第36話 墓荒らしとベルトキャッチ

 週が明けた。

 部活は、部車と、練習場所の問題が、解決してからは、順調に回り出した。

 下級生や、免許未取得組に、運転を練習させて、同時に競技車の準備、という作業もあるために、みんなが1つの目標に向かっている感はしてきている。


 そんな火曜日、部活終了後に、自販機コーナーにいた私のところに、柚月がやって来た。


 「マイ~、もう帰るの?」

 「そのつもりだけど、どうした、マゾ部長の柚月」

 「私は、マゾヒスト部じゃない~!」


 すっかり、マゾ部ネタで、いじるのが恒例となってしまった。

 

 「あのさ、ちょっと見て欲しいところがあってさ」


 と言うので、飲み物を買うと、駐車場にやって来た。

 柚月のGTS-4は、綺麗な状態を維持している。

 私たち3人のR32に共通しているのは、綺麗な状態が維持できているところだ。部にあるタイプMや、教習車の塗装の状態なんて、目も当てられない程ボロボロだ。GTEは基本的に綺麗だけど、左後ろのドアだけ、色合いが違っている。

 恐らく、そのドアだけ、ぶつけて板金したんだろうって、柚月が言ってたけど、それが、年式なりのR32の状態なんだろうと思う。


 柚月が運転席に乗って、私が助手席に乗ると、柚月が言った。


 「マイ、シートベルトしてみて」


 私は、不思議に思いながら、シートベルトを締めた……が、締まらない。ベルトのキャッチが、全く反応していないように見える。

 一度巻き取って、再度挿してみたが、同じことだった。……挿しこんでも“カチッ”という音と、手応えがない。……つまりは、キャッチが壊れているようだ。


 「壊れてるんじゃね?」


 私が言うと、柚月も


 「そうなんだよ~、壊れちゃってるんだよ~」


 と困った表情で言った。

 そして、柚月は更に


 「これだと、次の車検通らないし、助手席に人が乗せられないよ~」


 と言って、途方に暮れていた。

 私は、そこでピンとくるものがあり


 「それじゃぁ、週末にディーラーに行ってさ」


 と、提案すると、柚月は


 「行っても、もう新品は出ないよ」


 と、ぴしゃりと言って放った。


 「マジ?」


 私が言うと、柚月は黙って頷いた。

 それにしても困ったものだ。部には、お陰様で、嫌というほどR32がある状況だけど、助手席のシートベルトが、無しで良い車は無いので、供出できないな。

 せめて後ろの席だったら、部車のタイプMから提供できたんだけどなぁ……と思っていた時だった。

 私の頭の中に、ふと、よぎった光景があった。


◇◆◇◆◇


 土曜日の昼過ぎ、私は迎えに来た柚月の車の、後ろの席に乗って、ある場所まで向かっていた。

 さすがに、シートベルトができない助手席には、乗れないからだ。


 後席にゆったりと座りながら、足を組んだ私は、柚月に道を指示しながら、山道を進んで行った。

 実は、ここには、1~2度行ったことがあるので、場所は分かっている。


 「マイ~、態度がデカいぞ~!」


 運転しながら、柚月が、訝しげな表情で言うため


 「別にぃ、文句がおありなら、このままUターンで帰っても、宜しくてよぉ~。オーッホッホッホッホッホ!」


 私は、力一杯嫌味を言った。

 そうだ、今日の私は、柚月に対して絶対優位だ。なにせ、困った柚月に、案を与えたのも私ならば、解決のために必要な場所を、知っているのも私だからだ。


 「くぅぅぅ~!」

 「悔しい? 悔しいでしょ? オーッホッホッホッホッホ!」


 適度に、柚月をいじりながら、目的地に到着した。


 「こんにちはー!」


 私は、入口で挨拶すると、いつものおじさんが、やって来て


 「おおー、来たね。 あっちの方にあるから、帰りに声かけてくれれば、自由にやってて良いよ」


 と、気さくに言ってくれたため


 「ありがとうございまーす!」


 と言うと、柚月を連れてその方角へと向かった。

 ここは、水野がいつも部車を仕入れる際に利用している、自動車解体所だ。

 エッセも、ノートも、GTEも、ここに入る車を事前に教えてもらって、回してもらっているので、部とは、切っても切れない関係の場所なのだ。


 置き場を見ると、結構軽自動車と、プリウス、アクアが多い印象だ。

 軽自動車は、この辺の人の、下駄替わりなので、乗り古された感が強く、プリウスも、結構古いからなんだろう、綺麗な物でも置いてある。それに対してアクアは、大抵が、ぶつかっているか、ドアのところにテープが貼ってある、恐らく会社の車だったであろう物が多かった。


 そこを通り過ぎて、もう少し奥に行くと、一角を占めていたのが、スカイラインの一団だ。

 かなり古いモデルから、現行モデルの事故車まで、結構な台数がある。


 おっ、これって新しいやつだよね。ホラ、400Rって書いてあるから、あの、凄い速いやつでしょ。あらぁ~、左側から、ぶつけられちゃったみたいだねぇ~。

 これは、店長と同じ鉄仮面かな? でもって、前から見ると、この間、店長が、乗って来てたのと違うぞ。え? ここにあるのは前期型で、顔周りが違うって?


 ようやくR32があったぞ。

 今回は6台あるみたいだね。4ドアが2台の、2ドアが4台か。

 ベルトの受けは、4ドアでも同じっぽいけど、せっかくだから、妥当に2ドアから取っておこうよ。


 柚月、焦らないで、4台の中を全部見てから、一番程度の良さそうなやつを貰って行こうよ。内装を見ると、その車の置かれてた環境が、分かるらしいよ。

 ほうほう、ホントだ。R32のダッシュボードは、長年直射日光を浴びてると、熱で表面の接着剤が剥がれて、表皮が浮いてくるんだって。……6台中、4台が浮いてたね。

 じゃぁ、浮いてない2台のどちらかから貰っていこう……って、うち1台は4ドアだった、という事で、消去法で、この2ドアGTSからだね。

 あっ、オートマだ。私、R32のオートマって初めて見たよ。へぇーこうなってるんだね。メーターの左下のところに、P-R-N-D-2-1のポジションが点くようになってるんだね。


 まずは、助手席のシートベルトを伸ばして、挿してみて……と、“カチッ”っていったね。うん正常だ。

 早速外しちゃおう。前にシート交換したから、やり方は知ってるんだ。1度シートを外して、床から生えてるコネクターを外してから、シートの脇についてるキャッチを、メガネレンチで回して外す……と、その時、ついてるワッシャーの順番を、きちんと画像に撮っておいた方が良いよ。


 シートを元に戻して、完了っと。

 あれ? 柚月、もう帰っちゃうの? 折角だから、他にも何か持って帰るものとかないか、見て行かないの? おじさんも、シートベルトのキャッチ1つだけだと『いくらにしたら良いか、分かんねぇよ』とか言って、困っちゃうよ。

 え? オーディオが外されてたから、交換したいって? でも、ここにあるオーディオで良いの? え?社外品用の配線キットがあれば、一緒に貰って行こうかな?


 オーディオが付いてないようなのは、社外品組んでたのだろうね……でも、配線キットごと外していってるね。……あれ? 柚月、どこ行くの?

 柚月~、そっちは違う車の場所だよ……って、柚月は、薄いグリーンの車のドアを開けて、何やらやってるよ。


 どうしたの、柚月。え? 同時期の同一メーカーのコネクターは一緒だから、これでいいんだって? この車、シルビアって書いてあるね。

 私的に言うと、こっちの車の方がカッコ良くて、外見のデザインは好きだね。ゴツさは無くても、洗練された感じがあって、スマートっていうのかな?

 シートの形とか、ダッシュボードの感じも、柔らかい感じがしてさ、好きだよね。スカイラインが、男っぽいのに対して、シルビアは女性っぽい感じかな。


 外し終わった? あぁ、私にも分かったぞ。柚月、スピーカーを狙ってるね。折角だもんね。色々貰っていきたいもんね。


 ◇◆◇◆◇


 捜索が終わった。やっぱり2時間くらいかかっちゃったよ。

 なんのかんの言っても、必要な物を探すと時間がかかっちゃうんだよ。

 結局、スピーカーは見つからなかったが、柚月はアクティブバイパスアンプと、タワーバーといって、エンジンルームに渡している鉄棒を外してきた。

 タワーバーって、赤いやつで、私のとお揃いだね。え? それは純正オプションで今や入手困難だって?

 その、アクティブバイパスアンプって、なに? R32のオーディオを社外品に替えると、アンプが動かなくなって、リアスピーカーが鳴らなくなるから、これを使うんだって? そうなの? 今度、私の車も見てみよう。


 おじさーん、お願いしまーす。

 うんうんと、外したものを見ながら、2000円だって。それって安くない? え?学生割引だって。ありがとうございまーす。え? 自動車部には、いつも買って貰ってるって? そんな事ないですよぉ、こちらこそ、助かってます。


 解体所の駐車場で、シートベルトのキャッチと、タワーバーを取り付けると、今度は、助手席に乗って街へと向かった。


 「マイ~、ありがと~。助かったよ~」


 柚月が言うので


 「そうそう、これで柚月は、一生、私の奴隷だからね」


 と、勝ち誇った表情で言うと


 「調子に乗るな~!」


 と言って、左手で殴ってこようとしたため、その手を捕まえた。

 それにしても、車の直し方には、頼る場所や手段は色々とあるんだなぁ……という事を、改めて実感すると共に、この奥深さに、少しだけ面白さを感じた、自分に気がついた。……いけない、いけない! 私は、こんな車に、楽しみを見出してる場合じゃなかったんだ。

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