第30話 怪力とマフラー
週明けの学校へとやって来た。
兄貴と片付けたおかげで、ようやく、広々と使えるようになった納屋から学校までの道すがらだけで、この車の変化が物凄く感じられた。
ハンドルを切った時の、横傾きが減った事や、ハンドル操作のシャープ感が上がったし、そして何よりシートが変わったことによって、視点が少し下がったのと、車との一体感が増した感が強くなったことが、最も大きな変化だった。
確かに、クッションの厚みが減ったんだけど、必要な分は、しっかりとバウンドするし、包み込んでもくれるので、よくできてるし、リクライニングが、ダイヤル式になったからなのか、凄く微妙な位置へのリクライニングが決まるようになったのが良いなと思う。
ほら、レバー式のやつだと、自分に一番良い位置に決めたんだけど、体重掛けたら、“カチン”とかいう音がして、ズレた位置に決められちゃうことってあるじゃん。それが、無くなってイイ感じなのよ。
なんか、包まれ感が強くなったって言うのか、一体感があるって言うのか、今までと違った感覚になって、運転が、上手くなっちゃったような錯覚に陥っちゃったよ。こりゃ参ったね。
そして、車を降りてからも、ちょっと今までとの違いに思わず振り返りたくなっちゃうんだよね。
昨日兄貴と交換したホイールは、金色でさ、私的に、このワインレッドに金色のホイールだと、控えめながら、しっかりと足元が主張するって言うのかな? ちょっとつい、2度見したくなっちゃう外観に、生まれ変わった感じなんだよね。
うん、今日帰ったら、洗車しちゃおうかな? 10日前にしたばかりだけど、このホイールとの組み合わせで、更にボディも奇麗にすると、もっと映えるんじゃね? って。
兄貴が言ってたけど、都会に暮らすと、洗車場が近くになくて、探すのに苦労して、休日は混んでて苦労し、更にお金取られて、時間も短いから、好きな時に、洗車ができる今の環境は、とても有難いものなんだって。
そう言われてみれば、兄貴、ポルテの時は、中古だったこともあって、洗車なんかしてなかったもんな。いつも、芙美香に怒られて、帰る日に渋々やってたもんな。
そんな、自分の車の今の状況に、ちょっと優越感などを感じながらドアを開けようとした時、結衣のGTS25がやって来た。
降りながら見てみると、一昨日買って来たホイールに替わってるよ。うん、私のもそうだけど、同じ車でも、ホイールが違うだけで、印象は大きく変わるんだね。
結衣が降りてきて、慌ててこっちに来たぞ。
「おはよ」
「おはよう……って、マイどうしたの? このタイヤとホイール」
「昨日、兄貴一家が帰省してきて、納屋の中を整理してたら出てきた。今まで履いてたのは、拾ってきた転がしタイヤ? だから、こっちを履けって」
「さすが、マイのお兄さん。しかも、このシートって……」
「同じく納屋から出てきたの、GT-Rのシート。折角だから、掃除してつけちゃった」
「マイ、あんた、これタダのGT-Rシートじゃないわよ」
「えっ!?」
「R34のGT-R用だよ! なんで、マイなんかが、こんなシートを当たり前みたいにつけてるんだよぉ~!」
結衣は悔しそうな表情で言うと、私の襟を掴んで、ガクガクと揺すった。
◇◆◇◆◇
放課後になった。
今日、柚月は、免許センターに試験に行っていて、休みだったので、今日の部活は、1年生の新入部員の紹介と、その後は1、2年生合同で、エッセ、プレミオの作業をやって貰いつつ、3年生は、結衣のGTS25のマフラー交換に入った。
やっぱり、下級生からもR32に対する視線は熱くて、1年生部員は、結衣のGTS25と、部車のタイプMに、みんなチラチラと目が行っちゃってるよ。
半地下のある方に結衣のGTS25を止めると、結衣は、浸透潤滑剤を持って降りて行き、大きめのメガネレンチを2本持った優子が後を追った。
私も後を追うが、下では2人が
「浸透待ちだねー」
「マイ、来てもやる事ないかもー」
と言って、ダレていた。
結衣が、浸透を待っている間に、床下にある、パンチングのような穴の開いた鉄板を、ボルト4本を緩めて外した。
そこには、床から生えたコードが刺さっている、茶筒のような筒型になった管があり、その継ぎ目は、真っ赤に錆びたボルトとナットで留まっていた。
5分ほどが経過した頃、結衣と優子が、それぞれ、ボルト側とナット側に、メガネレンチをかけて
「せぇ~のぉ~!」
の掛け声とともに、力一杯体重をかけて押してみるが、ボルトはビクともしなかった。
次は、優子側に私も加わり、同じ要領でやってみるが、手が痛くなるばかりで、全くビクともしなかった。
何となく見ていると分かる。
元々高温に晒される場所で、床下という悪条件なので、酸化が早い上、車自体の古さもあって余計固着しているのだ。
下手な力の入れ方をすると、ボルトナットがナメてしまう。
優子が、既にバテてしまって、肩で息をしながら言った。
「もうダメ!」
優子、ギブが早っ! 全く戦力になんないじゃん! 結衣が、ガンガン潤滑剤をかけて染み込ませているが、これを2人で緩められるだろうか。
そこに、ふと目についたものがあったので、私は言った。
「アレ、使ってみたらどうかな?」
「うん、あれならイケるかも!」
と言って、優子に取りに行かせた。
少し細身の鉄パイプを、レンチに被せて長さを延長し、その端に体重をかけるようにして、力の限り押してみた。
「せぇ~のぉ~!」
“パキンッ”
音と共に、少しずつレンチが動いてきた。
「よっしゃ!」
結衣は言うと、ラチェットレンチに持ち替えて、片側をガンガンと緩めて、ほぼ外すことに成功した。
問題は、もう片一方のボルトだけど、これがまた、さっきにも増して固くてビクともしない。
私と結衣も少しヘバってしまった……。
結衣が言った。
「アイツがいればなぁ……」
私も、同じことを思ったので、言った。
「あぁ、マゾヒスト部の部長ね」
すると、上の方から
「誰が、マゾヒスト部だよ~!」
と、声がしたと同時に、車と床の隙間から手が伸びてきて、私の襟元を掴もうとしたため、さっきの鉄パイプで応戦した。
手が伸びて来なくなったと、思ったら、階段を降りて来たのは柚月だった。
「マイのせいで、後輩から、私がマゾヒスト部作ったって、噂になってるだろ~!」
「知るか! 部内で暴れるから、結衣や優子に縛られるんだろーが!」
柚月と私が、いつものように掴み合っていると、ヘロヘロになった優子が階段を降りてきながら言った。
「ユズ! ダメだよ! マイいじめちゃ!」
「だって、優子、マイがさ~」
と柚月が口を尖らせながら、尚も言うと、優子は黙って右手をぐっと握って振り上げるた。
すると、柚月が
「分かったよ~」
と言って、結衣の元へ行くと、場所を入れ替わった。
「せぇ~のぉ~!」
柚月と結衣が、同時に踏ん張ると、次の瞬間
“バキッ”
という音と共に、遂にボルトが緩んだ。
ボルトが抜けると、その部分から後ろ側のマフラーが外れ、車体の一番後ろ側の部分と車体を繋いでいるゴムから、刺さっているマフラーのステーを抜いてやると、純正のマフラーが外れた。
「ちなみに、マフラーが、どれだけ偉大なのかを、教えてあげちゃお~」
柚月が言うと同時に、階段を上がって地上へ出たので、私たちも後を追って上に上がると、柚月は運転席に乗り込んで、エンジンをかけた。
“キュルルルル……ババババババ……バオーン……バオーン……バババババ”
滑らかなサウンドを奏でていた、スカイラインのエンジン音とは思えない、激しい騒音が、私たちの耳をつんざいた。
「柚月、うるさい! うるさいってば!」
結衣と優子が、ほぼ同時に言って、柚月はエンジンを止めた。
そして、再び全員で地下へと戻って、マフラーの取付けに入った。
純正のマフラーは、先端まで1体構造になっていたが、今回買ってきた社外品は、出口に近いところから、分割されていたので、さっきの純正程、持ち上げたり、取り回したりするのに、苦労はしなかった。
さっき取り外しに苦労したエンジン側のパイプ(後に、触媒と言って排気ガス浄化のための装置だと知った)に新しいガスケットを挟んで、ボルトを締め、真ん中あたりにある、ステーに、新しい吊りゴムを入れて、床に固定し、分割されていた出口側を同じく、新しい吊りゴムで固定した後、分割されていたところに新しいガスケットを入れて、ボルトで止めて作業は完了した。
そして、最後のチェックとして、結衣が運転席に行って、私と優子は、それぞれ、マフラーの継ぎ目の下、そして柚月がマフラーの出口に行き、エンジンをかける。
柚月がマフラーの出口を板で塞いでみたり、柚月がアクセルを吹かしたりして、床下から排気が漏っていないかを確認して、作業が完了した。
見た目的には、出口周りがステンレスになって、ピカピカな外観になっている事と、全体にパイプが一回り太くなっていることが印象的だったが、結構大人しい外観だと感じた。
肝心の音は、アイドリングこそ、ほぼ純正と変わらなかったが、高回転になってくると、うるさくはないが、主張のある音になってくる、という印象で、決してイメージしていたような
「どうだった?」
優子が訊くが、結衣は
「走らせてないからまだ何ともだね……」
と言うにとどまった。
「ちぇー、そうやって、結衣だけ、どんどんと車に手を入れてさ、差別だよね~」
と、柚月が言った。
「ところで、柚月の免許はどうなったの?」
私が訊くと、柚月はニコッとして言った。
「取れたよ」
「おめでと~」
みんなが一斉に言うと、次の瞬間、悠梨が
「で、柚月、車は?」
と言うと、柚月は目線を逸らした。
まだ決まってないらしい。
するとすかさず悠梨が言った。
「じゃぁ、仕方ないな。柚月には本来、売らないんだけど、部車のプレミオを……」
「バカにするな~! 誰がそんなのいるか!」
と、珍しくグダグダのまま、活動は終了した。
私は、バスで来た柚月を、自分の車に乗せ、一緒に帰った。
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