第55話 約束と黒煙

 あれから家に帰って、お父さんの釣り道具の中から、グローブボックスダンパーの紐の代わりになりそうな、テグスが見つかったので、早速、紐と同形状に、長さを合わせて作ってみたんだ。

 でも今日は、もう真っ暗だったから、取り付けは、明日学校でやろうっと。


 翌日の放課後、早速やってみたんだけどさ、ちょっと手が入り辛くて、なかなか苦戦しちゃったよ。

 結局、15分くらいかかっちゃってさ。苦労の甲斐あって、ダンパーの働きによって、グローブボックスが、じんわりと、お上品に開くようになったんだよ。

 うんうん、久しぶりに、私が直に触れる場所に手を入れられたぞ。ここのところ、足回りだとか、イグニッションコイルとプラグだとか、そういうメカ関連しか、やってなかったからね。


 私が満足していると、柚月がやって来て、突然言った。


 「大変なんだよ~」


 何が大変なの? どうせ、アンタの大変なんて、くだらない事に決まってるんだからさ、早めに言っちゃいなさいよ。


 「車が、黒煙吹いてるんだよ~」


 え? 黒煙吹いてるの? 軽油でも入れた? んな訳ないって?

 どれどれ、エンジンをかけると、ボクサーサウンドがする上に、排ガスが、確かに真っ黒だね。


 「今朝、坂を上がってる最中に、突然、こんなことになっちゃったんだよ~」

 「う~ん……でも、私に訊いたのは、間違いだよ。私が、そんなトラブルシューティングできる訳、ないじゃん」

 「マイの役立たず~!」

 「なんだと!」


 生意気な態度を取る柚月と掴み合っていると、結衣がやって来て、柚月の車の様子を見ると、言った。


 「今日から、5気筒のディーゼルって、扱いで良くない? 昔のベンツみたいで、カッコいいじゃん!」

 「カッコよくなんか、ないやい!」


 今度は結衣と掴み合って、あっさりと倒されて、取り押さえられている柚月を見ながら考えを巡らせてるうちに、ふと思い出した事があった。

 確か、私が小学生の頃、兄貴が、セフィーロとかいうセダンに乗ってて、同じようにある日、黒煙がモクモクになった事があったなぁ……。あれって、自分で直してて、呆気ないあっけないほど単純な理由だったような気がするけど、何だったっけ?

 柚月は昨日、コンピューターを交換して、確か兄貴も、その何日か前に、コンピューターの配線を弄ってて……あっ!!


 「ふふふふふふ……」


 私が言うと、結衣に、地面に押し倒された柚月が


 「なんだよ~、マイ、気持ち悪いな~」


 と言い、結衣も


 「同意だ。マイ、どうしちゃったんだよ?」


 と言うので


 「その不調の原因と直し方、分かっちゃったんだ~」


 と、得意気に言うと、柚月が


 「マイなんかに、分かる訳ないやい!」


 と、噛みつくので、私は、柚月の鼻先に、人差し指を立てると


 「じゃぁ、仮に直したとしたら、どう、償ってもらうか決めておこうかしら? そもそも、一生奴隷になるって、言ったはずの柚月さんなのに、全然奴隷らしくないし……」


 と、ドヤ顔で、柚月を見下ろしながら言った。


 「じゃぁ、奴隷でいいよぉ……」

 「ダメー! 元々、一生奴隷なんだから、上書き不可に決まってんじゃん!」


 柚月の渋々の提案を、私は速攻で拒否した。すると、結衣が言った。


 「じゃぁ、全裸で校庭10周でよくね?」

 「ダメだよ結衣、コイツ、そんなこと言うと、本当にやるから」

 「やらないやい!」

  

 ウソつけ! 小学生の頃、優子と3人で、大富豪やって、柚月が5連敗した時、本当に、夏休みの中のプールに全裸で入ろうとして、先生に捕まって、大騒ぎになったじゃないか! あの時は、私と優子まで、学校に呼び出された上、夏休みの宿題、割増されたんだぞ!

 小学校の隣に住んでた、吉田のカミナリ親父に『バーコード吉田』って、マジで言って、自転車で追いかけ回されたし、フライドチキン屋さんのおじさんの眼鏡を、ハート型のサングラスと替えたりとか、コイツは、本当にやっちゃうから。


 「そうなのか……」

 「子供の頃の、話じゃないか!」


 子供の頃だって、普通、小学生にもなったら、やらないんだよ。

 ……さて、どうしたもんかなぁ


 「じゃぁ、今月いっぱい、週に1回、イアンで、クレープ奢りで、手打ってあげるよ」


 と言うと、柚月が憮然としながら言った。


 「じゃぁ、もし直らなかったら、奴隷契約取り消しだからな~」

 「ダメでしょ! 柚月、自分で言い出したんだもん」

 「マイのサディストー!」


 さて、柚月は放っておいて、作業を開始しよう。

 まずは、内装を外して、コンピューターにアクセスするんだ。

 だけど、コンピューターが固定された状態だと、ちょっと手が入り辛いから、ネジを外して、フリーにしてあげる。


 すると、コンピューターの配線が、カプラーになっていて、その真ん中がボルトになってるんだけど、ボルトを外して、1度カプラーを抜いてあげる。

 このボルト、緩み止めの役割があるんだろうね。確かに、走行中の振動で外れたりしたら、車が止まっちゃうもんね。


 そして、今度は再び、カプラーを挿してあげるんだけど、この時、4隅をきちんと押さえるのがポイントなんだよ。

 一見すると、ボルトがあるから、それが入ってしまえば、あとは締め込めばOK、みたいに思いがちなんだけどさ、そうすると、真ん中だけが挿しこまれて、両端が浮いてることがあるんだよ。


 ボルトが締まったら、最後にもう1度、カプラー全体に浮いていないか、押してあげて、この状態で、バッテリーのマイナス端子を繋いで、エンジンをかけて、チェックしてみよう。

 “キュルルルルル……グオオオオオオオオオ……”


 ちゃんと、かかったね。

 よし、今度はコンピューターを固定して、エンジンを吹かして振動を与えてみよう。

 “ウオンッ、ウオオンッ、フゥゥオオオンッ”


 うん、これで、外れる心配は、なさそうだね。

 よし、これで内装を戻して、作業完了……っと。


 さぁて……と、じゃぁ柚月、早速だけど明日の放課後は……って、なんだよ! いきなり飛び掛かってきて、まさか、今になって、約束を反故にする気か?


 「マイ~、ありがと~! 助かったよぉ~」


 分かったから、頬ずりはやめろ、暑苦しいし、私は、ぬいぐるみじゃないから!


 「へぇー、ECUのカプラーって、気を付けないと、接触不良が起こるんだね」


 結衣も、納得してないで、コイツをどうにかしてくれよ。

 犬のように纏わりついてくる、柚月を引き剥がして、私は結衣に言った。


 「そう、曲がって入ってても、最初の頃は、ギリギリ接触してるんだけど、振動とかで、段々抜けてくるから、1~2日後に発症するケースが多いよね。今回も、そうでしょ」


 結衣は納得して頷いた。


 「でも、私は、ECU交換なんて、社外品にでもしない限り、機会無いけどね」


 そうか、結衣は、元々後期だもんね。

 え? ターボと違って、社外品のECUが、選べるほど無いって? そうか、結衣の場合、マフラーも1種類しかなかったもんね……って、イテテ、何するんだよぉ!


 「フンだ! ターボ民めぇ、NAを見下しやがってぇ!」


 なんだよぉ! 見下してなんかないだろ、なに? その哀れみに満ちた気遣いが傷つくんだって?

 訳の分からない事ばっか言ってぇ。そもそも、その車にしたのは、結衣じゃないか~。

 結衣に向かって行こうとしたら、スマホのアラームが鳴ったため、結衣はスマホを見ると


 「あっ、そろそろバイトの時間だ!」


 と言うと、帰り支度をはじめて、車に乗ると、去って行ってしまった。

 オイ、結衣めー! 自分の言いたい事だけ言って、いざとなったらバイトだって? まるで江頭2:50みたいなことするなー!


 まったく、今日も、悠梨は、1人で部活頑張ってるなー。

 外装に入ると、ホントに悠梨の独壇場だね。

 なんか、凸と凹が、上手くはまってる感じがして、最近の活動は良いんじゃないかな~って思えるようになってきたよ。


 柚月と一緒に、部活に合流しようとしたその時、並んで歩き出した、私たちの背後から


 「ちょっと、聞いて欲しいことがあるんだ」


 と言う声がして、私たちは足を止めた。

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