第99話 不協和音
結衣のGTS25で勢いよくスタートしたよ。
この車の走りって、同じノンターボでも、優子のGTSとは、アプローチが違うよね。
優子のGTSは、低速はそこそこでも、回転数でパワーを出させて、その回転数をなるべくキープさせながら走り切るような、そういう走らせ方が似合うよね。エンジン音も甲高くてソプラノだしさ、こう、回すことが楽しみの1つみたいな感じのさ。
でも、結衣のGTS25は、逆に低速に、そんなに不満がある訳じゃないから、ガンガン回すというより、トルクの山の一番頂上あたりの回転数を維持していく走りの方が、結果的に速く走れるんだよ。
優子のGTSが、甲高いソプラノ音質の回転数が得意なのに対して、結衣のGTS25は、やっぱり2オクターブ低めの、アルト音質の回転数を維持するのが一番美味しいんだよ。
そうすると、トルクが一番厚くて、走りやすい回転域で、尚且つ音が揃っていて、一番音的にも気持ちの良い、ホントに走りやすい感じで、運転が楽しめるんだよね。
特に、この区間って、上り坂が主体だからさ、優子のみたいにパワーで走らせるんじゃなくて、トルク感で、しっかりと上って行く方が、区間速は絶対出ると思うんだよね。
一言で言うと、この2台って、同じR32なんだけど、良い音の出る領域が違うんだよね。
その一番良い音の出る領域で、エンジンの奏でる音楽を楽しむっていうのが、この2台の楽しみ方だよね。
そうすると、自然と、速く走れちゃうんだから不思議なんだよね。
ホラ、そんなこと言ってるうちに到着したよ。
どう? タイムは……って、9分35秒。ほぼ同着だね。
やっぱり走らせ方的には、エンジンが、一番気持ちよく音を奏でてくれるところをキープしていけば良いんだよ。
どしたの結衣?
「なんで、こっちの車は、もっと回さなかったのよ」
車から降りると、結衣はいきなりそんなことを言ったんだよ。
いや、そう言われてもさ、この車の最も良いと思ったところで走らせたの。これ以上、回しても不協和音が発生するだけで、パワーもトルク感も落ちてくるでしょ。
R32のエンジンってさ、音が揃ってるところが、一番パワーもトルクも出てるような感じがするんだよね。
結衣の言ってた、タコ足っていうのをつけると、恐らく、管楽器のような感覚なんだろうね。音が少し高めの領域に移行して、恐らくパワー感も、それにつられて、少し上の方へと移行するように思うよ。
でも、優子の20のようなソプラノ域までは、甲高くはならないと思うよ。
え? 悠梨ったら、なに? なんか音楽家っぽいって?
私を誰だと思ってるんだよ。なにせ元・軽音楽部のベースとボーカル担当だったからね。そりゃぁ、音楽的なセンスで、モノを言わせてもらうよ。
なんで結衣は不服そうなの?
もっと回せば、結果が、もっと違ってたと思うって?
悪いけど、私はそうは思わないよ。あの車の一番良い領域は、あの回転数をコンスタントにキープさせてやることだよ。現に、良いタイムだったじゃん。
それにさ、結衣もさ、この車に最初に乗った時に、この車の速さは、長距離ランナーの速さだって言ってたじゃん。
「結衣~。マイの言う通りだよ~。今のこの車だと、6000rpm以上回しても、パワーもトルクも落ちてくるじゃん。焦らずにやっていかないと~」
柚月が、ナイスパスをしてくれたので、結衣はそれ以降、何も言えなくなってしまった。
「スペック的には、優子の車を圧倒してるんだから、後は練習あるのみじゃね? 私みたいに、8の字やる?」
と、悠梨が言って、結衣に睨みつけられていた。
別に結衣の気持ちも分からなくはないよ。スペック的には、決して悪くはない結衣の車だけど、私と柚月、悠梨はターボだから、ハナから勝負にならないし、優子は唯一格下だけど、チューン度合いが2歩くらい先行っちゃってるから、焦るところがあるんだろうね。
でも、私は、今の時期って、自分の車に慣れて、どう走らせていくかを覚える時期だと思う。だから、とにかく車に乗ってればいいんだと思うんだよね。
下手に、社外部品とかつけることに余念が無くなると、逆効果だよ、きっと。
え? なんで、そんな事が分かるのかって? 優子、聞いて驚け、これは昔、兄貴が言ってた事なんだよ。
そんなこと言った瞬間から、優子の目の輝きが尋常じゃないよ。本当に優子は兄貴のシンパなんだね。言っておくけどね、そんなものは、今すぐやめるべきだよ。世の中の害悪だよ。
よく、解体屋のおじさんが、言うじゃん『学生さんは、パーツ代より、ガソリン代だよ』ってさ、だから、誰が速いだとか、そういう事はいいんだよ。
それに、だよ、車の場合は、絶対的に排気量の大きさに勝るものは無いと言われてるんだよ。
「それに~、RBの場合は、2500を基準に設計されてるからね~」
ナニそれ柚月、それマジなの? エンジンの設計者が、正式にコメントしてるし、そのコメントが書かれた本だって、幾つも存在してるって?
って事は、私らのエンジンは、悠梨や結衣のより劣るっての?
取り敢えず、こんな感じで、2500を持ち上げておけば、結衣の機嫌も直るでしょーっと、みんなで気を遣いながら、この日は解散したんだ。
その時は、あんな事が起こるとは、誰も思ってなかったんだよね。
──────────────────────────────────────
■あとがき■
★、♥評価、多数のブックマーク頂き、大変感謝です。
毎回、創作の励みになりますので、今後も、よろしくお願いします。
優子と結衣のNA対決は、今回で一度終了します。含みのある終わりになっているので、夏の終わりくらいに、何かあるかも?
次回は
遂に夏休みに突入し、買い物に出かける5人。突然のスコールになった後には……。
お楽しみに。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます