第45話 暗雲と塗装ブース

 「これでいいのか?」


 私、水野沙和子が尋ねると、彼女は、口元だけニコッとしてみせて


 「ハイ、これでお願いします。くれぐれも、マイたちには内緒でお願いしますね」 


 と言うと、一礼をして、原付に乗って去って行った。

 やれやれ、面倒なことになりそうな予感がする。

 舞華君のところも、なかなかに複雑な人間関係を抱えているのだろう。


 「みんなよりも……か」


 私は吐き出すように空に向けて一言、呟いた。

 あの頃は、私たちも、そうだったかな。 そう考えると、私も、人のことは言えないのかもしれない、と思った。


◇◆◇◆◇


 別荘から帰ってから、しばらくが過ぎた。

 部では、遂にノートがほぼ完成した。例の解体屋さんから、マフラーと、車高調が手に入り、組み付けと調整が終わって、後は外装のみという段階になり、悠梨待ちの状態ながら、走行練習は開始された。


 私も乗ったんだけど、スカイラインとは全く違う車だな、っていうのは感じたよ。コンパクトに回って、すばしこい感じのする車だな……とは思ったけど、やはり、前輪駆動になると、走らせ方が違ってくるな、っていうのは、分かっちゃったよ。

 もしかして、私って凄い走り屋なんじゃね? と思っちゃったりして。


 部が終わり、駐車場に向かって歩いていると、結衣が言った。


 「そう言えば、例の噂、聞いた?」

 「なに?」

 「この辺に、最近R32を狙って、謎の車が出没するらしいって話だよ」

 

 その話を訊いて、恐怖を覚えるよりも、あまりにも根拠がなさ過ぎて、眉唾にしか思えなかった。

 この辺でR32っていうと、私ら3人の車くらいしか見かけたことがないんだよ。

 その中で、こんな噂が出るってことは、出所が、私らの中にいるか、謎の車のドライバーが流しているのか……という事になるわけ。


 ってなると、考えられる線を全部当たっておくしかないね。


 「柚月! あんたなんでしょ!」


 私が、ズンズンと向かっていくと、柚月はビクッとして、後ろに飛び退きながら言った。


 「私じゃないよ~! 私だって、今、聞いたばかりなんだからさ~」


 私は、結衣の方を向いて


 「その噂って、ネタ元は誰なの?」


 と、訊くと、結衣は即座に答えた。


 「優子だよ。昼休みにね。マイと柚月は、トイレに行ってたから、訊いてないんだよ」

 

 そうか、優子か。

 その優子は、誕生日を迎えて、先週末から、放課後は、教習所に直行しているため明日にならないと確かめられないなぁ。

 まぁ、そんな緊急でもないから、明日訊いてみよう。


 翌朝一番で、慌てた表情の結衣が、私たちを待ち構えていた。


 「出たのよ!」

 「なにが?」


 私は、何が何やら分からずに返すと


 「昨日の、謎の車よ!」


 と、興奮冷めやらぬ様子で、声を荒げた。

 結衣の話によると、昨日、学校帰りに現れたその車に、追い立てられたと言うのだ。


 「でも、結衣って、昨日は私らと一緒だったじゃん」

 「だから、2人と別れた後に襲われたのよ!」


 柚月が疑問を口にすると、結衣は即座に答えた。

 あ、優子が来た。私は、優子に訊いた。


 「昨日、結衣にした話って、ネタ元は何処なの?」

 「え? あぁ、悠梨に訊いたんだけど、悠梨が教習所で聞いた噂らしいよ」


 そうなのか。それにしても悠梨は、今日遅くね? 

 それにさ、悠梨って、まだ免許取れてないのかな? 優子も詳しい話は訊いてないらしい。

 悠梨は、ホームルームの時間ギリギリに現れたために、ネタ元を訊くことは出来なかった。


 昼休みに訊いてみたんだけど、なんか、はぐらかされた様な、気がするんだよね。

 訊いてみてもさ、『誰から訊いたのかは、覚えてないな~』とか、言われるし、免許に関しても『教習所は卒業したんだけど、試験場に行ってなくてさ』とか、言うしさ、正直、何考えてるのかが読めない。


 部活には来て、久しぶりの活動に張り切っていた。


 「ノートとエッセは、ほぼ仕上がったから、外装は悠梨に任せるね」


 と、私が言うと


 「任せとけ、今日中にラフを完成させるから!」


 と、サムズアップしながら答えた。

 以前の悠梨の素案では、エッセは、元がオレンジ色なので、それを活かしつつの、カッティングシートを使っての外装デザインになるのに対して、ノートは、色も目立たず、しかも事故によって、左フロントとバンパーだけが、シルバーになっているので、全く違う色への塗り直しを提案してたと思う。

 

 「それで、競技車2台が完了したらさ、1~2年生用の教習車と、プレミオと、白R32も、やっちゃっていいでしょ!」


 と、訊いてくるので


 「うん、どんどんやっちゃってOKだよ!」


 と、答えると、悠梨は


 「任せといて!」


 と言って、外装担当の1、2年生を集めて、説明を始めていた。

 そうそう、悠梨が塗装するのに、コンプレッサーと、塗装ブースが欲しいと言っていたので、水野に相談したら、コンプレッサーは、中古だけど、と言って用意してくれた。


 あと、ブースは、専用のは、予算的に不可能だから、ガレージの奥の一部を、学校から出た、廃材の板を使って覆っちゃえばいいか……という話になって、そっちは、柚月と2年生で、作業が進んでいる。

 自動車部とは思えない、日曜大工系の作業が入って、連日釘打ちやら、のこぎりで板をカットとか、今までの経験ではない作業も入って、正直、体力的には辛いけど、物が出来上がっていく様を見ると、充実感と嬉しさの方が勝っていた。


 ブースが完成して、悠梨によって、ノートの洗車が行われると、ブースの中に運び入れられた。

 後は塗料が来れば、作業に入れるね。一応、悠梨から貰った図によると、上が赤で、バンパーの高さから黒にして、イタリアンを表現したカラーリングにするって言われてるんだ。

 なんか、後ろの一部だけ決まってなくて、赤/黒にするのか、後ろは黒一面にするのかは、まだ決まってないみたいだけど、なんか期待しちゃうよね。


 ブースが完成したので、ブース作業の2年生を連れて、結衣は運転練習へと入って、そして、私は柚月に呼ばれた。


 「マイ~、見て見て~」


 柚月は、自分の車のトランクを開けると、そこにはこの間、柚月にあげた車高調が入っていた。


 「遂に、同じ径と自由長で、バネレートの柔らかいスプリングを見つけちゃったんだよ~。一緒に車高調も、仕様変更して貰ったから、遂に今日、つけちゃおうかと思ってさ~」


 と、ニコニコしながら、車をガレージ前に移動させると、早速作業を始めたので、私も手伝った。

 そこに悠梨もやって来たので、3人での作業となった。


 「悠梨ー、良いの? こっちの手伝い、入っちゃって」

 「え? 良いよ良いよ。どうせ、塗料が来ないと、はじめられないからさ」


 私が訊いて、悠梨が答えた。

 

 ノートやエッセでも、手伝ってはいたものの、スカイラインのサス交換は、さぞかし大変なんだろう……と思ってたんだけど、思いの外、簡単で、拍子抜けしちゃったよ。

 一番大変だったのが、トランクの内装を剥がすこと、だったくらいなんだからさ。ジャッキで上げて、ウマ、と呼ばれるスタンドで固定して、ボンネットと、トランクの中にある上2本、下1本のボルトナットを外すと、あっさり外れるので、今度は、逆の要領で、取り付けてあげればいいだけ、なんだもんね。

 そりゃぁ、足回りのボルトが外れたら困るから、トルクレンチ? とかいうものを使って、しっかり締めたんだけどね。


 終了して、ジャッキを下げると、柚月のスカイラインがさ、ちょっと車高が下がってて、カッコ良いんだよね。

 今までは、どうしても、私のに比べると、腰高な感じに見えてたんだけど、それが無くなって、低く構えるような面構えになって、正直イイ感じになったなぁ……と、素直に思えたよ。


 「やったね! 柚月」


 私が言うと、柚月は私の腰に抱きつきながら、喜んで言った。


 「ありがと~! マイのおかげだよ~」


 悠梨は、満足そうに腕組みをしながら仁王立ちをして


 「体を動かした分、尚、カッコ良く見えるね~」


 と、喜んでいた。

 そこに、結衣がやって来て


 「なによー! 柚月だけ、車高調とか買ったわけ? 超信じらんないんですけどー!」


 と、柚月の襟を掴んで、ガクガクと揺すっていた。

 正直、楽しかったんだよ。その日は。……その後に、あんな事が起こらなければ……。

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