第46話 襲撃とインチアップ

 翌朝、学校にやって来ると、結衣と優子が、私の元へとやって来た。


 「大変だよ! マイ。柚月がさ……」


 そう話す、結衣の顔は青ざめていた。


 「柚月が、どうしたの?」


 私が訊くと、担任が入って来たので、話し辛そうに、結衣は顔を背けた。

 ここじゃ、話し辛い事なんだね。

 その日、柚月は学校を欠席した。


 お昼になると、結衣が、朝の話を続けた。


 「柚月がな、例の奴にやられたんだよ!」


 例の奴って、確か、昨日結衣が言ってた、R32を狙っているっていう謎の車のこと? しかも、柚月がやられたって、どういうこと?


 「柚月ね。昨日、学校から帰った後で、ちょっと出かけたらしいの。そしたら、国道あたりから、変な車につけられて、しばらく、くっつかれた後、追い越されたんだって、そして、柚月、その車を追っかけようとして……」


 優子が言うと、途中で言葉を詰まらせた。

 え? そんなに重症なの? なんで、みんな知ってるの?


 「今朝の1時36分に、柚月からLINEが来てたぞ」


 なに? 結衣、マジで? あぁ、私さ、寝る時は、マナーにして寝ちゃうから、気がつかなかったんだよ。今朝は、ちょっと遅くなりそうだったから、チェックしてなかったしね。


 なになに?

『例の奴をはっけ~ん! 追撃したんだけど、タイヤバーストにより、見失ったよ~』

 画像もあるね。……あぁ、こりゃ酷いね。左前輪がズタズタだよ。


 「それでさ、今日は、部活休んで、柚月のところに行ってみないか?」


 あぁ、それいいね、結衣。でも、そしたら、2年生のキャップに、伝えておかなきゃね。

 でもって、私らがいない間に、あの娘らで、部車とか動かして、万一の事があるとマズいから、今日は活動休みって事にしちゃおうか?


 「行ってきたまえ。部の監督は、私がやる」


 不意に声がして、振り返ると、そこには水野がいた。


 「どわぁ!」


 水野に免疫のない、優子は、声を出して驚いているし、悠梨も、声は出さないまでも、かなり驚いている。


 「そして、今回のターゲットに対し、何でもいいから、情報を集めてくるんだ」


 水野は、私たちに指示を出すと、そのまま教室を後にしていった。

 

 「水野は、神出鬼没だよね」

 「私、心臓止まるかと思っちゃったよ!」


 悠梨と優子が、口々に感想を言っていた。

 こんなもんで驚いてちゃ……まだまだだよ、と思った。

 水野はさ、本気で気配なく現れるから、恐ろしいんだよ。ただ、『今日は現れそうだな』って日には、気配で察せるようになるんだよね。

 まだ、再会してから2ヶ月も経ってないんだけどさ、それが分かっちゃうようになるんだよ……まぁ、人生において、重要度最低ランクのスキルだけどね。


 放課後になると、優子と悠梨と別れ、足早に駐車場に向かって歩いて行く。

 柚月は、どうなっちゃったのかなぁ、と思うと、なんか、気が急いちゃうけど、こういう時こそ、平常心だよね。

 

 柚月の家に到着すると、柚月が庭に出ていたので、玄関先に車を止めると、柚月の方へと2人で向かった。

 柚月の家って、昔から思うけど、広いんだよね。車4~5台で来ても、玄関先に余裕で置けちゃうんだもんね。


 柚月の車は、庭に止めてあった。

 車体に傷は、見たところないようだけど、左前のタイヤは、応急用の黄色いホイールの付いたタイヤになっていた。


 「どうなの?」

 「タイヤは、完全にダメだね~。ホラ、しかもさ……」


 私が尋ねると、柚月はタイヤを出してきて答えた。

 それを見た結衣が、ビックリした表情で言った。


 「うわっ! ホイール、リム曲がっちゃってんじゃん……」


 柚月の左前輪は、タイヤもズタズタだが、ホイールも曲がってしまっている。

 あまりに酷い状態に、絶句してしまった。

 そこに、優子のビーノがやって来た。

 優子もこの有様を見ると、絶句していたが、柚月に言った。


 「柚月、代わりのタイヤはあるの?」


 すると、柚月はニコッとして、ブイサインをすると、言った。


 「実は、今日、前々から頼んでいたタイヤとホイールが、通販で届くんだよね~」


 柚月が言うには、この車のタイヤは、溝はあるんだけど、10年以上前の古いタイヤで、カチカチだったから、インチアップと共に、新しいタイヤを頼んでいたらしい。そのタイミングでの、昨夜のアクシデントだったという事で、柚月にとっては、不幸中の幸いだったそうだ。


 「今日だったら、マジで立ち直れないよ~。今日は、ついでだったから、学校休んで、ディーラー行って、アライメント取って貰ってきたんだ~。昨日、車高調組んだばかりだし、新しいタイヤも来るしね」


 と言って、喜んでいる柚月だった。

 そこに、結衣が訊いた。


 「柚月、犯人は、どんな車だったか覚えてる?」


 その時、柚月の家の玄関前に、宅配便のトラックがやって来た。

 柚月は、タイヤとホイール4本を受け取ると、包装を破ってから


 「結衣~、ちょっと手伝ってよ~」


 と言って、2人でタイヤ交換を始めた。

 交換をしながら、柚月は言った。


 「昨日のはね、バーストしたのは、私が無茶したせいだよ~。最初の段階で、タイヤが古かったのは分かってたし、旅行の時も、グリップが甘いの分かってたしね~」


 それを訊いた結衣は、ちょっとイラっとしながら


 「でもさ、私らを追ってきた相手が、どんな奴かを知っておかなきゃさ、安心できないだろ。教えてよ!」


 と、迫った。

 それを見た私には分かった。相手は、柚月の知ってる人間だね。

 柚月は、おっとりしてるように見えるので、一見、押しに弱そうに見えるけど、その実、その話し方を武器に、相手を煙に巻くんだよね。


 そういう場合、大抵の相手は、柚月の話し方にイラっとするんだけど、それは、柚月のペースに持ち込まれてる証拠なんだよ。

 柚月は、対象から冷静さを奪って、肝心な主題を、怒りに任せて忘れさせて、話を有耶無耶にするのが得意なんだよ。結衣は、まさに、術中にはまっている。


 更に、私は優子と顔を見合わせて確信した。

 今回の一連の騒動は、アイツの仕業だという事に。


 すっかりタイヤ交換が終わると、柚月は、外したタイヤとホイールを、一纏めにして重ねた。


 「漬物の重しにでも、しようかな~」


 古いホイールとタイヤを、ポンポンと叩きながら、柚月は言った。

 柚月のR32は、昨日の車高調によって低くなった車高に加えて、今日、ホイールを変えた事によって、足元が引き締まり、見た目のカッコよさは、以前とは大きく変わった。

 今回の柚月のホイールは、色がブロンズっぽい色なので、ちょっと明るめのグレーである柚月のR32のボディ全体を、引き締まったものに見せているよね。

 私自身の車でも思ったけど、やっぱり車って、ホイール替わるだけで、ガラッとイメージ替わるよね。ここで、色とか間違えると、最悪のコーディネートになっちゃうんだよ。


 私が、柚月の車に見惚れてみとれていると、背後で車の音がすると同時に、人がこちらに向かって来る気配がした。

 ああ、遂にアイツのお出ましか……。


 すると、柚月がニヤリとして言った。


 「ようこそ~、遅かったね~。ところで、結衣と、私を追い回してたでしょ~!」


 柚月の言葉は、いつもと同じ、おっとりした口調であるが、その言葉には、いつもと違って、力が籠っていた。

 

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