第35話 週終わりとCA18i
あれから1日が過ぎた金曜日。
柚月の問題にケリがついて、久しぶりにまともな活動が出来るようになったよ。
今日のお題目は、昨日やって来た新部車。
また水野が何処からか見つけて来たらしいけど、かなりレア度が高い車らしい。
まぁ、この間のノートも、まぁまぁレアな個体らしいけど、どうして水野の周りからは、こういう変わった車ばかりが出てくるんだろうね。
ノートやGTEは、廃車に回って来る物だったらしいから、あの解体屋さんと結託しているんだろうけど、これは一体全体どうやって……と思うんだ。
「これ、何処から持ってきたんだろうね?」
みんなが思っていた疑問を、最初に口にしたのは、優子だった。
私たちが、ガレージで囲んでいるのは、昨日、みんなで乗った新部車。
練習場で、1、2年生の運転指導をする際に、必要になるので持ってきたらしい。
またR32だよ。白いセダンで、後ろの方には、カラフルな7色のラインが斜めに入っている、ちょっと派手と言えば派手な車。
そして、カラフルなライン以外に入っていた文字は、ほぼほぼ、消されているんだけど、唯一残っているのが
『DRIVING SCHOOL』
の文字。そう、どうやら教習所で使っていたR32みたいなんだよ。
助手席にブレーキまでついている。
これが、この車が必要だった理由らしい、要は、免許を持っていない1、2年生を敷地内で練習させるにしても、私たちが、咄嗟の時に止められるように……という事で、学校から提示された条件だったらしいよ。
こういう中古車ってあるんだね。
まぁ、でも、お母さんに訊いたけど、少子化の影響で、教習所もどんどん、数が減ってるらしいよ。町内にも、昔は教習所があったらしいけど、私が生まれる前にやめちゃったらしいから。
その当時は、コースも、教習車も、バスも残されてたらしいけど、1~2ヶ月して教習車が一斉に消えたらしいから、やっぱり、そういう風な中古車として、流れていったんだね。
だけどさ、このR32、物凄くパワーが無いように感じるんだよ。
昨日は、4人プラス、手巻き寿司で乗ったせいもあるけど、坂とか、アクセルベタ踏みでいかないと、全くスピードが乗らないんだよね。
そんな話をしたところ、手巻き寿司……もとい、柚月が言った。
「だって、これのエンジンってCA18iでしょ?」
え? シーエーイチハチアイ? ナニそれ?
どうやら、最廉価のGXiに載っていた4気筒シングルカム、シングルポイント・インジェクション? の1800ccで91馬力らしい。
え? どうせ、シングルポイント・インジェクションの意味が分からないだろうって? 当然だよ! 工業科でもないのにさ。
ホラ見なよ、結衣も優子も知らないって言ってるぞ! そんなの知ってるのは、柚月だけなんだよ。さすが、マゾヒスト部だけあって、変態だね。
痛っ! 何するんだよぉ! それが恩人に対してする事か? え? 布団で、ぐるぐる巻きにされた、恩に対するお返しだって?
この野郎! 柚月なんて、センチュリーで登校してればよかったのにさ。そしたら、毎日迎えに来て貰ったのに、白手袋してさ、ドアの開け閉めまでして貰えば完璧だったのにさ……あ、優子が出てきて、柚月を一喝したぞ。
再開した説明によると、通常は、1気筒ごとに、燃料を噴射するインジェクターと、いうものが、1つ付いているのだが、初期の電子制御燃料噴射の中には、インジェクター1つで、全気筒分に燃料を噴射する、シングルポイント・インジェクションという機構があったそうだ。
主にコストが安く抑えられる、というメリットがあったそうで、CA18型という4気筒エンジンでも、1985年から、その方式が使われていたらしい。
柚月曰く、先行して搭載した、オースターやブルーバードのものを、小改良して、踏襲したらしい、更に言えば、R32が登場した、わずか数ヶ月後に、ブルーバードのマイナーチェンジにより、後継機である、SR18型エンジンがデビューしたことから、R32に対する、CA18型搭載は、かなり優先度の低い物だったと推察できるらしい。
なるほど、エンジンの背景は分かったけど、実際に見てみよう。
……それにしても短いエンジンだねぇ。まぁ、普通は4気筒の方が多いけどね。でも、R32というと、6気筒ばかり見てきたから、やっぱりこのエンジンは、違和感があると言わざるを得ないよねぇ……。
エンジンの前のカバー外したら、人入れるんじゃね? くらい空間があるよ。
なんかさ、プラグコードがおかしくね? 一体プラグ何本あるのよ? 8って、8本もプラグあるよ! ってことは8気筒エンジンってこと?
違う? これはツインプラグだって? ってことは1気筒に2本プラグ使うの? 不経済だねぇ……。
なんのために、そんなことするのさ。え? 急速燃焼させて、排ガスのクリーン化と、パワーの向上を図ったんだって?
まぁ、大体の背景は理解したとして、実際に使えるのかどうかを、チェックしてみないとね。
昨日は、公道で乗るために、助手席のブレーキを動かないようにしていたらしいけど、今日はナンバーも切って、正式な構内車両になったこともあって、助手席ブレーキを復活させておいたって、水野が言ってたよ。
よーし、それじゃあ、実際の指導を想定して、みんな最低3回以上は、助手席で、ブレーキを踏む訓練をしておこう。てか、3回だと、私ら5人で微妙だから、自分以外の4人の運転をブレーキで止めてみよう。
◇◆◇◆◇
私のパートは終わったぞ。
低速で止めても実際に即してないから、ある程度の勢いはつけて貰ったけど、柚月の運転が荒くていかんな……飛ばし過ぎなんだよ。助手席ブレーキの訓練なんだからさ。
そして、止められる方も、分かっていても、こう身構えちゃうよね。
なるべくそこを意識しないように、普通に運転するんだけどさ、でもって、ガックンって、なりたくないからさ、ついついね。
柚月が助手席か、よ~し、じゃあ、いくぞぉ~……行けぇ、全開号!
「マイ~、止める訓練だろ~! 飛ばし過ぎだろ~」
「うるさいやい! さっき私の時だって、柚月、力一杯、飛ばしてただろうが」
「このぉ~! 止めろぉ~!」
「止められるもんなら、止めてみやがれー!」
「おりゃぁ!」
急激にブレーキがかかって、停止した。
「へっへ~んだ! ブレーキの方が強いんだぞ!」
「このぉ~!」
柚月の、勝ち誇った顔がムカついたので、掴みかかっていった。
「やめろぉ~!」
よし、柚月を力一杯、揉んだり、つねったりしてやったぞ!
柚月め、反撃しようにも、こっちはシートの奥に隠れてしまえば、ハンドルや、メーター周りが邪魔して、手が届かないんだよぉ……未熟よのぉ。
そうそう、ハンドルといえば、この車のハンドルは、上下には、調整できるけど、前後は、調整できないんだよね。同じR32でも、少し違うみたいなんだよね。
最後に、ちょっと単独で教習車を運転してみると、やっぱり、このサッカーコート跡程度でも、パワーが無いな、とは感じちゃうよね。
GTEの時は、余すことはないなりに、それでも、余裕は感じられたけど、教習車は、余裕が無いかな……と思うよ。まぁ、走る分には充分だけどね。
GTS-tとか、GTS25とかに乗ってるから感じる、贅沢な悩みだと言えばそうだね。
ただ、1つ良いのは、ハンドルを切った時の反応が、案外良くってさ、こう、グイグイと曲がっていくのよ。何というか、ハンドルが軽いっていうかさ、そういう感じ? 何も改造とかしてないのに、凄くね?
後で訊いたら、それは6気筒から4気筒になって、エンジンが軽くなった事と、タイヤが細身だからじゃないかって、何となく、理論というより、直感的に分かるものがあるぞ。
なかなか教習車も面白かったぞ。でも、最初に言ったけど、R32の教習車はかなりレアらしいぞ。
当時から、ローレルや、ブルーバードに押されて、採用された所が、少なかったらしいよ。
よし、そろそろトンボ掛けして終わろう。
1、2年生は、来週から、あの教習車を使って、運転の練習もできるようになるから、期待しててね。
なので、月曜日の前半は、1、2年生で、あの教習車の整備と点検、後半は練習開始……といくからね。じゃぁ、かいさ~ん。
よし、3年生は、撤収準備で、トンボ号を……って、柚月のやつ、勝手に教習車で、走り回りやがって……コラぁ~! もう終わりだっての!
「マイ、やっちゃって!」
声がして振り返ると、優子が、ポンポンと、そこにある車を叩いて言っていた。
もう、仕方ない!
私は、GTEに乗ると、柚月の駆る教習車の後ろにピッタリとつけて、柚月を追い回した。
やはり、GTEの方が、ここ一発での余力が違う。柚月の教習車を追い越すと前に回り込んで止めた。
「柚月ー! 勝手に乗り回してんじゃねぇー!」
「痛い! 痛いよぉ~! マイに殴られたよぉ~」
「ウソつくな! 罰として、柚月は、グランド整備終了後に、教習車と、コイツと、プレミオの洗車ね」
「横暴だよ! サディストマイ!」
「うるさい! 今日何度、部長命令を無視したと思ってるんだい! もしサボったら、来週いっぱい、マゾ部員にするからね!」
柚月を洗車に向かわせてる間に、結衣がトンボ掛けを終了して、柚月の洗車をみんなで眺めながら
「サボるなよ~!」
「右の後ろが汚いぞ~!」
「ついでに、エッセとムーヴもやって貰おうよ~」
「タイプMと、ノートもな~」
とみんなでヤジを飛ばして、色々とあった1週間は終わりを迎えた。
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