第32話 気遣いとGTE

 一夜が明けた。

 柚月を除いた4人は、私の号令で、少し早く学校にやって来た。

 昨日、私が、グループLINEでなく、個別にメールで事情を説明したのだ。

 重い雰囲気の中、口を開いたのは悠梨だった。


 「で、どうなの?」

 「条件的には、かなり難しい。柚月の妥協できないポイントが2つあってね。その2つが重なると、結構壊滅的だよね」

 「その、2つのポイントって?」


 優子が質問して、私が答えると、一同騒然とした。


 「それは、結構きついな……」


 結衣が、厳しい表情で言った。


◇◆◇◆◇


 その日のみんなは、いたって普通に過ごしたが、柚月の元気が、心なしか失われているような気がした。

 放課後になると、打ち合わせ通りに、次に誕生日の来る悠梨が、柚月に、免許の対策を教えて欲しい、と言って、柚月を教室に釘付けにし、その間に、私たちは、職員室の、水野の元へと向かった。


 「あぁ、昨夜の依頼の件だが……」


 水野は、頭をボリボリと掻きながら、続けて


 「昨日の今日では、まだ皆無だな。どこか1点だけでも、妥協ができると、話は変わってくるんだが……まぁ、出来ないから、君たちが雁首を揃えて、来ているんだろうからな……」


 と言った。

 やはり、難しいかぁ……と、みんなが諦めの表情になっていると


 「そう悲観することはない。まだ、数日の猶予があるし、私も、困難な条件で、あればあるほど燃える方なので、最後まで、頑張ってみるよ」


 と、珍しくやる気になって、みんなを元気づけていた。

 そして、電話がかかってきたので、退出しようとしたところ、待つようにジェスチャーをされ、電話が終わると


 「ちょうど良かった。新しい部車がやって来たところだ。頼むよ」


 と言われ、みんなで校門へと向かった。

 

 校門には、前回と同じレッカー車がやって来ていた。

 これまた前回と同じく、1台をレッカーで引き、もう1台を荷台に載せているのだが、今回は、2台ともが部車なので、おじさんは、2台ともを降ろすと、片付けをしつつ、水野と話しを始めた。


 「失礼しまーす」

 「いつもありがとうございまーす」


 おじさんに元気よく挨拶すると、私は手近にあった車に、優子と一緒に乗った。

 第二体育館裏まで、ゆっくりとやって来ると、やはり、下級生たちの、注目の眼差しに迎えられた。

 車を止めて降りると、私は、下級生の前で言った。


 「みんなー! ちゅうもーく! 待望の新しい部車が2台追加になったよー!」


 と言うと、みんなが一斉に、キャーキャーと狂喜乱舞した。


 私の乗ってきた方の車は、日産ノート16RZ。

 一般的な2つ前の型のノートとは違い、1600ccと、5速マニュアルを組み合わせたスポーツグレードだ。

 マイナーだが、これなら、レギュレーション上、学生の大会にも出場できる車だ。ただ、濃いグレーのボディなのだが、ぶつかったために、左のフロントと、バンパーが銀色の物に変わっている。


 そして、もう1台は、R32の4ドアセダン。

 シルバーの後期型で、綺麗な車体だ。そしてトランクに「GTE」とエンブレムが付いている。


 「これ、ワンカム車だね」


 優子が言ったが、なんのことやら分からないので、優子が説明しようとしたところ、第二体育館から、悠梨を羽交い絞めにしながら、柚月が登場して


 「諸君、説明しようじゃな~い」


 と言うと、ガレージにあったホワイトボードで説明を始めた。


 R32には、基本、6種類のエンジンがあるそうだ。

 最高峰が、GT-R専用の、2600ccのツインターボエンジンで、表向きは280馬力。

 次に、GTS-t系、GTS-4用の、2000ccのツインカムターボエンジンで、215馬力。

 後期型で追加のGTS25用の、2500ccのツインカムエンジンで、180馬力。

 GTS系用の、2000ccツインカムエンジンで、155馬力。

 ここからは、4ドア専用で

 GTE専用の、2000ccシングルカムエンジンで、125馬力。

 GXi専用の、4気筒1800ccシングルカムエンジンで、91馬力。


 販売の中心は、4ドアのGTS系だったようだが、GTS系に載るツインカムエンジンは、ツインカムらしく高回転でパワーが出る反面、中低速は苦手という性格があったようだ。

 しかし、GTEに載るシングルカムエンジンは、中低速が厚く、街乗りが、とてもしやすいエンジンという事で、通にはベストバランスと呼ぶ人もいるらしい。


 「つまりは、練習車にピッタリの、手の内に収まるパワーのR32ってことだよ~」


 と、柚月は、続けた。

 私は、説明を終えた柚月の方へと近づくと、柚月は突然、私にヘッドロックをすると


 「マイ~、また私にだけ、新しい部車を隠そうとするなんて、ズルいんだよ~!」


 と、いつもと変わらない様子で言った。

 私は、それを汲んで、反論した。


 「うるさいやい! 遅刻したのは柚月だろ~。どうせ、マゾヒスト部に寄ったんだろーが!」

 「私は、マゾヒスト部じゃないやい! 悠梨を使って、遅刻させたくせに」


 柚月が言うため、悠梨の方を見ると、悠梨は両手を合わせて『ゴメン!』のジェスチャーをしていた。


 「悠梨が、同じことを繰り返し聞いてくるから、おかしいと思って、くすぐりの刑にしたら、あっさりと吐いたぞ!」


 柚月は、悠梨を捕まえると、こちらへと連れて来て


 「さぁて、裏切り者の、悠梨とマイを、どうしてやろうかぁ~!」


 と言うと、こちらに向かって来ようとしたが、優子がやって来て


 「ユズ、ダメだよ!」


 と言うと、柚月は、みんなに頭を下げて


 「ゴメン! みんなに心配かけて~、それから、ありがと~。みんなで、水野に当たってくれたんでしょ~」


 と言った。

 結衣は間髪入れずに言った。


 「分かれば良いのよ! 黙ってコソコソするのはやめなさいよね」

 「そうだよ。私たちだって、出来ることがあるんだよ」


 優子もそれに続いて言った。

 なので、私は


 「でも、みんな本当は、柚月がマゾ部に行けばいいのにって思ってるだけよ」


 と言うと、柚月は私に飛び掛かってきて


 「マゾヒスト部なんて、ないやい~!」 


 と言うと、みんなと一緒に笑顔になった。


 別に、状況は何も変わっていないけど、みんなが一緒になって頑張っている姿に互いが満足しているし、互いに嬉しさがこみあげている。なんか、結果が出た後より、今が一番楽しいような気がしてきた。


 「さて、今度の部車をどうしようかね」


 今日は、エッセのフロントブレーキパッド、ローター交換と、オーバーホール、元からある部車のR32を、1、2年に任せて、私たちは、新しい部車の今後について打ち合わせた。


 「でも、ノートは競技も念頭に入れた部車ってことだろう?」


 結衣が言った。


 「そう、かなり車種的にはマイナーだけどね。それにFFの部車と言う意味でも意義があると思うよ」


 私が答えた。


 「問題は、このGTEだね~」


 柚月が言うので


 「さっき柚月が言ったように、FR練習用だよね。あっちのタイプMは、初心者には、パワーがあり過ぎだろうから、こっちで練習ってのが理想的だよね」


 と答えた。


 「低速でしか乗ってないけど、結構乗りやすかったよ」


 と結衣が、太鼓判を押したので


 「まずは、明日、みんなで乗ってみよう」


 と、私はみんなに言っていた。


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