第95話 ハイキャスとたそがれ
翌日、放課後に水野に呼び出された私たちは、例の割りピンを受け取った。
良かった。
これで、今日に間に合わなかったら、あの娘たちのやる気に、水を差しちゃうことになっちゃうからさ。
だって、実質、1、2年生が自発的にやり始めた、初めての作業なんだからさ、成功させてやりたいって、思わない?
それじゃぁ、割りピンが届いたから、仕上げの作業、頼んだよ。
でもって、昨日留めたロッドの先端のナットの先に、割りピンを入れて、開いてあげるだけなんだけどね。
よし、出来たね。
そしたら最後に、足回りだから、念のため、各部の増し締めもしてから、完了させよう。
タイヤとホイールもつけて、それじゃぁ、早速テスト走行してみようか、じゃぁ、まずは、七海ちゃんの運転で行こうかぁ。
じゃぁ、出して。
それで、ハイキャスは、ある程度のスピードが出てないと、働かないから、ある程度、スピードを上げていってね。
時速40~50キロ出てれば十分だよ。その速度で、ちょっと車線変更するイメージで、ハンドルを軽く切ってみて、そして、すぐ戻す。
「ああっ! ……なんか、お尻がムズムズした感じになりました」
そうなんだ、私は助手席だから、体感できなかったよ。
それじゃぁ、大回りしてみようか、さっきより、心持ちゆっくり目で大丈夫だよ。
そうそう……そのまま曲がって行って……って、どうだい?
「凄いです! いつもより、小回りで回れるようになりました」
うん、コレについては、私も分かるんだ。このタイプMで、ここの旋回は何度もやったことがあるからさ。
いつもなら、もう頭半分、外寄りを旋回していくのが、このタイプMの特性だ、と思っていたんだけど、どうやら、ハイキャスがついていると、少しばかりラインが内寄りになるみたいだね。
なるほどね、高速域での安定と、若干の小回り性能への寄与、っていうのが、ハイキャスの狙いだってわけだね。
でもって、このタイプMの旋回性能は妙に高いような気がするのは、何でだろうね?
私は、ある程度の同乗走行を終えると、次に結衣に引き継ぎ、その様子を見ながらみんなと、さっきの感想を話していた。
その話を訊いていた柚月と優子から出たのは
「切れ角アップタイロッドだよ~」
「私も、切れ角上げるタイロッドが組んであるんだと思うよ」
という意見だった。
話を訊くと、どうも、ドリフトをメインでする人に使われていた社外部品で、その名の通り、左右の車軸を繋ぎ、ハンドル操作に合わせて、前輪を動かす、タイロッドの切れ角を上げたタイプがあるそうで、あのタイプMには、それが組まれているのだろうという事だった。
「あのタイプMって、明らかにドリ車っぽいもんね~」
柚月が言うが、私には、どこら辺がそうなのかが、よく分からなかった。
その話をすると
「まず~、リアスポイラーが外されて、バンパーが安い社外品に替えられてるところ、車高調のブランドや、ブレーキパッドが、前後バラバラなところ、アンダーネオンや、変な電装品を付けてた跡があるところ……とかかな~?」
柚月が言って、それを訊いた優子が
「更に、色を塗り替えた上に、その上から、カッティングシートを貼ってた跡がある事と、ついてるパーツが、全部ドリフト系のブランドな事、ライトが左右で違う事もかな」
と、付け加えた。
ライトがバラバラだと、ドリ車なの?
「違うよ~。結構あのR32、ぶつかった形跡があるんだよ~。ライトも、恐らく片方は割れちゃったんだよ~」
あぁ、なるほどね。
あの車は、ドリフト練習で、あちこちぶつかっては、部品の提供を受けていたけど、今度は部品を提供する側に回っちゃった、って訳ね。
「まぁ~、もう、公道じゃ、再起不能だからね~」
あぁ、書類が無いしね。
え? 違うって、書類があったとしても、あんなフレームにガタが出てる車は、車検に通らないって?
「あのR32って、アライメントも無茶狂いしてるけど、無理矢理、目いっぱいトーインにして走らせてるような感じだからね」
そうか、部車だから、そんなに高速域で走らせないからね。
まぁ、走りますよ、って感じのタイプMってところか、水野め、図ったな。
「良いんじゃない~、あのくらいボロい方が、整備の素材としては、ちょうどいいでしょ~」
まぁね、あのくらいの壊れ具合の方が、直す素材としては、直し甲斐があるって事か。
結衣が戻ってきて、柚月が同乗へと出かけていった。
「久しぶりに乗ったけど、なかなか、じゃじゃ馬だね」
結衣が素直な感想を言っていた。
うん、そのことについて、さっき、柚月たちと語っていたところだよ。
どうやったら、直るかについて話していたが、誰もそれに関しての、明確な回答を避けていた。
それって、足回りの抜本的な見直しから、フレーム修正になりそうなので、どれも、練習車としての使い道しかないタイプMにとっては、ハードルが高すぎるんだよね。
学校に、活動をアピールするために必要なのは、大会の結果という、分かりやすい成果が出せるノートとエッセだからね。
現に、今回の学生ジムカーナ大会での結果で、自動車部に対する、学校の期待度と待遇は一挙に良くなったんだよ。
来年の部費アップと、ガレージの一部改修が行われることになったし、明日は、急遽、学校案内の写真撮影が入ったんだよ。
今までさ、学校案内に写真が載る部って、野球部とバスケ部が、県大会の常連校だから載る以外って、その年の大会で優秀さが認められた5部くらいしかないんだよね、うち、2枠は、文科系だから、選ばれた運動部系5強の一角を占めてるんだよ。
「でもさ、私は分かるんだよ。あの車に入れ込むあの娘たちの気持ちがさ」
分かるよ、ノートやエッセは、どうしても私ら3年の色が入っちゃってる部車だからね。
彼女たちが主体で、1から手を入れている車っていうと、あのタイプMしかないんだよね。
「それとさ……」
結衣が、そこに付け加えた。
「私らは、自分の車があるけどさ、彼女たちには無いしさ、それに、希望通りの車が手に入るとも限らないからさ……」
それも分かる。
私らは、ラッキーなほど、トントン拍子に車が手に入ったけど、彼女たちは、望んだところで、好みの車が手に入るかなんて分からない。
今年の駐車場を見ていても分かるけど、ほとんどが実用車の中古の軽だ。登録車に乗っているのだって、極少数だし、それも、ほとんどが親のお下がりのフリードとかだ。
そうなった時、彼女たちが、車に打ち込む対象になるのは、あのタイプMしかないのだろう。
それを考えると、私はちょっとやるせなさを感じるし、1、2年生にも水野との上手な付き合い方を教えておかなければいけないと思うんだよ。
少なくとも、水野は、上手く使えば、どこかから、車を引っ張って来てくれる力を持ってるからさ、彼女たちの力になるんじゃないかと思うんだ。
それまでは、このどうしようもないタイプMを愛車の代わりとして、高校生活を捧げるって訳っていうか、捧げたいんだよね。
そのためには、ボロければボロいほど、苦労して、汗を流して、失敗した分、いい思い出になるって事ね。
私には、運動部の経験が無いからさ、あんまり、そのノリは分からなかったけど、最近は、色んな作業とか、よくやるようになったから、そういう意味での作業の達成感は分かるようになったからさ。
でもね、部活としては、大会での勝ちで成果を上げていく事も大事だから、それをどういう風に折り合いをつけていくかが問題だね。
そんなことを言っているところに、柚月が戻って来るなり言った。
「マイ~、あのタイプM、結構ヤバいよぉ~、楽しいよぉ~!」
そうか、ここにも先の事を何も考えてないのが1人いたな。
私は頭が痛くもなりつつ、これでいいのかな……という気にもなってきた。
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■あとがき■
★、♥評価、多数のブックマーク頂き、大変感謝です。
毎回、創作の励みになりますので、今後も、よろしくお願いします。
次回は
遂に1学期の部活動にも目途がついた土曜日のお話です。
お楽しみに。
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