第50話 秘密兵器と解体車
「アレって、何?」
私が訊くと、柚月が
「LSDだよ~」
と言った。
私は、柚月の言った言葉をもう一度反芻した。
今、柚月はLEDじゃなくて、確かにLSDって言った気がするね。間違いないね。
確認を終えた私は、振りかぶると
「バカぁ!」
と言うと同時に、柚月に鉄拳を喰らわせた。
柚月は、2、3歩よろめくと、うずくまり、直後に立ち直ると、叫んだ。
「痛いなぁ……なにするんだよぉ~!」
「それは、こっちのセリフだ! 柚月、私はあんたが、ちょっとくらいバカやっても、笑って許してたよ。でも、クスリに手を出すなんて、サイテーだよ!」
「何の話だよぉ~!」
「うるさい、うるさい! 私は今、確かに柚月から、LSDって言葉を訊いたんだ。あんな脱法ドラッグを使ってから、車に乗ろうだなんて、あんた、何考えてんのさ」
その様子を見ていた結衣が、気まずそうな顔をしながら、私たちの間に入って言った。
「あちゃー、完全に勘違いさせちゃったみたいだねぇ……」
結衣の説明によると、LSDとは、リミテッド・スリップ・デファレンシャルの略で、平たく言えば、車輪の空転防止装置、と考えれば良いらしい。
通常の車には必要ないが、スポーツカーや、悪路走行の4輪駆動などには必須の装備で、スカイラインにも、GTS-t以上で標準装備らしいんだけど、スカイラインの純正のビスカスLSDは効きが悪く、あまり役に立っていないらしい。
「外から見てたんだけど、イン側のタイヤのスリップが大きくて、結構ロスしてるよ」
と、結衣が感想を言うと、優子も
「スカイラインのビスカスデフは、本当に効き悪いからね。シルビアの方が、よっぽど効いてるよ」
と言っていた。
また、ここでも出てきたシルビアという名前に、ちょっと引っかかりながらも、そのLSDの効能について考えていると、結衣が言った。
「純正の今の効きからすると、リアの足回りを、ほぼ動かないくらいまで、固めるしか方法はないんだよなぁ……」
それが現実的でないのは、私にも分かる。
そんな事をしたら、悠梨のR33は、まともに乗ることが出来ないくらい、乗り心地が悪くなるだろうね。
サスが、動かないくらいなんだからさ、それじゃ、一般的なママチャリと変わらないじゃん。
「見ただけじゃ、アレだから、ちょっと乗ってきちゃおうかな。悠梨、来なよ!」
結衣は言うと、悠梨を無理やり連れて、R33に乗ると、さっき、私と柚月が乗って行った方向へと、走り去っていった。
そして、戻ってきた結衣は、悔しそうに
「くそぅ~……やっぱり速かったよぉ。コイツの後に、自分の車に乗るの、気が重いよぉ……」
と、言いながらも、さっきの私らと同じように、8の字に走りながら
「やっぱり、LSD欲しいかなぁ……」
と染み染み言ってたよ。
◇◆◇◆◇
2日後の放課後、教習所のある、優子を除いた私らは、解体屋さんにいた。
悠梨の、R33に対する感想をみんなで話していた際に、突如、現れた水野から教えられたのは、いつもの解体所に、明らかに改造されたR33の廃車が入った、という情報だったから、取り敢えず行ってみようという話になった。
「アレじゃね?」
結衣が言った先には、左のフロントが、ぐっちゃりと潰れた黒のR33が佇んでいたよ。確かに、車内にはロールバーが張り巡らされ、室内も、この間、納屋から出てきたフルバケっていう、リクライニングしないシートがついてたよ。
すると、いつものおじさんがやって来て
「おおーっ! 今日は、そのスカGのデフだって? ソイツは良いよ! ノンスリで、バッキバキに効いてるからよぉ! 自動車部には、いつも世話になってるからよぉ、学割と合わせて大サービスだ!」
って、言ってたけど、イマイチ分からない言葉が混じってたよ、柚月、通訳して。
ふむふむ、スカGは、スカイラインGTの略、ノンスリってのは、昔、LSDって呼び方が一般的じゃなかった頃、ノンスリップデフと混同した上で、略されちゃったらしい。
で、バキバキは、LSDは効きを強くしようとすると、曲がるたびにバキバキと音が出たために、効いているLSDを表す言葉として、『バキバキに効く』なんて表現をしたらしいよ。
それにしても、どうやって外そうかなぁ……と思っていると、おじさんが、フォークリフトでやって来て、言った。
「ちょうど、足回りを発送するんで、今から外すから、一緒に外しとくよ! 待っててな」
そう、この解体所は、オークションサイトや、フリマアプリなんかを使って、全国通販をやってるんだよ。手広く商売してるんだよね。
そりゃぁ、あのおじさん、新車のスカイライン400Rを乗り回してる訳だよ。
よぉーし、外れたよ……って、結構デカいのね。
コレ、どうやってガレージまで持って行くの? 悠梨のだから、悠梨の車のトランクに積んで……って、え? R33は、トランクが狭いから載らないって?
じゃぁ、R32に積むしかないね。今日は、結衣と悠梨の車に分乗してきたから、結衣の車のトランクに積もう。
あ、結衣がちょっとキレてるよ。
「悠梨、マジでふざけんなよ! トランクに載らないんだったら、最初から軽トラでも借りて来いよ!」
「ゴメン、大きさが、よく分からなかったからさ」
悠梨が言うと、結衣が余計に怒りだしそうになったので、私と柚月で止めに入った。
「すとーっぷ! 悠梨も、ワザとじゃないんだからさ~」
「そうだよ、悠梨も知ってたら、他の方法、考えただろうしさ」
結衣と悠梨は、私らのグループの中でも、相性が良くない。
それは、私らのグループが、元々私、柚月、優子の3人グループで、そこに、私や柚月と仲の良い、結衣が合流したんだけど、柚月と仲が良い、という理由で、悠梨が入って来た……という、歴史があるからなんだよね。
参ったな、どうしようかと思っていたら、おじさんがやって来て、結衣に言った。
「どうした~、今日の荷物を運んでくれた人には、コレをお駄賃として、あげちゃうんだけどな」
と言うと、なんか大きなバネを4つ持ってきた。
なんだろコレ? と思っていると、結衣が目を輝かせながら言った。
「コレ、R32用のダウンスプリングでしょ! 良いんですか?」
「ああ」
おじさんは、ニッコリと頷きながら言うと、私の方を向いて、ウインクした。
「ありがとうございまーす!」
結衣は、嬉しそうに言うと、LSD付きのデフと、自分のスプリングをトランクに入れて
「さぁ、行くよ!」
と言うと、学校に向けて出発した。
ガレージに結衣のGTS25を入れて、デフを降ろしたんだけど、デフって重いんだね。2人がかりで持ち上げないといけないんだよね。
デフを降ろし終わると、柚月は悠梨の方に向き直ると
「じゃぁ、つける前に、超えて貰わないといけない壁があるんだよね」
と言った。
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