第51話 8の字とスプリングコンプレッサー
柚月が出した条件は、この間の8の字のタイム更新だった。
私と、柚月と、結衣が、それぞれR33で3本ずつ走り、その後に、私のR32を使って、それぞれが走ったタイムの平均値を出したものを悠梨に提示した。
こうやって乗り比べると分かるけど、私のR32の方が、悠梨のR33よりも、クイックな曲がりがしやすい。
私のR32は、曲がったな……と思ったところから、アクセルを踏み込むと、巻き込むように回ってくれるんだけど、悠梨のR33は、踏み込んでから、2テンポくらい遅れて、じんわりと優しく、巻き込みが起こるから、巻き込んでる感じがしないんだよ。
この状態で、R32のタイムも考慮に入れての平均って、きつくね? だってさ、みんな、私の車で出したタイムの方が、圧倒的に良いんだもん。
試しに、悠梨に走って貰ったけど、ボロカスだった……まぁ、仕方ないよね。まだ免許取って1週間程度の悠梨に、コレは、なかなか重荷だよ……え? そんなこと言ったら、私だって、人のこと言えるほどの経験値じゃないって?
だから、少し長い目で見ていかないと、ダメなんだって? 厳しいなぁ。
え? 私らの事を、性能で上回る車で闇討ちしようなんて、浅ましい考えの悠梨には、このくらいしないと、効かないよ? まぁ、そう言われると、そんな気がしてくるねぇ……。
◇◆◇◆◇
その出来事から、数日が経過して、私たちは、部のガレージで、結衣のGTS25の足回りを交換することになったんだ。
え? 最近部活は何をやってるんだって? 今のところは、ノートの外装を中心にやってるからね。専ら塗装ブースの活動が熱い訳よ。だから、活動の中心は悠梨ね。
まぁ、良かったんじゃないの? 悠梨は今まで一番活動に関わるところが少なかったから、本人も不満だったんでしょ。 今日も、コンプレッサーを起動しっ放しで、赤い塗料を中にブチ撒いてるよ。
まずは、結衣のGTS25をフロアジャッキで前2輪を上げて、ウマを入れて固定して、今度はその状態で後2輪をジャッキアップして、同じくウマで固定っと。
どうやら、このウマっていうのは、俗称で、正式名称は、リジッドラックというらしいよ。
そして、4輪ともサスを外すっと、よし、ここまでは、前回の柚月のと一緒だね。
ここからが、前回と違うところで、柚月の場合は、車高調に替えるから、外したところに、そのまま組むだけだったんだけど、結衣のは、バラバラになったショックアブソーバーに、スプリングを組みつける作業があるんだよ。
今回交換するものの構成部品は、ショックアブソーバー、スプリング、アッパーマウントってものが主らしい。
これが新しいショックアブソーバーだね。 水色で、いかにも『変わりました』って感じがするけど、下品な感じじゃないね。
え? 最近、純正形状のショックは減っていて、R32用で、あるのはそのくらいだって?
次にショックに、スプリングを組み込む。
でもって、スプリングってさ、反力で、車にかかる衝撃を緩和してるんでしょ。だったら、簡単に組めなくね?
そのためにあるのが、コレだって? ナニコレ? スプリングコンプレッサー? この上下についてる爪みたいので、スプリングを挟み込んで、ラチェットで締め込んでいくと、爪が縮んで、バネも縮むって、寸法なんだって、注意点は、対角線上に取り付けた上で、少しずつ、均等に締め込んでいかないと、バネが偏って縮んで大惨事になるそうだよ。
よしっと、少しずつ縮めていって、結構バネが
そして、ショックの真ん中にある、ロッド? とかいう棒にゴムのカバーとかを被せてから、さっき縮めたスプリングを、その棒に通すように入れてやって、下のお皿みたいな受けに、はめてあげる。この受けって、端っこが、スプリングの端っこに、合うように作られてて、凄く親切だね。
そしたら、バネを元に戻して……って待って? なんで? まだ、アッパーマウントを付けてないだろって、あ、そうか。
で、これが、アッパーマウントだね。
日産のビニールに入ってる、って事は、新品だね。
これの真ん中の穴に、ショックのロッドを通して、ナットで締める……だけど、締め込む前に、アッパーマウントのボルトと、ボディの穴の位置を合わせてからでないと、取り付けが出来なくなるね。
なに?私にしては、上出来だって? 結衣、いちいち喧嘩売るなら、手伝うの止めるよ! だからさ、柚月もそうなんだけど、謝るくらいなら、最初から、言わなきゃいいじゃん!
よし、車体に取り付けて1本完了……っと、この要領で、どんどんと、やっていってみよう。
……あぁ、後ろのショックが長いから、取り付ける時に、車体から出てるアームの間を、知恵の輪の要領で、くぐらせないとダメなのが、少し面倒だったけど、それも、ちょっと考えれば分かったから、難しくないね。慣れれば、2人で1時間かからなくね?
どうしたの結衣? タイヤ付けちゃおうよ……えっ? いい機会だから、ブレーキパッドの残量を見てみるって?
へぇー、キャリパーの真ん中に、覗き窓がついてるんだね。タイプMの場合も同じ所から覗けるようになってるね。
結衣ー。なんかさ、これって、あんまり残りがないんじゃない? ローターに当たる方の面が、結構、少なく見えるよ。
「ショック買うのに、お金使っちゃったから、バイト代入ってからだね」
取り敢えず、まだもちそうだから、大丈夫か。そうだ、私もディーラーに持ってった時に、そろそろだ、って言われてたんだった。私も、来月変えよう……っと、でもって、この間の部車で覚えたから、部の施設が使える今のうちに、オーバーホールもしちゃおうかな?
タイヤをつけて、ウマから車を降ろすと、結衣のGTS25は、今までの腰高な感じが消え、ちょっと車高が低くなったことにより、構えるような面構えになり、凄くカッコよくなった。
元々色が黒で、引き締まった感じがあるので、そこに低さが加わると、獲物を狙う肉食獣みたいなカッコよさが出てくるよね。
「凄いね、結衣、カッコイイね!」
私が言うと、結衣は、はにかみながら言った。
「そうだね、本来の目的はカッコじゃないんだけど、でも、今まで持ってた漠然とした不満が、解消されたよね」
結衣曰く、本来の目的は、ロールって言って、カーブを曲がる時の傾きを押さえる事らしいけど、副次的な要因で車高も下がってカッコよくなったんだって。
私的には、ロールより、ロールケーキのほうが好きなんだけどさ。
それで、今日取り付けた、水色のショックは、純正のよりも硬めのセッティングになっていて、それを、強化されたスプリングで抑え込むから、そのロールが抑えられて、足回りの動きが引き締まるんだってさ。
今日の帰り以降の、自分の車の変化に思いを馳せて、ニヤニヤする結衣を眺めていると、ガレージに柚月が入って来た。
あれ? そう言えば、作業に入ってから、柚月を見なかったなぁ……いれば、結衣の足回り交換が、もっと効率的にできたのに……と思ったら、結衣が言った。
「柚月ー、作業が始まった途端に、逃げるとか、サイテーなんだけど!」
「いや~、ちょっと、用事があってね~」
柚月がとぼけるので、私は言った。
「どうせ、私らに隠れて、マゾヒスト部に行ってたんだよ」
「そうか~、じゃ、仕方ないな」
結衣もそれに返すと、柚月は、地面をダンダン、と踏み鳴らすと
「私は、マゾヒスト部じゃない~!」
と叫んだ。
そして、思い直したように、こちらを向くと
「ちょっと、2人に内緒の話が~」
と言った。
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