第56話 伯父さんとGTS
私と柚月が振り返ると、そこには優子がいた。
「どうしたの?」
私が訊くと、優子は、私たちを見上げて言った。
「ちょっと、見てもらいたいものがあるんだ」
まぁ、部活もほぼ引けて、結衣も帰っちゃったしね。
じゃぁ、部室にでも行こうか。
部室に誰もいない事を柚月に確認させると、優子を入れて鍵をかけた。
どうも、あの話し方だと、人払いが必要だと思ったからだ。
それで、何?
すると、優子は、鞄から雑誌を取り出した。
そして、おもむろに、付箋の貼ってあるページを開くと、それを指さして言った。
「この企画について知りたいの!」
え? なになに?『RB20NAチューンド企画』だって?
確か、RB20はスカイラインに積まれていた、2000ccの直列6気筒エンジンの名前、NAは、ターボやスーパーチャージャーなどを使わない、自然吸気エンジンの事だよね。
それについて、なんで、私と柚月に訊くの? すると、優子は、雑誌の一部を指さしながら言った。
「これでも、まだ、
えぇと、この記事を書いたライターの名前が載ってるね。
えぇ……と、『沢渡遊馬』か。
あぁ、優子は、兄貴のシンパだったね。
もうさ、そろそろ目覚めようよぉ、今の兄貴は、セレナe-Powerのタイヤとホイール替えて、満足してるんだって、今、お世話になってるお店も、東京日産なんだからさ。
ネッツに、ヴォクシー見に行ったら、同じトヨタなのに、ポルテの下取りをゼロだって言われて、日産に行ったら25万だったって、理由で買ったんだからさ。
そんな男の書いた記事なんて、綺麗さっぱり忘れた方が良いって、え? 私は、兄貴の偉大さが分かってないって? うん、分からないよぉ、兄貴のせいで、地元民の生活道路が封鎖されていってさ、学校では、校内の制限速度が15キロから8キロになってさ、それって全部、兄貴のせいなんだからね。
いくら言っても、理解しない優子に、私はそのものズバリと言った。
「優子ー、兄貴と私は別人格だからね。知らないよー」
「そんな事ないでしょ! 絶対マイの家の納屋とかに、この企画で使った、スペシャルメイドのRB20DE改23DEがあるんでしょ!」
優子は、厄介だなぁ……。まぁ、幼稚園の頃から、プリキュアは実在するとか信じてたり、都市伝説の類も、みんな信じてたからなぁ……。
兄貴が、あの雑誌に関わってたのも、東京に行ってからの事なんだからさ、家にエンジンなんてある訳ないじゃん。
「え? 無いの、ホントに?」
呆気にとられる優子を見て、私は思った。
驚きたいのはこっちだよ……と。
「恐らく、その雑誌の編集部か、協力してたお店とかにあるんじゃない?」
私が言うと、優子は
「ショップは、潰れちゃったし、雑誌は休刊になっちゃったから、分からないんだよ。マイのお兄さんが持ってたわけじゃないのか……」
と、悔しそうに言った。
そもそも、あの兄貴が、なんで持ってると思ったんだろ。そんなに、思い入れのある企画だったのかな?
◇◆◇◆◇
それから2日が経った。
あ、優子だ。
あのね、優子、兄貴に訊いたらさ、その企画、取材車が事故ったせいで、打ち切りになっちゃったらしいよ。だから、そのエンジンも存在しないんだって。
それから、兄貴が言ってたけど、あのエンジンは、本に書いてあるのと違って、かなり乗りにくいエンジンだったから、正直、街乗りする車に積むのには向かないんだって。
え? 今日の放課後、時間があるかって? 別にあるけど、どうしたの? 内容はその時に言うけど、重要な用事だって?
優子の家に到着すると、家の前には、柚月の車も止まってた。
柚月ー、優子の用って何なの? 柚月も訊いてないんだ。
あ、優子が来た。やっぱり原付だと遅れを取っちゃうね。ところで、用事ってなに?
「ちょっと、見てもらいたいものがあるんだ」
また、このセリフだよ。
なんか、前回の経験から、ロクでもない物のような胸騒ぎしか、してこないよ。この間の記事みたいな、また兄貴の書いたロクでもない雑誌記事の切り抜きとかだったら、どうしよう?
優子の家って、昔から商売してたから、蔵とかが結構あるんだよね。
昔はよく、かくれんぼとか、したもんだよね。
優子の見せたい物って、この蔵の中なの? 蔵って言っても、もうずっと使っていなくて、優子が物置に使ってたやつだよね。
優子が、蔵の扉を開けると、私たちは衝撃を受けた。
そこには、1台のR32があったんだけど、まぁ、なんと言うか……
「ボロいなぁ……このR32」
柚月が代弁してくれた。
そうなんだよ。このR32さ、何年も放置しっ放しだったみたいで、物凄い汚いし、見た感じ、あちこち壊れてそうな気がするよ。
その最たるのが、苔むしたボディと、既に円形を保てなくなっているタイヤで、タイヤの形が蒲鉾みたいになっちゃってるんだよ。
「どうしたの? コレ」
私は、思わず優子に尋ねると、優子は、遠くを見つめながら言った。
「これは、伯父さんのだよ。覚えてない?」
確かに優子の伯父さんの事は、覚えているけど、私らが、小学2年の頃に、亡くなっていて、あまり詳細な記憶は無いんだよね。
優子の伯父さんは、バイクに乗ってる記憶しかなくて、確か、ドカなんちゃら、とかいう外国製の大きなバイクに乗っていて、この辺のスピード狂どもの、神様みたいな存在らしいよ。
なにせ、あの兄貴ですら、優子の伯父さんの前では、緊張して、話ができないくらいだったらしいから。
そんな、優子の伯父さんが、車に乗っていたのは、全く記憶になかった。
どうも、柚月も同じだったらしく
「へぇー、優子の伯父さんって、車も持ってたんだねぇ~」
と言うと、優子は不満そうに言った。
「なんで、知らないの? プールに行った時に、乗ったりしたでしょう」
「記憶にないよ~。そんなの幼稚園の頃とかの話じゃん! 優子の伯父さんは、ドゥカティに乗ってたイメージしかないもん~!」
柚月が、更に不満そうに返した。
そりゃそうだ。私と柚月の記憶に残ってない、ってことは、それだけ、乗っていないって事なんだよ。
だって、プール行った時って、大抵が柚月のお爺ちゃんのセンチュリーか、ウチのエルグランドで行った記憶しかないもんね。
それにしても、優子の伯父さんだったら、スカイラインを買うにしても、GT-Rを買いそうなイメージなんだけど、これ通常版だよね。
しかも、トランクを見ると『GTS』って書いてあるよ。GTS-tがターボで、GTS25が2500ccだから、これって、2000ccのNAエンジンって事かな?
あぁ、なるほど、分かったぞ。だから、優子は一昨日、兄貴が昔やった企画の話を聞いてきたんだ。
あれで使ったエンジンがあれば、この車のチューニングができる、って考えだったんだね。
「でもさ~優子、なんでNAだったのさ?」
私の疑問を柚月が先に訊いた。
「伯父さんは、バイクが長かったから、高回転まで、気持ちよく回るエンジンが好きだったんだって。直6で、気持ちよく回るエンジンだって、GTSを2台乗り継いだの」
優子が答えて、私と柚月は同じ驚きで顔を見合わせた。
優子の伯父さんは、R32のGTSを乗り換えて、2台乗ったってこと?
優子が言うには、伯父さんは、GT-Rのデビューを待った上で、なおGTSに決定したらしい。最初は、平成元年式のGTSタイプSだったらしいけど、4年間で、20万キロ走った事と、どうしても、ハイキャスへの違和感が拭えないという事で、最終モデルの、日産60周年記念車のGTSへと乗り換えたらしい。
ただ、その直後から、体調が思わしくなくなって、入退院を繰り返していたため、あまり遠乗りをしなくなって、そうなると、バイクがメインとなり、このスカイラインは、1台目の頃とは、打って変わって、ほとんど乗られる事がなくなっていったらしい。
ふーん、そんなことがあったんだねぇ……と思っていると、優子が私たちの前に来ると頭を下げて言った。
「お願い! 2人の力を貸して。私、この車に乗りたいの!」
私と柚月は、再び顔を見合わせた。私の表情も、柚月のそれも、明らかに『無茶振りキターーーー』だよ、というそれだった。
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