第48話 悠梨と相棒

 私らは、柚月の部屋へと通された。

 柚月の部屋って、ここ1年くらい入った記憶ないなぁ……まぁ、高校生になってからは、原チャがあるから、大抵外で遊んでたからね。


 さてと、柚月が席を外してる間に、優子と結衣が、おもむろにタンスを開けて、中身のチェックを始めたよ。

 あ~あ、柚月が戻ってきたら、絶対にひと悶着あるよ……って、柚月早っ! なに? この変態どもがいる事をすっかり忘れてたって?


 ホントだよね、この2人ったらさ、見境ないっていうか……なに? マイも同類だって、この野郎! 何もしてない私にまで、牙をむくとは、いい度胸だよ。取り敢えず、麦茶は貰っておいて……柚月の手が空いたね。

 コラぁ! 柚月めぇ! どうだ、こうやって羽交い絞めにしたら、もう何にもできないだろ? どうだ、参ったか?


 「参らないやい~! 放せよぉ~」


 このぉ、柚月めぇ! おい、誰かぁ~、柚月押さえてるから、今のうちにやっちゃってよぉ~……って、ノリ悪いな。

 あ、優子、早くぅ、柚月やっちまおうぜ、こりゃこりゃこりゃ~~! どうだ、優子はくすぐりで、こっちは胸揉んでやる。羽交い絞めにしてても胸は揉めるんだぞー!


 「参ったよぉー!」


 あれ? 案外降参が早いな。でもって、さっきの生意気な態度がムカついたから

、もう少しやっちまおう! この! この! 柚月のくせに!


 「参りました~。ゴメンなさい~」


 あ、これ以上やると泣き出すな。

 いいか、柚月の分際で、私らに楯突こうなんて1600年早いんだぞ。

 なに? その600年の半端は何だって? うるさいやい! 柚月のくせに、口答えするない!


 それにしても今日の悠梨は、ノリ悪いね。いつもなら、真っ先に、こういうシチュエーションに参加して来るのにね。


 柚月は、はぁはぁ、と息を切らせていたが、落ち着いて、麦茶を一口飲むと


 「さぁ、始めようね!」


 と言った。 さて、一体何を始めるんだっけ?

 あぁ、そうだそうだ、私の車と、悠梨の車の違いの話ね。


 柚月の話の要約はこうだ。

 以前から話しているように、RB20のツインカムは、レイアウト上の問題から、低速が弱いというのが泣き所だったんだって。

 それは、圧縮比? というものを低くしているターボでは、より顕著になって、ターボが効く回転域に入るまでの、壊滅的な、かったるさとなって現れてしまったらしい。


 しかし、平成元年以前の日本では、小型乗用となる5ナンバーと、普通乗用となる3ナンバーでは、維持費が圧倒的に違ったらしいよ。

 なんでも、自動車税が、5ナンバーは今と変わらず39,500円に対し、2000cc~3000ccだと81,500円と、倍以上になっていたのが、2000cc以降も、500cc刻みでプラス5,000円と緩和された事によって、2500ccへのアップが可能になったらしいよ。


 それにしても、そんなこと言ったらさ、昔だったら、ウチのエルグランドなんか、3500ccだから、88,500円も払わされたんじゃん。

 昔って、とんでもない時代だったんだね。


 話は戻って、R32の登場は平成元年の5月だったので、この税制改定を知らされた段階での、500ccアップは間に合わず、マイナーチェンジで、GTS25の追加ができたけど、ターボエンジンの2500cc化は、モデルチェンジまで見送られたんだって。


 そして、モデルチェンジに当たって、R32型での、壊滅的な低速の無さと、ターボが効き始めた時の、ギャップが問題視されて、次のモデルでは、低速域の拡充と、『どっかんターボ』と、揶揄される両極端な特性を緩和させよう、と頑張ったらしい。


 そのために、500ccのアップに加えて、敢えてターボでは不利となる、圧縮比を上げ、タービンを低速特性に振ったものにしたんだって。 

 分かった? って、柚月、絶対今のは、私が分かってない、って前提で訊いただろ! 何となく分かってるよ。


「だったら、分かるでしょ~。悠梨のR33は、タービンがノーマルな限り、中低速では速くても、高回転域で頭打ちになる。対して、マイのR32はタービン交換されてるから、より高回転域で、パワーが炸裂する」


 柚月は、明るい表情で言った。


 「じゃあ……」


 悠梨が言うと、柚月は


 「そう、悠梨が得意な、直線での、ぶっちぎり勝負に持ち込もうとすると、マイに返り討ちにされるよ」


 と言った。すると、悠梨は床に突っ伏して


 「なんだよぉ~! 私は『みんなより速い車』って、言ったのにぃ」


 と、悔しそうに言った。

 すると、柚月は、悠梨の頭を撫でながら言った。


 「普通だったら、速いよ~。R32は、215馬力に対して、R33は、250馬力だからね~」

 「でも!」


 悠梨が、顔を上げて反論しようとすると、柚月は言った。


 「だから、言ったじゃん。『直線での、ぶっちぎり勝負』は、ってさ。だから、得意の中低速主体の所に持ち込んで、悠梨が走らせられれば、良いんでしょ~」


 悠梨が言うには、今回は、フォレスターの保険金で買える範囲内の車、という事で、予算は、結衣と大きく変わらなかったらしい。

 すると、柚月は言った。


 「その予算だったら、型を選ばなきゃ、インプレッサのStiとかだって買えたのに、敢えてこっちにしたんでしょ?」

 「だって、お母さんが、スバルの車で事故って、またスバルの車、ってのも嫌だろうし、2ドアのカッコいいのが良かったの。それに」

 「それに?」


 悠梨の答えに、思わず、結衣と私が、同時に訊いてしまった。

 

 「『その車は、初心者には出来過ぎた車だ。それで痛い目に遭う時、君は棺桶の中にいるだろう』って言われてさ。怖くなった」


 と言うので、さっきから、気になっていたことを訊いた。


 「悠梨。誰に車探して貰ったの?」

 「水野だよ。部室にいたらさ『渡邉君は、そろそろ免許が取れるだろう? 車に当てがないんだったら、協力は惜しまないよ』とか言ってさ」


 やっぱりか……そして、水野、なんか最近、部員の車選びに、積極的に介入するな。どこからかリベート貰ってるんじゃね?

 

 「このR33は、東京で乗ってたみたいだよ。受け取った時は『練馬33』だったからね」


 悠梨が言ったけど、水野のネットワークはよく分からない。

 でも、柚月の件で分かったけど、兄貴ほどは、ネットワークが広くないらしい。

 まぁ、ウチの兄貴は、ある意味変態だからね。


 すると、柚月が


 「それじゃぁ、まずは乗ってみてから、今後について考えてみよーよ」


 と、突拍子もなく言って、私らを外へと連れ出した。

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