第94話 ハイキャスキャンセル・キャンセル

■まえがき

・今回の話の終盤に出てくる、割りピンを省略して、ロアアームが外れた話は、私の実体験です。

・私のHCR32は、2011年3月11日早朝に、ハイキャスランプが点灯して、パワステが効かなくなりましたが、それ以前も、それ以降も、1度も点灯することなく過ごしています。今になって思うと、なにかの前兆だったのかなぁ……と思います。


──────────────────────────────────────


 学校まで戻ってきたよ。

 ガレージの前までつけたシルビアから、ハイキャスユニットを柚月と2人で持ち出すと、既に地下にいた整備班へとパスした。


 ま、パスした、って言っても、結構な重量はあるんだけどね。

 この作業に関しては、1、2年生がメインでやりたい、って話だから、私らは監督ね。

 今回、解体所から持ってきたのは、パワーシリンダーっていう、ハイキャス作動部に、左右のタイヤ部を繋ぐロッド? までついてる一式だったから、今回のハイキャスキャンセルロッドの他に、ロッドも外しちゃった方が良いんじゃない? って思うよ。


 なんでですか、って? 一応、持ってきた方は、ガタが出てない事を確認してるからね。

 柚月が実際手で動かしてみてるし、私が解体屋のおじさんから訊いたのは、元々、フルノーマル、ATのセダンで、解体屋に入ってきた理由も、乗ってたお婆さんが亡くなったからで、程度は物凄く良かったんだって。


 まぁ、ロッドの根元から変えても良いんだけど、この車の部品類の程度が良いとも思えないし、一応、アドバイスね。

 

 あと、ジャッキアップしないと交換できないよ。

 だって、左右のロッドを一時的にしろ接続切るんだからさ、荷重がかかってると、タイヤが、とんでもない方向に向いちゃうよ。

 ホントは、リフトがあると良いんだけどね、無いから、ジャッキで揚げた後、ウマをかまして、下に寝て潜るしかないよ。 


 私らは、見てるだけになっちゃうんだけど、自分でやるなら、どうやってやるかな?

 私なら、まずは、左側のロッドから切り離して、次は右側、そして、キャンセルロッドを撤去かなぁ……。

 なに柚月笑ってるの? ちょっと、さっきは、お仕置きが足らなかったかな? 今度はパンツ脱ぐ?


 「恐らく、柚月は、先にタイヤ外すって事を言わなかったから、そのことを言おうとしてるんだと思うよ」


 いや、結衣さ、いくら何でも、そこは基本だからさ、だから、私は言わなかったんだよ。

 足回りの作業で、その上で、ハイキャスの作業なんだからさ、ロッド外した時に、タイヤがついてたら、タイヤの自重と重心で、アームごと暴れて危ないじゃん。 


 あ、1、2年生のみんな。タイヤを外したら、念のため、車体の下の隙間に挟むように置いておくんだよ。

 なんでですか、って? 万が一、ウマこと、リジッドラックが倒れちゃった時も、タイヤが敷いてあれば、ギリギリのところで、生存空間が稼げるからだよ。

 これは、ジャッキアップの基本だから、絶対忘れないでね。この行動が、みんなの命を守るんだからね。


 そして、柚月、いつまで笑ってるんだ! この野郎、やっぱり私の事をバカにしてるんだな! 待てっ! 結衣、捕まえて。

 このぉ~、柚月め、今度という今度こそ許さないよ! パンツ脱がせてやる。


 「ちょっとぉ! マイ、下級生のいる前で、やめてよ!」


 なんだよ結衣、いつも柚月に厳しいくせにさ、私がやると気に入らない訳?


 「私は、やめて、って言ってるの」


 と言うと、柚月の足を持って言った。


 「マイ、塗装ブースの中に行くよ!」


 「オッケー!」


 「やめろ~、変態ども~!」


 私たちは、柚月を連れて塗装ブースに入った。


◇◆◇◆◇

 

 ふぅ~、ちょっと、私と結衣が中座しちゃったけど、作業の進捗状況はどう?

 ようやく、左のロッドの切り離しにかかってるところだって、まぁ、仕方ないよね。みんな初めての作業だもん。恐らく、私がいても同じだと思うな。


 どうしたの悠梨? 柚月はどうしたんだって? さぁ? 塗装に興味でもあるんじゃないの? ブースの中でゆっくりしてるよ。

 なにって、何もしてないよ。 え? 柚月のうめき声が聞こえたって? きっと塗装用のコンプレッサーの音だよ。 


 1、2年生が、ピンを抜いても取れないって、やってるよ。

 あれ? タイロッドエンドプーラー持って行ってないの? 

 こういう、走行中の振動で外れちゃう可能性がある足回りの接合部は、プーラーという専用工具を使わないと、外れないからね。ハイ。

 まぁ、柚月みたいな怪力の持ち主なら、プーラー使わなくても外したりするんだけどね。

 使い方は、この洗濯ばさみみたいな方に、ロッドの先端を挟んで、もう一方のネジを締め込みながら、ハンマーで、ショックを与えていくんだよ。

 注意点としては、プーラーだけで外そうとすると、プーラーが壊れるからね。必ず打撃を与えて緩めるような感じのスタイルでやってね。


 え? なんで知ってたのかって? そりゃぁ、優子、私は部長だよ……って、嘘だって? 仕方ないなぁ、さっき、解体屋のおじさんが言ってたんだよ、外し方とタイロッドエンドプーラーの話。


 あ、やったぁ、外れたね。これで、同じ要領で反対側も……と。

 外れたら、遂にキャンセルロッドだね。でもって、アレって、ただ固定してるだけだから、外すのは超簡単だよね。

 ホラ外れた。


 あれ、柚月、どうしたの? 半べそになっちゃって。首にハンカチで作ったネックレスして、なんかお洒落だね。


 「マイとユイに、イジメられたよ~!」


 柚月は、優子か結衣に慰めてもらおうとしたが、みんなにスルーされていた。

 相手をすると、しつこいのを、みんな知っているからなんだけどね。


 さて、なんでもそうなんだけど、外すのよりも、つける方が3倍難しいんだよね。

 ただ、1、2年生は、人海戦術っていう、最大の武器が使えるからね。ここが大きいよね。

 私ならだけど、メインユニットを4人くらいで、左右をそれぞれ同じ数くらいずつの人数でやるかな?


 「パンツ脱がされたんだよ~!」


 なんか、作業の話に、さっきから雑音が割り込んでくるな~。

 そうだよね、やっぱりユニットが大きくて長いから、人海戦術だよね。

 センターのパワーシリンダーっていう、キャンセルロッドに置き換えられていたところは、パワステオイルのラインと繋がってるから、それの接続を先にやってからパワーシリンダーの固定だよね。

 配管のところは、キャンセルロッドについてたやつで、蓋がされてるから、それを外してからボルトで留めてやる……と。

 よし、しっかりついてるね。じゃぁ、センター班は、もう少し我慢して、左右のロッドから、先に接続しちゃおう。


 「見てよぉ~、パンツが後ろ前なのが、何よりの証拠だよ~」


 うるさいな~、作業指示ができないでしょ。

 と、言いかけたところに、優子が、つかつかと柚月の元へと行くと、後ろから襟首を掴んで向こうへと連れて行った。

 そして、首から下がっていたハンカチで再び猿轡をすると


 「いい加減にしなよ、ユズ! どうせ自作自演なのは分かってるんだからね!」


 と、𠮟責した。


 「うう~!」


 「いい? 作業が終わるまで、柚月はそこで見学! 声も出しちゃダメだからね」


 と言うと、優子だけこっちに戻ってきた。

 

 「どう?」


 「左右のロッドは終わったから、あとはセンターだけだね」


 優子に訊かれたので、私は答えた。

 と、同時に、センターのユニットの固定も終わった。


 「これで、終了ですね」


 七海ちゃんが言ったので、私は


 「いや、ダメだよ」


 と言うと、七海ちゃんは不思議そうな顔で


 「えっ!? どこがダメです?」


 と訊いた。


 どこがって、左右のロッドの先端を、ボルトで留めただけじゃん。

 ロッドを外す時って、ボルト外す前に割りピンを外してなかった? ……って、ストーーップ! 割りピンは再利用しちゃダメだよ。1回外すと、グニャグニャで使い物にならないでしょ。


 新品が届くまで何日か、かかるみたいだから、それまで待ち。

 え? ボルト留めしてるから大丈夫でしょ……だって? ダメだよ。

 こういうところは、外れるとマズいから、何重もの安全対策がされてるんだからね。

 ちなみにだけど、過去に、他車種用のロアアームを流用して、割りピンの穴の位置が違ったって理由で、割りピンを省略したら、段差を超えた瞬間に、ロアアームが外れちゃった人がいるからね。


 取り敢えず、これでほぼ作業は終了だね。


 「うう~!!」


 あ、柚月だ、あいつ、まだ何かイチャモンつける気か?


 「柚月、声出しちゃダメって言ったでしょ!」


 柚月は、止めに入る優子をかわして、猿轡を外すと


 「エンジンをかけて、チェックランプが点くかだけでも、確認しておけば良いよ~」


 と言ったが、優子に後ろから捕まえられて、みたび猿轡をされて、ガレージの奥へと姿を消していった。


 よし、エンジンをかけてみよう。

 “キュルルルルル……グオオオオオオー”

 よし、警告灯は点いてないね。ちなみに異常があると、左下に、オレンジとも、黄色とも言えない妙な色の警告灯で『HICAS』って、点くらしい。

 R32はハイキャス異常が出ると、パワステも効かなくなるから結構悲惨なんだよ~。


 よし、じゃぁ、今日は解散して、割りピンが来たら仕上げして、走行チェックして良いよ。


──────────────────────────────────────

 ■あとがき■


 ★、♥評価、多数のブックマーク頂き、大変感謝です。

 ♥が、遂に1,000を超えました。皆様の心温まる反響に、感激です。


 次回は、遂に最終段階になった、珍作業のハイキャス復活の最終話です。


 お楽しみに。 

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