第31話 検索と本当の気持ち
柚月を車に乗せて、街へと向かっている。
やはり、柚月も、結衣と一緒で、私の車のホイールと、シートに対してツッコミが容赦なかった。
「なんで、マイの家の納屋に、34GT-Rのシートがあったんだよ~!」
「別に兄貴が置いてたんだから、仕方ないでしょ」
「辞退しろよ~!」
「したところで、中古パーツ屋に売りに行くだけで、柚月に、権利は発生しないから」
「くそぅ……マイめぇ~、今度マイのバイト中に、店に毛虫放してやる」
「やってみろぅ! そしたら小豆の鍋に放り込んで煮てやるから」
「くぅぅ~!」
柚月は、私たちのパワーバランスの中で、口では私に勝てない。
いや、実際のところはどうなのかは知らないが、そういう事になっているので、それ以上は反論してこない。
このところの柚月は、少しおかしい。
ちょっとナーバスに過ぎる気がするのだ。
この間は、卒検に落ちた焦りが、タイミングの妙で結衣にぶつかっていっただけだと思っていたのだが、今日の柚月も、妙に結衣や私に絡んできている。
恐らく、原因はコレだろう。なので、私は言った。
「柚月、車の事でしょ、どうするの?」
「別に……」
柚月は、プイッと外を向きながら言った。
間違いない。図星を突かれた時の柚月の反応だ。
なので、私は畳みかけるように言った。
「だったら、悠梨の言う通り、プレミオあげるよ。アレ邪魔だけど、校長の手前捨てられないし、でも、今週新しい部車が2台入るからさ、助かるよ!」
「いらないやい!」
「どうでもいいんだったら、貰ってってよ。部員として部に貢献するのは、当然じゃん? 私と、結衣は、車あるから貰いたくても、貰えないし」
「だったら、優子か悠梨に、あげればいいじゃん!」
「あの2人が免許取るまで、悠長に待ってられないもん。ね、決まり!」
「いやだい!!」
まくし立てると、柚月は声を大きくして言った。
柚月をよく知らない娘たちは、柚月がこんなになると、ビビってしまうだろうが、私と優子は、子供の頃からの付き合いだ。柚月の扱いは心得てる。
私は、すかさず言った。
「だって、『別に』なんでしょ! あげるって言ってるのに、なんで文句言うのよ! どうせ優子は『速い車』って言うだろうし、悠梨は『シャレオツなの』って言うに決まってるもん。消去法で柚月に、けって~い!」
「私も、欲しい車があるんだい!」
遂に本音を言ったか、私は、諭すように言った。
「柚月のそういうところ、良くないよ! 小学生の時だって、事前には、何も言わなかったくせにさ、遊園地行ったら、柚月だけ不機嫌でさ、後で『動物園に行きたかったのに』とか言ってさ。柚月の考えてる事なんて、他人は知る訳ないんだからさ! きちんと最初から言いなさいよ!」
柚月は、下を向いて押し黙っていたが、絞り出すように言った。
「もう、時間がないんだよ」
「えっ!?」
「もう、時間がないんだよ! 今週中に、車を決めないと、お爺の車、置いていかれちゃうんだよ!」
私は絶句した。
柚月の家は、格闘家の父親が、道場やジムをやっているが、元々は、師範だったお爺さんの持ち物だったと訊いている。
ちなみにそれらは、父親の代でお終いで、柚月も、東京で働いているお兄さんも、継がない事は決定しているそうだ。
ただ、お爺さんは、それは別としても、柚月の事を子供の頃から溺愛しており、家に寄るたびに、プレゼントを置いていったり、出かけると言えば、柚月を送り迎えし、行った先でも入口で微動だにせず待っているような、ちょっと困ったお爺さんなのだ。
ちなみに、プレゼントに関しても、サプライズ好きな性格から、事前に柚月の好みを訊かないで、買ってくるために、柚月の欲しくない物が、高確率でやって来るのだ。
柚月の通学用のメイトを買ったのもお爺さんだ。
柚月は、ホンダのCB125Rが欲しくて、柚月の両親も、ちょっと高いが、進学校への入学祝として買ってくれることになっていたのだが、いつの間にかお爺さんが何処からか買ってきて、柚月にと贈ってしまったそうだ。
う~ん……柚月のお爺さんって、正直、めんどいからなぁ……なにせ、芙美香ですら、嫌がるからなぁ……。
子供の頃から、柚月の持ち物とかに、変なものが混じってる時は、大抵、このお爺さんが原因だしなぁ。しかも、捨てたり、あげたりすると、ショックで物凄く拗ねるらしいんだよね……困ったもんだよ。
もし、車なんかあげたりした日には、柚月が結婚しても、持ってなきゃならなくなりそうだしなぁ……。
確か、柚月のお爺さんの車って、黒くて大きなセダンだったような……。
「センチュリーだよ!」
「え?」
「お爺の車、センチュリーなんだよ! あれは、後ろの席に乗るから良いんであって、あれを運転するのなんて、運転手の仕事でしょ! 嫌だよ!」
あぁ~、困ったぞ。
だから、先週から、ずっとおかしかったんだな。
そうか、下手したら、自分はバイクに続いて車まで諦めなきゃならない時に、結衣がR32なんか買っちゃったから、面白くないよね。
私は、道路わきの自販機コーナーに車を止めると、柚月の方を見て言った。
「それで、どうするの?」
「だって……」
と言って、誤魔化そうとする柚月の手を、ガシッと掴んで、下に降ろすと
「『だって』じゃないの! 柚月がどうしたいのか、それが全てでしょ。それに対して、今、どうなってるの? 話しなさい!」
と強い口調で言うと、柚月は下を向いて、小さな声で言った。
「私は、お爺の車なんて欲しくないよぉ。でも、探してるけど見つからないんだよぉ……」
「何が欲しいのよ?」
柚月の返事を訊いて、私には、分からないなりに、それが非常に難しいことは分かった。
でも、だからと言って、何もしないというわけには、いかないという思いだけは、物凄い勢いで湧き上がってきた。
柚月には小さい頃から、色々と助けて貰っている。まぁ、こちらからも、助けてはいる訳だけどさ……だから、ここまで困っている柚月を、見捨ててはおけないのだ。
私の頭の中には、2人の人物しか頭に浮かんでこなかったが、柚月に訊いた。
「水野には訊いたの?」
柚月は首を横に振った。
「なんでさ、結衣の時は、柚月も賛成したのにさー」
私が言うと、柚月は
「だって、お店で探して貰っても、見つからないんだよ。素人の水野に、探せるわけないじゃん! 今週中にだよ」
と言うので、私は、柚月の両頬を両手で挟んで、こちらを向かせて言った。
「それでも、何でも使って探すのが『本気で探す』って、ことでしょ! 柚月は、全然本気出してないじゃん。それでまた、勝手に自分で抱え込んで、勝手に諦めてんじゃん! そんなの甘ったれてるよ」
「甘ったれてないもん!」
「いーや! 甘ったれてるね。柚月は結局、全力出してないくせに、出したフリして、みんなに慰めてもらいたいだけなんだよ! 失敗するのが怖いからって、逃げてさ」
柚月は私の手を振りほどいて、外に出ようとしたが、山の中に止めた、私の車の中から逃げても、どうしようもないことに気付くと、下を向いて
「くぅ~~~~~~」
と言うと、泣き出してしまった。
柚月は、体力はあっても、泣き虫であることは、子供の頃から変わらないのだ。
私は柚月の背中を優しく撫でると、言った。
「少しはさ、私らを頼りなよ。柚月が悩んでるのに、頼って貰えないなんてさ、私ら全員悲しいよ」
柚月は泣きながら頷いた。
◇◆◇◆◇
「どう?」
私は、家に帰ると、兄貴に声を掛けた。
水野には、後で連絡するとして、私は思い出したのだ。
兄貴には昔から、すぐに何処からか、中古車を引っ張って来るコネクションがあることに。
昔の兄貴は、最大で、週に4台車を潰して乗り換えていた記憶があり、いつも、翌日には次の車がやって来ていたのだ。
それに、東京に行った初期の頃は、結構、クルマ関連の業界に、どっぷりと浸かっていたので、その頃のコネもあるのではないか? と思ったのだ。
「そこまで細かいと、ちょっと約束できないけど、今から、ちょっと当たってみる」
兄貴は、私に、車関連のお願いをされるとは思っていなくて、ちょっとビックリしていたが、そう言うと、すぐにどこかに連絡してくれた。
柚月のために、使えるコネは、すべて使う。
私は決意するとスマホを取り出した。
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