第54話 鎹とグローブボックスダンパー
1人で喜ぶ柚月に、私は言った。
「でさ、それがあったら、どうだって言うの?」
「大違いなんだよ~」
どうやら、ターボ車の前期と後期の違いは、外観だけでなく一部メカにも及んでいるそうで、タイプMと、GTS-4では、タービンが僅かに大きくなり、コンピューターの制御が変わっているらしい。
コンピューターの制御は、前期の後半のモデルでも、改善されているらしいけど、より確実なのは、後期型のコンピューターに差し替える事らしい。
「私のは、前期でも初期型だからね~、最終モデルのマイとは違って、初期コンピューターなんだよ~!」
柚月が言うには、差し替えるだけで、フィーリングが大幅に変わるらしいよ。
ちなみに、逆に後期に前期のコンピューター、という組み合わせは、エンジンが不調になるため、やってはいけないらしい。
ひとしきりの情報を話して満足する柚月に、私は、わざと気の無い素振りで言った。
「じゃぁ、柚月、他に取る物ないの? もう、ここに私と来る機会なんて、一生ないんだからさ」
「なんでよ~! そんなこと言わないで、また来よ~よ~!」
「さよなら~」
◇◆◇◆◇
ふぅ、まったく柚月には困ったもんだ。
あの後、泣くんだもん。そうなると、手が付けられないからさ。昔から、柚月はすぐ泣くからズルいんだって。
その柚月が、その他に、初期型グローブボックス一式を、他の解体車から外してきて、帰り際に、お礼にって、私にくれたんだよ。
どうも、初期型のグローブボックスには、蓋が開いた時、ドカッと開かないように、ソフトローディングダンパーが入ってたらしいんだけど、前期型の途中で、コストダウンによって廃止されてるので、恐らく前期型の最終である、私の車には入っていないから……と、くれたみたい。
それで、解体屋さんを出る前に、コンピューターを付け替えて、帰り道、助手席に乗った感じは、さすがに助手席では体感できなかったけど、運転する柚月は、凄く感激してるのよね。
なので、途中で運転を代わってくれたんだけど、確かに、体感できるほど変わってるんだよね。
元は、ちょっと重苦しくて、反応が悪いところがあったんだけど、そこが綺麗に消えていてさ、初速からビューンと反応していって、そのまま、高回転まで淀みなく回っていく感じってのかな? そういうの。
元々柚月の車って、同じエンジンを積んでるはずの私の車より、ちょっと、もっさりした感じがあってさ、それって、きっと4WDで、重くなってるせいだと思ってたんだけど、どうやら、そうじゃなかったらしいね。
今の柚月の車だったら、私の車とも遜色ない感じがするよ。
コンピューターだけで、ここまで走りが変わるなんて凄いよね。
エンジンを生かすも殺すも、コンピューターの果たす役割が大きいってことなんだね。
学校に戻り、私の車のグローブボックスを覗き込むと、確かに、ついていなかったみたいなので、取り付けることにした。やる作業って言っても、グローブボックスを外してみて、白い円筒型のダンパーと紐を張るための部品をグローブボックスの裏につけて、更に、ダッシュボード側にも紐を吊る部品を取り付けるだけ。最後は、それぞれを付属の紐で吊って完了……なんだけど、この紐、ちょっと危なくね?
ちょっと丈夫な素材で作り直してから、取り付けた方が良いかもね。だから、今日の取付は待って、他の紐使って、同じ寸法で作り直してみよう。
ちなみに、前期型でもGXiにはついていないから、GXiの解体車のグローブボックスは、漁っても意味ないってさ……。
その様子を見てた結衣が、慌てて、ガレージに向かってダッシュしていったよ。あぁ、分かったぞ、部車のタイプMのグローブボックスを外そうって魂胆だな。
アレ、一応前期だし、結衣のは後期だから、ついてないだろうしね……。
あぁ、やっぱりだ。部車のやつは紐が切れてるよ。
だって、最初に来た日に開けたら“ダンッ”って開いたもん。
ぶっちゃけ、紐じゃなくても、イケるんじゃないかなって思えるんだけどさ。針金とかだと、劣化してる樹脂が負けて壊れるかもしれないから、お父さんの釣り道具を帰ったら漁ってみようっと。
コラ柚月、勝手に私の車の内装を外すな。
『痛いな~』じゃない! 勝手に外すから叩かれるんでしょ、人の話を聞けー! 勝手に覗いてるんじゃない。
なに? この車も、後期型のコンピューターをベースに、ROMが書き換えられてるって? じゃなーい! 勝手に外しやがって……元に戻せばいいって問題じゃないぞ!
柚月の背後から忍び寄った結衣が、一挙に柚月に襲い掛かったよ。これで一安心だ。
「やめろ~!」
「うるさい! 最近、私が大人しく見ていれば、調子に乗り放題、乗りやがって」
と結衣は言うと、柚月を縛り上げて、ガレージにあった、ムーヴの後ろの席に放り込んじゃったよ。
あ~あ、チャイルドロックまで、されちゃったから、あのドア、外からしか開かないよ。
後ろ手に縛られてるから、柚月は出られないね。
まぁ、いいや、静かになったし。
「それにしても、前期型勢は小ネタが効いてるのね」
結衣が、はぁ~っと、ため息をついて言った。
あのさぁ、別に私は、そんな、小ネタチューンをしたい訳じゃないんだからね。
別に車なんて動けば良いんだしさ。
「だったら、足回りを、弄ったりしないんじゃなくて?」
結衣は言うと、スマホを見せた。そこには、ボンネットを開けて、減衰力調整をする私の姿が写っていた。
「マイだって、なんのかんの言っても、気になり始めたんじゃん」
隠し撮りかよ~、結衣、意地悪いよ。
え? 直接現場を押さえても、はぐらかすに決まってるから、泳がせたんだって?
「それにしても、みんなが、こんなに車にハマっちゃうなんて、思ってなかったよね」
結衣は、染み染みと言った。
そう? 私と悠梨以外は、みんな車好きだったじゃん。
「何言ってんのよ。柚月は、バイクには興味あったけど、車なんて全く興味なかったじゃん!」
そうだっけ? え? 前に柚月が、180SXと、RX-7の見分けがつかなくて、私に呆れられてたことがあったって?
……そう言えば、1年生の頃、兄貴の伝説について、優子が喰い気味に訊いてきたことがあって、説明してた時に、桜の木を倒した車って言って、柚月が180SXの画像を見せたんで、それじゃないよって、RX-7の画像出して説明したら
『みんな同じにしか、見えないよ~』
って言われて、私ですら、分かるのにって言った事があったね。
「柚月は、正月明けの段階で『FJクルーザーがいいけど、高いから~、現実的には、エクストレイルあたりかな~』って、言ってたぞ」
そうなの? なんで急に柚月はR32に、ハマり出したんだろう?
「マイと一緒に遊ぶツールとして、調べていくうちに、思うところが、あったんじゃね? バイクの時は、マイは、何言っても、シカトだったじゃん!」
確かに、バイクの時も、柚月は私によく『タクトも、弄ると速くなるから、一緒に研磨屋さんに行こうよ~』とか、『一緒にツーリングに行こうよ~』とか、誘ってきてはいたけど、私は、元々、移動の手段としてしか、原付を見ていなかったのと、どうせ、18歳になったら、速攻で車に乗り換えると決めていたため、柚月の誘いは、一切断っていたんだよ。
私は、そう言われてみて、この車に乗るようになってから、周囲の環境が目まぐるしく変わった事に、今更ながら気がついたんだ。
たった2ヶ月弱の間に、私は、どれだけの人と知り合って、どれだけ行動範囲が変わったんだろうって、そう考えると、不思議っていうか、面白いなぁって、思えるようになってきたよ。
たった1台の車なんだけどね。
確かにコイツがなかったら、5人で放課後に集まる……なんて無かっただろうね。どこかで集まろう、って言っても、誰かが、なんかしらの口実で、来なかったりしてね……。
これで優子が免許を取ったら、もっと凄いことになるんだろうなぁ……その時の私は、漠然と思った。
まさか、それが、こんな事になってしまうとは、その時の私たちには、想像もつかなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます