第52話 制裁と減衰力調整

 柚月に連れられて、駐車場まで来ると、柚月は悠梨のR33の下を覗き込んで言った。


 「一応、車高調で、減衰力調整がついてるモデルなんだよね~」


 ゲンスイリョクってなに? まぁ、サルにも分かるように言うなら、ショックアブソーバーから感じる硬さ、って考えれば良いって? 

 そう言われると分かるけど、その前置きが、いちいちムカつくんだよ。

 更に柚月は続けて言った。


 「さっき、この車の中に入って、前は2段階硬くして、逆に後ろは2段階柔らかくしてみたんだ~」


 すると、どういう事になるんだ? 今の私に分かる事は、前と後ろの硬さ加減が、バラバラになるってことくらいしか、分からないんだけど……。

 それを訊いた結衣が


 「その狙いってなに?」


 と訊くと、柚月は言った。


 「悠梨のタイムを、毎回報告貰ってるんだけど~、正直、伸び悩んでて、本人も、どうすれば良いのかに、悩んでるみたいだから~、ちょっと、実験しようかと~」 


 柚月の話によると、一概には言えないそうだが、今のセッティングだと、前輪が踏ん張って、逆に後輪の踏ん張りは弱まるという。

 そうした極端なセッティングによって、8の字の時の、回頭性を意図的に上げているのだという。

 反面で、立ち上がる時の後輪の踏ん張りが弱まるので、アクセルを踏めるタイミングは遅くなる……なので、私や柚月には、タイムの足枷になるセッティングなんだけど、R33を振り回すことに難儀している悠梨には、弱点を消すことになるので、一助になるのではないか? という事らしいよ。


 「典型的な、初心者ドリフターセッティングだね」


 結衣がニヤッとして言った。

 結衣曰く、昔はドリフト初心者が、安全な速度から、後輪スライドをできるようにって事で、今の柚月のようなセッティングや、後輪だけ細くて、グレードの低いタイヤを履かせてみたり、とか色々やってたらしいよ。


 でもさ、そんなことするよりも、LSD入れた方が、いいんじゃね? 

 私も、あれから柚月の車と、自分の車を乗り比べてみて分かったよ、確かにアクセル踏むと、巻き込んでいく感触があるもんね。

 すると、柚月が


 「いや、それじゃ意味ないんだよ~、マイ~」


 と言うので、訊いた。


 「なんで?」

 「悠梨は、今、自分が何が足らないのかを、把握してない状態なの~。その状態で、車側にアシストさせて、解決させると、悠梨自身は、何もしないで、解決しちゃうじゃん、それじゃダメなの~」


 柚月が答えると、結衣も言った。


 「悠梨はさ、私らに勝ちたいからって、安易にパワーのある車で、勝負してきたでしょ。R33も素性の良い車なんだけど、悠梨が、車の性能に、胡坐あぐらをかきすぎなんだよ。ここで、悠梨自身が、乗りこなす努力しないと、アイツ死ぬよ」


 あぁ、そういう事か。音楽もそうだけど、自分で、どこがおかしいのかも分からずに、人から直せと言われて弾き方を変えたり、テクニックがないのに、いい楽器にしてみても、自分の、どこがだめなのかが、分かっていないので、そこを切り抜けたとしても、近い将来、必ず壁にぶち当たる……ってことね。


 2人曰く、車の場合は、性能が高くなればなるほど、失敗して、破綻する速度域が高くなるから、即ち、死に直結するってことね。

 そう言えば、前に水野が言ってたな。『最近は、高性能な4WD車の中古が、驚くほど安く売っているが、最初から、ああいう物に乗るのは感心しない』って。


 「じゃぁ、コレがどんな動きをするのか、私らで見てみよう~」


 柚月が言うと、R33のドアを開けて練習場に行っちゃったよ。あれっ? 練習場に水撒きされてる。

 なにっ? 柚月がやっておいただって? おのれは、勝手に動きやがって、部長の私を通してからやりなさいよ! えっ? 結衣、明日、殴っておくから、今日のところは勘弁してやってくれって? 


 「まずは、ちょっと行ってくるね~」


 あぁ、柚月ったら、悠梨のR33で、グルグル回り始めちゃったよ。

 あ、よく見たら、練習場の真ん中あたりに、この間の駐車場に似た、8の字が出来そうな位置に、カラーコーンが置いてあるよ。


 柚月が8の字を始めたね。う~ん……この間は、自分が中に乗ってたから、外から見た感じは分からないんだけど、前よりは綺麗に回ってるよね……って感じがするよ。でもさ、それって、ここが舗装されてないってのもあるからね。一概には言えないよね。

 あ、柚月が帰ってきた。


 「マイ~、ちょっと乗ってみてよ~」


 あのさ、柚月、自分の物みたいに気安く言ってるけどさ、人の車だからね! なに? 悠梨には、こうやって使うって、言ってあるって? もう、仕方ないなぁ。


 「この間と、同じような感じで、8の字に走ってみて~」


 よ~し、こうなったら、柚月を気絶させる感じで、やってやるです!

 そりゃ、スタート!


 エンジンのパワーは、申し分ないのは変わってないよね。

 大きく変わってるのは、曲がりだよね。以前に感じた、ワンテンポ置いて“よっこらしょ”みたいな、動き方は無くて、素早くは無いけど、素直に曲がっていくよ。特に、8の頂点で車を回す時、今までは、車の先端が、頂点から遠ざかってっちゃったんだけど、今回は、巻き込むように近づいて行くんだよね。


 ただ、やっぱり言われた通りなんだけど、車の向きが変わって、真っ直ぐになってから、アクセル踏もうとすると、ちょっとワンテンポ置かないと、踏み込めないんだ、踏んじゃうと、横に滑ってっちゃうからさ。

 でもって、ここで8の字って面白くてさ、つい5周もしちゃった。

 あれ? 柚月、なんか、コントローラーみたいのを弄り出したよ? 今度は、前後の減衰を同じにしてみたから、ちょっと行ってみよっか~?


 しょうがないな~、じゃ、行くよ。

 1周目は、違和感があるだろうから、様子見でいくよ。


 やっぱり、こっちも5周もしちゃったよ。

 車の先端が、巻き込んでいくような感じは無くて、心持ち、8の頂点で大回りしてるのは感じられるけど、車の向きが変わった瞬間に、アクセルを踏んでも、横滑りしないで、後輪が確実に地面を蹴ってくれるから、私には、こっちの方が合うんだよね。


 確かに、最初のも面白いんだけどね。

 車の先端が入っていくから、逆に後輪を滑らせながら、回転していく、っていうのもアリかなって……。


 なに柚月? え? 私にしては、あまりに、まともな事を言うから、驚いちゃっただとぉ~!

 コラ柚月! さっきから、失礼な事を言いすぎなんだよぉ、今日はお仕置きされないと思ったら、大間違いなんだぞぉ! コラ柚月、こうしてやる! この、この、このぉ!


 「ゴメンなさい~、参ったよぉ~!」


 なんか、最近、柚月は、そう言えば済む、みたいに思ってるフシがあるんだよなぁ……。もう少しヤっちゃおうか? え? そんな事ない、海より深く反省してる?柚月の言う海って、永遠の遠浅くらいにしか思えないんだよねぇ……。


 「そ、それより~、こういう感じで、悠梨には、どっちが合ってるかを、当人のタイムを見て判断したいの! それで初日は、最初に乗った、リアの限界が低い方で渡すんだ」

 

 あ、柚月、誤魔化した。

 え? 誤魔化してないって? いーや、柚月は誤魔化したね! 昔から柚月は、嘘つくときに、耳を触る癖があるんだよ! やっぱり、ヤっちゃおう。


 「やめろ~!」


 この野郎、柚月、やっぱり、反省なんてしてないじゃんか! 

 柚月め~、今日という今日は、ヤッてやるからな、手巻き寿司にして、屋上に置いて帰ってやる!


 柚月に制裁を加えながら、私は思った。

 減衰力調整で、ここまで車の動きが変わるってのも、不思議で面白いなぁ……と、そして、私の車でもやってみたいなという、欲求も湧いてきたんだ。別に何か買うわけでもなく、手軽くできそうだし。

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