第49話 あと一歩とサイドブレーキ
私らは、例のタレントショップ跡の駐車場に来ていた。
……思うんだけど、最近、ここに来る機会多くね? 小中学生の頃は、ここで遊ぶと不良が来たり、危険だから、学校から行っちゃいけません、って言われたもんだけどなぁ……。
まぁね。駐車場はフルオープン状態で、車が止めておきやすいし、国道に面してるから、車の性能を試すのにも、もってこいだしね。
ただね、この駐車場には、下品な色したマークIIや、チェイサーとか乗って、スピンターンとかしてる、ウチの兄貴のシンパみたいなのがいるからさ。そいつらと、かち合って、『沢渡妹も、そっちの世界に来た』とか、言われたくないのよ。
それにしても、ちょっと興味あるなぁ、R33になると、どう変わってくるんだろうねぇ。
え? 悠梨、乗らないの? 私と柚月で、行ってきてって?
じゃぁ、ちょっと行ってくるね~。
柚月、なんか、もう既に分かるんだけどさ、これが“トルク感がある”って事なんだね。……立ち上がりから、凄くモリモリと力が、沸き上がってくるんですけどー、って感じだね。
なんか、ギアチェンジ、めんどいからって、テキトーに2速から、4速にやっちゃったら、R32なら超失速もんだけど、R33なら、そのままズンズン加速していっちゃいそうだよね。
うん、速い。
R32が、神経質な感じだとしたら、R33は、懐が深いっていうのが、正しいかな?
え? 今度は高回転まで回せって? 分かってるよ。
よし、ここから長い直線だから、2速全開で、おおおおっ! こういう感じかぁ……ハイハイ、そこから3速で、いっぱいに引っ張るよ。
やっぱり速いけど、ここは、完全にR32と正対称に感じるね。
R32が、立ち上がりで遅れて、その分を、後半、暴力的なターボの加速で取り返して余りある……みたいな感じなのに対して、R33は、初速からのダッシュが力強くて、あっという間に、こんなスピード? って感じの加速なんだけど、頭打ちになるところがあって、R32が、何処までも回っていきそうなのとは、違ってるよね。
どっちが良いか、って言われると、それは好みや、走る場所の問題じゃないかな? R32的なフィーリングは、高回転が維持できたり、直線が長かったりすれば、活きてくるけど、山道みたいな場所とか、街中だと、R33の方が向いてるよね。
「おおーっ、マイも成長したなー。偉い偉い」
コラーっ、柚月、私をバカにするなー! 頭なんか撫でられても、嬉しくないやい!
ここからは、
……うん、エンジンの感じは、まさに、こういう所向きだ、と思うんだけどさ、ちょっと、曲がる時の動きが、R32と比べると、ワンテンポゆっくりなのかなぁ……って気がしてきちゃうよね。
え? R32に比べて100キロ重いって? まぁ、そういうところの影響なのかなぁ……私的には、小回りも思ってた以上にきくし、ダルいって言うほどでもないから、別に気にするような事でもないと思うよ。
R32に比べて、ちょっと、曲がりでモタついても、この立ち上がりの鋭さがあれば問題ないし、これってさ、よく分からないけど、足回りを弄れば、改善されていくんじゃないの?
「おぉ~! マイの口から、そんな言葉が飛び出すとはね~」
なんだよ柚月! いちいちムカつくんだよ! この~、車を止めて、攻撃してやる! このっ! このっ! 参ったか?
「参りました~、ゴメンなさい~!」
まったく、すぐ調子に乗るんだから。大体、1日に何度も謝るくらいなら、最初から、余計なこと言わなきゃいいんだよ。
さて、この車の動きは大体分かったよ、復路は、柚月に交代ね。
柚月は、結構アクセルの踏みっぷりが良いよね~。
ある種、隣に乗ってると怖さを感じるんだよね。こういう道だと。なにせ、柚月、昨日タイヤやっちゃてるしね。
やっぱり、こういうところ走らせると、この車の良さが分かるよね。高速とかでも良いとは思うけど、やっぱり、低速からの鋭さと、たっぷりと余裕のあるトルク感が、この車の魅力なんだよ。
だから、もう少しだけ、曲がった時の爽快感が欲しいよね。コレもきっと車高調なんでしょ? だから、色々な調整で、なんとかできるんじゃないの?
運転席も、助手席にも乗ってみると思うけど、このR33の内装って、R32に比べると、囲まれ感ってのが強いよね。ダッシュボードの運転席側なんかは、R32のイメージを結構、色濃く残してるけどね。それと、時計がメーターの中から、エアコンのパネルの横になったから、車内全体からは見やすくなったよね。
それにしても、今の車って、時計がラジオの中に内包とか、結構扱いが雑だよね。オーディオで、曲のタイトル表示とかにしてると、見れないじゃん!
それと、R33で気がついたのはさ、パワーウインドーのスイッチが、現代の車と同じなんだよ。R32のって、なんか、レバーみたいな突起を動かすタイプだったんだけどさ、R33は押し込むと下がって、引き上げると上がるタイプになってるんだ。
使いやすいかどうかは別としても、これだけで、現代っぽく進化した感じに見えるよね。
どうしたの柚月? え? 分かってはいたけど、やっぱりキツイ曲がりは、気になっちゃうって? そこまで言うほどじゃないと思うけどな。 先の道を読んで、手前で減速してあげれば、素直に曲がってくれるよ。なに? それができないから苦労してるって? それは、柚月がヘタクソだってことだよ。
痛っ! なにするのさ! あ、そう、ウチにはR32の純正ホイールが余ってるけど、私のお小遣いがちょっとヤバめだから、柚月にはあげないで、中古パーツ屋さんに売りに行こうっと。
「ゴメンなさい~!」
嫌だ、もう許さない! 柚月は謝っても、鶏みたいにすぐに繰り返すから、絶対に 許さないもん! 嫌だよ、なにが『ホントにゴメンなさい~』だよ、今日だけで何回謝ってるんだよ。人生に、そうそうチャンスは転がってないんだよ。
なに? 運転のせいじゃなくて、車のせいだって? 本来R33は、4代目以降、4ドアと共通だったホイールベースを、2ドアだけ短縮させる予定で、設計してたのに、バブル崩壊で、日産の経営状況が悪化したために、4ドアはおろか、他車種とも共通にされたから、曲がり辛いって?
ところで、ホイールベースってなに? え? 前輪と後輪の間の長さの事だって?
あぁ、なるほどね。だから真横から見た時、ダックスフントみたいに見えたわけね。そうか、軸間が長いから、曲がり辛くなるっていう理屈か。
みんなの待つ、タレントショップ跡に戻ってきたぞ。
結衣、どうだったかって? エンジンのパワーの出方なんかは、この辺の地形に合ってると思うんだよね。ただ、やっぱり少しR32と比べると、曲がり辛くなってるけど、少し早めに操作してあげれば、素直に曲がるから、あとは、足回りの調整してあげれば、面白くなるんじゃないかな~って思うよ。
どうしたの? 結衣も優子も、ぽかんとした顔しちゃって
「マイが、そんな的確なこと言うなんて思ってなかった」
「マイ、どうしちゃったの? 熱あるんじゃない?」
柚月と言い、お前ら、私に対するリアクションが失礼過ぎるんだよ~! 絶対殴ってやる!
なんだよ結衣! 最初に殴られに来たのか? なに? ちょっとこのR33で、この駐車場のあっち側にある2ヶ所の陥没を目印に、8の字にグルグル回ってみてくれって?
なんで私がって、柚月も乗って来るの? 仕方ないなぁ、それじゃ、行くよ。
取り敢えず、そんなに広くないから、2速固定で大丈夫だよね。
それにしても、この車は、2速固定でも、パワーがついて来てくれるから、楽だし、こういうところでは楽しいよね。
大回りになっちゃうから、手前で減速して、しっかりと車が前に傾いてから、ハンドル操作……と、次に今度は対岸に向かって加速……と、これを繰り返すのね。
立ち上がりの時に、少しだけお尻がズルっとするのが、面白いというか、違和感というかあるんだけどさ。でも、そのズルっといってる分、小回りがきいてるんだと思うよ。
なに? 次の曲がりは、手前で減速しないで、ギリギリまでアクセル全開で行けって? 何言ってるの柚月? それじゃ、曲がれないよ。
いいから行けって? もう、失敗しても知らないよ。よし、アクセル全開で……これで曲がれるの? ちょっと怖いんですけど
「マイ、ブレーキと同時にクラッチ切って、ハンドルも切って!」
うん! ブレーキと同時にクラッチとハンドル……って、柚月、それはサイドブレーキだよ……ああぁぁ、お尻がズルズルッと流れちゃうよ
「マイ、アクセルを半分くらい踏んでいって、真っ直ぐに立て直すんだよ~」
アクセルをそっと踏んでいくと、横向いてた車が、あるところから、真っ直ぐ進みだしたので、元通りに走らせた。
これを数回繰り返して、みんなの元に戻ってきた。
車から降りた柚月に駆け寄ってきた結衣が、ニヤッとして柚月を見ると、言った。
「やっぱり、アレだよね」
「乗ってても分かる。アレがあれば、結構変わるかも~」
柚月もそれに合わせて答えていたが、私は、この2人が何について話しているのかが、理解できなかった。
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