、格下だからさ、いくら伯父さん譲りのチューニングが少し残っているから、って言っても、負けたくはないだろうね。なにせ2500ccだからね。


 そうだね、こればかりは、走らせてみれば分かる事だけど、優子のGTSは、とにかく高回転まで回したくなってくるんだよ、体がゾクゾクする、っていうか、ワクワクする、っていうかさ、そんな感覚でさ。とにかく回したいっていう感じになってくるんだ。これは理屈と言うより感覚だよね。


 私はそんな説明をすると、柚月も脇でうんうんと、頷いていた。


 「まぁ、まずは~、論より証拠で、乗ってみた方が良いよ~」


 柚月は言うと、戻ってきたばかりのGTSの運転席へと、結衣を押し込んだ。



──────────────────────────────────────

 ■あとがき■


 ★、♥評価、多数のブックマーク頂き、大変感謝です。

 毎回、創作の励みになりますので、今後も、よろしくお願いします。


 次回は

 遂に優子のGTSに乗った結衣。

 その感想は。


 お楽しみに。

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