第42話 仕置きと秘密のパーツ庫

 納屋の戸が閉まると、先を行く柚月が、ビクッとしてこちらを振り返り


 「な、何~? まさか、ここで、えっちな事しようとか言うの~?」


 と、怯えた表情で言った。

 アホか、コイツは? 私は、柚月の頭を引っ叩くと


 「何を、アホなこと言ってるのよ! キモい! それよりも、これを見て」


 と言って、すぐ手前にある床下収納を開けた。

 納屋の戸を閉めたのは、この床下収納の扉を開けるためだ。

 柚月は、中を覗き込むと、驚いたように


 「あ……」


 と言った。

 私は、さっき、アホなことを言った柚月にお仕置きしようと、覗き込んでいる柚月の、首根っこを後ろから掴んで、グイっと下に向けて押してやった。

 すると、ビックリした柚月がこっちに向き直り


 「なにするんだよ~!」


 と言って、掴みかかってきたけど、私は、それを捕まえて、柚月と一緒に床下へと降りて行った。

 一応、納屋の床下は、床下収納というよりも、規模的には地下室に近い。面積的には、上のフロアの7割近くを占めてるし、私らが入っても、屈まずに歩ける。家族で、ここに屈まないと入れないのは、兄貴だけだ。

 子供の頃は、悪いことをすると、よくここに閉じ込められたりしたけどさ、ある時期からは、地上階同様、兄貴のパーツ庫になってたわけ。


 この間、兄貴が帰省した時、ここの整理をするのを、すっかり忘れていたのだ。理由は、この扉の真上に、いつも私の車が止まっているために、兄貴も、私も見落としていたからなんだけど、正直、兄貴はココ、使ってたんだから、覚えてても、良さそうなもんだけどね。


 柚月はその棚を、恍惚の表情で見ると、私の方を向いて


 「マイ~、これって……」


 と、いつもより、ちょっと締まりのない声で言った。

 柚月が、そんなになるのも無理はないかも。

 この区画に入っていたのは、兄貴が昔、持っていたR32型のGT-Rの部品だったからなんだよね。


 兄貴は、一時期、草レース荒らし? とか自分で言うほど、サーキットに行くのにハマっていて、毎週のように、あちこちの地方へと出かけていた。

 その時に乗っていたのが、真っ白なGT-Rで、兄貴曰く、これはスペシャルマシンなんだそうで、当時覚えてるのは、2人乗りになっていて、室内はロールバーだらけ、そして、ナンバーはついてるけど、サーキットに行く以外では使わず、普段乗る用にシビックを持っていたくらい、徹底していたんだよね。


 そんなGT-Rも、3年くらい乗った時に、兄貴がサーキットの帰りに居眠り運転で立ち木に激突して廃車になったんだけど、その時に外したパーツとか、元々のスペアパーツとかが、残されたままだったんだよね。


 「マイ、これ、どうするの?」


 柚月が、目を爛々とさせながら訊いてきたけど、なんか素直にあげても面白くないなぁ……最近、柚月、車の事で、やたら私にマウント取りたがるもんなぁ……と思ったので、私は、気怠そうな視線で、柚月を見ると言った。


 「え~……取り敢えず、あっても仕方ないから、私が使えるもの以外は全部、中古パーツ屋さんに売りに行こうかなって思ってさぁ。あ、柚月には、特別に匂いくらい嗅がせてあげようかと思って」


 すると柚月は、ぷるぷると震えながら言った。


 「うぅ~~、マイの意地悪! だったら、私に売ってよぉ~!」

 「え? ダメダメ。だってさ、柚月は、車の事を知らない私を騙して、中古パーツ屋さんだと、30万で買ってくれるものを、『特別に10万で買うよ』とか言いそうだもん!」

 「じゃぁ、なんで私に見せるのさ!」

 「ほらぁ~、売りに行った時に、何用か知らないと、買い叩かれるでしょ? 柚月の反応で、R32GT-R用だって分かったからさ。お礼にじっくり見せてあげるよ」

 「うう~~! マイのサディスト! 見せてもらうだけじゃ、何の意味もないだろ~!」

 「そんな事ないでしょー! 博物館だって、拝観料取るんだよ。タダで見せてあげてるんじゃん! 超親切じゃね?」

 「うう~~!」


 論に詰まった柚月は、唸りながら、棚に近づいていって、手に取ろうとしたため、その手を捕まえて、棚に引っかかっていたロープを取ると、3歩後ろへと連れて行った。


 「なにするんだよ~!」

 「お触りは禁止ですよ!」

 「また、縛る気か~?」

 「人聞きの悪いこと言わないでよ、私は、柚月を縛るのは、今日が初めてだよ」

 「この間、布団でぐるぐる巻きにしたじゃん!」

 「あれは、布団を縛ったの。柚月の手足を縛ったのは、結衣と優子じゃん!」


 私は、柚月の両手をスチール棚の支柱に通すと、手首にロープを巻きつけようとした。

すると、柚月は泣きながら


 「ゴメンなさい~! 参りました~! もうしないから、触らせてよ~!」


 と、懇願してきた。

 私は、ここからが勝負だと、ロープを引っ張って、ぎゅうっと締めると


 「最近、柚月ったら、優子とかと一緒に、私に対する扱いが酷いから、やっぱり縛り付けちゃお~」


 と言うと、柚月は涙を流しながら言った。


 「ゴメンなさい~! ホントにもうしないから~!」

 「大体さ、柚月の車だって、探したの私だよ~。なのに、柚月ったら『手に入っちまえばこっちのもんだ』的に、私のことバカにした態度取るしさ~」


 私は意地悪く、しかし、本音をしっかり言うと、柚月は絶叫に近い声で言った。


 「ホントにゴメンなさいー! もう絶対バカにしたりしないって誓うから、触らせてよぉー!」

 「ホントに本当か?」

 

 柚月は頷いた。


 「ええ? 聞こえなぁい! ホントに本当なの?」

 「ハイ!」

 「これさ、動画に撮ってるんだけど、もし、ウソだったらyoutubeにアップしても良い?」

 「良いよぉ!」


 そろそろ良いだろう。

 子供の頃からそうなんだけど、柚月は調子に乗る癖があるので、ある程度の時期を見計らって、こうやってガツンと抑え込んでおかないと、勘違い行動を取るんだよね。


 私は、嗚咽を漏らしている柚月の手を掴んで、屈ませると、棚の下段の隅にある物を1つ取って


 「コレ、柚月にあげる」


 と、言うと、柚月は、鼻を啜る事も忘れて、きょとんとした様子で私を見ると、言った。


 「イイの?」

 「ウン」


 私が柚月に渡したのは、兄貴が置いていった車高調だ。

 ここを発見した時に、兄貴にLINEして訊いたところ、私のR32は、兄貴自身が、ここにある物が流用できずに、新たにオーダーメイドした事からも、寒冷地仕様ではないそうだ。

 なので、GT-RとGTS-4の足回りが共通、という話を訊いた段階から、柚月に使ってもらおうと思っていたのだ。


 「ただね」

 「えっ!?」


 私が言って、柚月が答えた。


 「兄貴が言うには、スプリングが、サーキットスペックで、物凄く硬いから、替えないと、まともに乗れないって言ってた」

 「分かったよぉ」

 「あとは、使えそうなものがあったら、持ってって良いから。ただ、兄貴から『ブレンボのキャリパーだけは、舞華が持ってろ!』って言われたから、それ以外でね」


 と言うと、柚月が突然私に、飛び掛かって抱きついてきて


 「マイ、ありがとー!!」


 と言うと、私を押し倒すように上にかぶさって


 「マイはホントに優しいね。大好きだよ~。結衣も、悠梨も、優子も、優しさもない、役立たずだけど、マイには、車の時から、お世話になりっ放しでさ~!」


 と言うと、洟を拭いていない顔で、私に頬ずりしてきた。

 更に言うと、柚月と私は、胸が大きいため、この姿勢でいると、物凄く圧迫されて、互いに苦しいはずだ。


 私は、柚月を起こすと、自分も起き上がり、柚月から訊いたブレンボのキャリパーだけを持って、地上へと戻って、今のパーツ庫の棚に置いた。


 柚月を手伝って、使えそうなものを全て地上へと持ち出した。

 結局、兄貴はナックルやアーム? という部品にも、スペシャルメイドのスペア品を持っていたらしく、柚月の車には、それも使えるという事で、棚は、ほぼ空っぽになった上、R32GT-R用の運転席シートも、座椅子代わりに転がしてあったため、それも柚月に持って帰って貰った。


 満足そうな柚月に、私は


 「これで、柚月は、向こう10年は私の奴隷ね」


 と言うと、柚月は


 「マイ、一生奴隷で良いよ~」

 

 と、ニコニコしながら言った。

 私は、ちょっと薬が効きすぎたかな……と思ったが、柚月の満足そうな顔を見て、私まで満足した気分になった。

 


 

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