第33話 練習場とハイキャスキャンセル

 翌日、放課後の部室にみんなを集めると、遂に発表をした。


 「みんなに朗報! 遂に校内で自動車部専用の練習場ができたよ!」


 と言うと、みんなが一斉に色めき立った。


 学校側と、水野とが、以前から折衝していたのだが、練習場が学校の敷地外になると、ナンバーの無い部車の移動や、免許取得前の部員の運転練習等、コンプライアンス違反になってしまう面がある事と、練習中の騒音や、砂埃の飛散等のの問題が相反していて、なかなか纏まらなかったのだ。


 しかし、サッカー部と、ハンドボール部が、以前より切望していた、屋内練習場が完成して、4月いっぱいで移転したため、第二体育館隣にある、その場所の使用許可が下りたのだ。

 さすがに、部員が総勢36名になった今となっては、学校も無視はできなかったというところだ。


 ただ、条件としては、整理整頓をしっかりする事と、砂埃の飛散防止をする事というものがあったため、2、3年生で話し合った結果。

 使用前には、散水車で水まきをし、終了後は、グラウンド整備車を使って、トンボ掛けをするという計画書を提出して、許可を貰った。

 散水車って、専用のがあるけど、当然、買うお金などないので、ムーヴのバックドアを全開にして、後ろに乗った2人が、ポリタンクの水を撒きながら1周し、トンボ掛けは、プレミオの後ろにトンボを2機掛けして、何周かする……という、ある車を無駄にしない計画が完成したのだ。


 結衣がムーヴを運転し、私と柚月が、バックドアを開けて、ポリタンクの水を少しずつ撒いた。

 オイルジョッキの先端のようなものをつけて、ポリタン8個分を撒いたのだが、なかなか均等に撒けないのと、安定が悪いので、落ちないような工夫が必要だという事で、柚月と意見が一致し、今後、対策を考えることとなった。


 そして、記念すべき練習場の第1回目の練習車は、昨日来たばかりのGTEと、元からいた部車タイプMの乗り比べだった。

 私が、第1走目でGTEに乗ってみた。

 元、サッカーコートだった場所だったので、結構広く、外周をぐるぐると、2~3周しただけでも、結構なスピードになり、この車の癖というか、走り方の特徴のようなものが分かった。


 このGTEという車は、乗りやすい。

 タイプMだと、発進時に、ワンテンポあるようなパワーの波がなくて、発進から、たっぷりとしたパワーが、まんべんなく続く感じがするのだ。

 その代わり、タイプMが、あるところから、引っ張られるかのような、豪快なパワーの爆発感があるのに対して、GTEはそんな感じではなく、穏やかにパワーを出し切っているような、そんな印象を受けるのだ。


 そして、FRっていいなと思わせる、素直な操縦性も、この車の良さを際立たせていると感じた。

 程よく、穏やかなパワーと、FRによる素直な操縦性で、練習には、うってつけの素材だと、素直に思えた。未舗装なこともあって、私の運転でも、リアタイヤがスライドして、それを見た後輩たちから、黄色い声援があった事も、楽しさを倍増させた。


 「どうだった?」


 走り終わって、降りて来た私に、優子が言った。


 「凄く乗りやすい。それに、楽しいよ。これ、マジで面白いし、練習にはピッタリだよ」


 と私が言うと、柚月が、わざと私にぶつかって、押し退けてから


 「マイ~、どけどけ~! 次は私が乗るんだい!」


 と言うと、勢いよくGTEを発進させた。

 2周ほどした時、柚月は、勢いよく外周のカーブに差し掛かって、そのままスライドさせながら、ドリフト状態で、カーブを抜けていき、またして、後輩たちからの声援を受けていた。


 「へっへ~んだ! 私の手にかかれば、このくらいは、お手のもんよ」


 降りて来た柚月は、得意気に言ったが、すかさず悠梨と、結衣に


 「卒検落ちたくせにな」

 「だからマゾなんだよ」


 と、言われて


 「私はマゾじゃないぞ! それと卒検は関係ないだろ~!」


 と、いつもの調子で、寸劇が始まっていた。

 次に乗った結衣は、安定した危な気ない走りを見せ、この車のバランスの良さを褒めちぎっていた。

 曰く、GTS25も中低速はあるけど、それとは質の違う、滑らかさがあると言っていた。


 次に、部車タイプMを私が走らせた。

 今までは低速走行しかさせた事のない、部車を初めてまともに運転することになったので、普段からタイプMに乗っているので、期待と不安が入り混じった、複雑な気持ちでスタートさせた。


 低速域が心許ないのは、私のと一緒なのだが、それでも、私のよりも、低速の無さが際立っているような気がする。

 そして、それがしばらく続いた後に襲ってくるパワー感も、私のより際立っている感じがする。

 何というか、完全な二面性で、その落差の激しさは、乗りこなすのは、難しそうだと、素直に感じさせた。


 そして、操縦性にも、私のとの違いが感じられた。

 外周を回りながら、ハンドルを切り込んだ際の反応が、粘らないというか、棘があるというか、そういう感じなのだ。

 更に2~3周してみたが、それは変わらず、やはり私のタイプMとは、似て非なる車だと思わされて、車を降りた。


 「どうしたんだよ~! マイで独占して、私に乗らせないつもりか~」


 柚月が言ったが、私は思った通りの感想を言うと、柚月が考え込むような仕草をしながら


 「このR32、ハイキャスキャンセルかもね……」


 と言うと、部車に乗り込んで、これまた勢いよくスタートした。

 ぐるぐると、数周してから、最後の1周はペースを上げて、これまた豪快にリアをスライドさせながら、止まって降りてくると、後ろ側から下を覗き込んで


 「やっぱりハイキャスキャンセルだよ」


 と言ったが、私には意味が分からなかった。

 結衣が走る間、柚月が説明してくれた。


 「R32は、GTSタイプS以上の車には、ハイキャスっていう、後輪を微妙に操舵するシステムがついてるの。だからマイのも、結衣のも、ハンドル操作に対して、ほんの少しだけ、後輪が切れてるんだよ。だけど、一部の人からは、その感覚が苦手だって言われて、社外品で、キャンセルさせるパーツが出てるんだ~」

 「あのR32には、それがついてたの?」

 

 私が訊くと、柚月は、ニヤッとして、ブイサインをすると、言った。


 「さっき、後ろから床下覗いたら、ハイキャスキャンセルロッドがついてたよ~。このR32の抹消謄本見ないと、だけど、恐らく、構造変更取ってると思う」

 「なに、コウゾウヘンコウって?」


 私が訊くと、柚月は言った。

 

 「ハイキャス付きは、4輪操舵で、国に届け出てるから、勝手に2輪操舵に変えるのは本来ダメなの~。だから、変える時は、届け出ないと車検に通らないの~」

 「へぇ~」


 と言っている間に、結衣が帰ってきて、やはり違和感を訴える結衣に対して、柚月と、ハイキャスについての説明をする事になった。


 残った時間は、1、2年生に、免許取得者が同乗で、運転の方法をレクチャーしてみたり、悠梨や優子の、運転の状況を私たちが見たりしながら、自動車部の建前である

『安全運転を目的とする、運転方法を指導し、その結果として、競技にて優秀な成績を収める』

 という理念に合致させる活動をしてみた。


 しかし、私の今日の活動で、印象に残った事といえば、部車のタイプMに対するちょっとした違和感と、GTEに、もう1つのR32の顔を見たような、目からウロコな感覚であった。

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