第34話 手巻き寿司とHNR

 木曜日の朝が来た。

 昨夜、バイト中に入ったLINEで、動きがあったので、その後、直電で、各自に早朝ミーティングを言い渡したのだ。


 「用意できた?」


 私が言うと、優子が


 「出来なかったら、連絡するでしょぉ」


 と言うので、ホッと安心した。

 みんなも頷いた。

 決戦は、放課後だ。


◇◆◇◆◇


 「なんで、今日3年生だけ、部室で活動なの~?」

 

 5人で部室に向かいながら、柚月が訝しげに訊いた。


 「実はね、新しい部車が来たの。ちょっと特殊な車だから、水野から説明があるんだ」


 私が説明すると、柚月は、何を今更……といった顔になった。

 今日、新たな部車が来るのも、それがちょっと特殊な車であることも事実だ。

 免許のない部員が、大半を占める我が部では、必要な車だろう。


 しかし、3年全員に説明会が必要だというのは、嘘だ。

 事前に柚月以外は、朝礼前に水野から訊いて理解している。


 第二体育館の部室のドアを開くと、柚月の前にいた私と優子は飛び退き、柚月の後ろにいた悠梨と結衣は、柚月の背中を思いきり押した。

 ドアを開けると同時に、天井から吊られていたモップと

 『柚月 おめでと~!』

 のプラカードが、柚月目がけて飛んできて、直撃した。


 このトラップの主目的は、プラカードではなく、柄を向けたモップだ。

 プラカードに目隠しされた柚月が、反応が遅れている間に、モップの柄が、高速でみぞおちに決まる。

 見事に決まった柚月は


 「ごふっ……ゲホッ、ゲホッ……」


 と、うずくまりながら動かなくなった。

 そこをすかさず、4人で一斉に、襲い掛かった。


 結衣と優子が、手足をロープで縛り、悠梨は、口にガムテープ、私は、縛られた柚月を、布団でぐるぐる巻き……だ。

 結衣と優子は手早く完了。柚月は身動きが取れなくなった。そして、私も手巻き寿司の要領で、柚月を布団でぐるぐる巻きにして、ロープで結んで完了。


 「ゲホッ……放せ~、ゴホッ……解けよぉ~、人さらい~!」


 悠梨だけが手こずっていて、柚月が騒いでいる。

 

 「悠梨! 何やってんだよ!」


 結衣が、イライラしながら言ったが、悠梨は


 「だって、柚月が口閉じないからさ、貼れないんだよ!」


 と、反論した。


 「みんな! やっちゃうよ」


 優子が言うと、私たちは、柚月の口を手で押さえた。


 「うう~! むう~!」


 その隙に、悠梨がガムテープをちぎって、柚月の口に貼りつけると、結衣が


 「1枚じゃダメ! もっと重ねて貼るの!」


 と言うと、3枚重ね貼りして柚月を黙らせ、目隠しをしてから、4人で手巻き寿司状態の柚月を抱えて、第二体育館の出口に止めておいた新しい部車のトランクに放り込み、私が運転で、結衣が助手席、優子と悠梨が後席に乗り込むと出発した。

 新しい部車には、まだナンバーがついているため、校門から、山を下って、町はずれにある、例のタレントショップ跡までやって来た。


 すると、既にやって来ていたトラックの横に、車をつける。

 バックで、建物のエントランスまで下がっていき、停止すると、私たち4人は外に出て、トランクを開けた。


 中の手巻き寿司は、暴れながらも外に出された。

 結衣と優子に言われた通り、布団でぐるぐる巻きにしておいて正解だった。ここまでくる最中も、柚月は、狭いトランクの中で盛大に暴れるもんだから、布団がなかったら、怪我しちゃってたよ。


 ガムテープを剥がすと、柚月は喚き始めた。


 「何処に連れてく気だよー! 解けー! 放せよぉー! 大体、なにが『おめでとー!』なんだよぉ!」


 私は、柚月の足のロープを解いて、それのある場所まで歩かせた。


 「なにするんだよー! マイのサディスト! 優子のブス! 結衣のデブ! 悠梨のバカ! みんな絶交してやるからー、覚えてろよー!」 


 柚月は悪態をつきながら、本気で怒っているようだ。

 ただ、柚月も、イタズラを仕掛ける側なら、このくらいの事は平気でやってしまうので、質が悪いのだが。


 それの目の前まで来た時に、みんなで一緒に


 「せ~の!」


 の掛け声とともに、柚月の目隠しを外し、ロープを解いた。


 「あ……」


 柚月は、目の前の物を見ると、思わず絶句してしまった。

 目の前には、青の混じったグレーの2ドアクーペが止まっていた。

 車種は、見慣れたR32スカイラインだが、色が違うだけで新鮮に見える。私が赤、結衣が黒なので、こういう中間色の物は見慣れないだけに、全く違う車にも見えてしまう。


 ウインカーランプの色と、ライトの目玉の大きさで、私と同じ前期型だという事が分かる。

 私との違いと言えば、外観上はトランクについているステッカーくらいだ。そのステッカーには「GTS-4」の文字があった。


 優子が、柚月の横に立つと、言った。


 「マイのお兄さんが、探してきてくれたんだよ。広島にあって、さっき、ここまで届いたばかりなんだからね」

 「ホントなの……マイのところで……見つけてくれたの?」


 柚月が言って、私が頷いた。

 月曜日の夜に、兄貴に言ってみて、探して貰った結果、兄貴のレース時代の繋がりの人の伝手で、たまたま高齢の人が手放す車が見つかったそうだ。


 兄貴曰く、この条件だと、非常に見つかり辛いらしい。

 現役当時、GTS-4は高価で、気軽く買えるようなものではなかったらしい。それでも、一定層の需要はあったらしいけど、大半のケースは、降雪地在住で、スパイクタイヤが禁止されたために、FRのスカイラインに乗れなくなった人が、長く乗るから、と4ドア車を購入するケースが圧倒的に多かったそうだ。


 なので、兄貴にも、水野にも、4ドアに妥協するか、GTS-4であることを諦めてタイプMにするなら、すぐにでも見つかる……と言われたのだが、そこを妥協せずに、柚月の希望通りの物を探して欲しい、と無理を言って探して貰ったのだ。

 並行していた水野の方では、さすがに時間が足らずに、引っかからなかったため、タマのあるこっちを優先で、持って来て貰ったのだ。


 私はドアを開けると、柚月を押し込んで、強引に運転席に座らせた。

 柚月は、ゆっくりと操作をすると、駐車場をぐるっと5周ほどして戻ってきた。

 外から見ていても、何となく分かる。このGTS-4の凄さを。

 カーブを曲がる際などの一部に、明らかに前輪が駆動しているのが、私にも分かるのだ。


 このパワーを余すことなく使えるのが、この車の強みなんだ、と思うと、R32という車には色々な一面があるんだな……と素直に感心した。

 私のタイプMのようなものもあり、部車に来たGTEのように、バランスの取れた動きをするもの、また、このGTS-4のように、速さと安定性を両立させるもの……まさにバラエティに富んだ顔があって、私は、この車の奥の深さに、兄貴が何故、この車を選んだのかが、分かったような気がした。


 GTS-4から、柚月が降りて来た。


 「どうだった?」


 私が訊くと、柚月はいきなり下を向いて


 「うう~~~~!! みんな……ゴメンなさい! 酷いこと言って~」


 と、泣き出しながら言った。

 さすがに、泣かれても困るので、私は、柚月の肩を抱いて支えてあげると


 「そうじゃなくて、どうだった? って、訊いてるの」


 と言うと、柚月はまだ喋れないのか、何度も頷くだけだった。

 しばらくすると、ようやくグズグズと、鼻をすすってから


 「良かったよぉ~。これ、買うよぉ~」


 と言うと、私に抱きついてきた。

 まぁ、正直、これで決めなきゃタイムアップだ。

 さすがに、もう1台、2ドアのGTS-4を探してくるのは、残された時間を考えると、兄貴や水野でも、無理だろう。

 なにせ、兄貴ですら、見つかったと連絡があった時、「あったの?」と言って、驚いたくらいだったらしいから。


 そして、そこで、悠梨が、意地悪く柚月に訊いた。


 「柚月~、ホントにこれでいいの? 色とか、装備が気に喰わないとか、ない訳ぇ?」


 すると、私に抱きついて、私の胸に顔を埋めていた柚月が、悠梨の方を見て言った。


 「これが良いんだい! フルエアロで、サンルーフまでついたGTS-4なんて、希望通りだよ」


 そして、私の方へと向き直ると、上目遣いで、私を見ながら


 「マイ~、ホントにありがと~」


 と、言った。

 結衣の時と同じように、私の心の中に、大きな喜びが湧いてきた。


 柚月は、学校までバイクで来ているため、GTS-4は、ひとまず私の家に届けてもらうことにして、トラックに載せられると、出発していった。

 そして、私たちは、学校へと戻る事になったんだけど、柚月が


 「え~! 新しい部車って、コレなの~?」


 と驚くので、私は


 「これからの部に必要だからね。水野が、見つけてきたんだ」


 と言うと、全員が車に乗り込んだ。

 ところが、乗った途端、後ろの席から


 「なんか行きより狭いんだけどー!」


 と、結衣のブーイングが聞こえてきた。

 行きは、柚月がトランクに入っていたので、4人で室内が適正だったのに、帰りは5人になったからだった。


 「えー! えー! 私はどぅーせ、デブですよぉーだ!」


 結衣は、後席中央に座る柚月の顔を見ながら、そう言った。

 さっき、マジでキレた柚月が、勢いに任せて言ってしまった言葉に、結衣が傷ついたんだ。

 柚月は、非常に気まずい雰囲気の中で、学校までの道を戻る事となった。

 

 

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