第29話 帰省と原点

 日曜の朝が来た。

 今日はバイトが休みなんだ。

 他の日の人が、どうしても変わって欲しいって言うので、交換しちゃったんだ。


 よし、今日は、昨日結衣と行った隣の市に行こう。

 大きいファストファッションのお店もあるし、映画館もあるから、1人でも楽しめると思うんだよね。


 ほら、あのメンバーを誘っちゃうと、なんのかんので、カー用品店だの、中古パーツ屋さんだのに行っちゃうでしょ。

 今日くらいは、車から離れたいんだよね。私は車なんて走ればいいんだからさ。


 洗面台に行くために1階に降りる。あ、芙美香だ。

 って、痛っ! なんで叩くのよ! え? 


 「あんた、絶対、今、私のことを『芙美香』って、心の中で呼び捨てにしたでしょ」


 だって? 言い掛かりだよ!

 ちょっと待て……ってなに? まだ、因縁つけようっての?

 今日は、何か予定があるのかって? 山を降りて隣の市に行こうかと思っててね。

 誰と? 1人でだよ。


 え? だったら、午後から兄貴の一家が、泊まりに来るから、準備を手伝えって?

 嫌だよ~。なんで兄貴なんかのために、私が、休み潰さなきゃいけないの? 大体さ、来るの分かってるんなら、事前に言ってくれたっていいじゃん! そうすれば、こっちも、そのつもりで、予定立てるんだからさ。


 痛っ! なんで叩くのさ? とにかく、母さんに言われた事には、ハイかイエスで答えろだって? 横暴だよ! 痛っ! 痛いったら!


◇◆◇◆◇


 結局、午前いっぱいまで、かかっちゃったじゃん!

 これじゃ、市内に行っても、映画の時間間に合わないし、ファストファッションのお店だけなら、別にこっちでもあるし、時間ギリギリに行って、ゆっくり見て来られないんじゃ、ガソリンの無駄遣いだから、もう、今日は出かけない事にしよう。


 家にいて、適当にネットで情報をチェックして、ゴロゴロしていると、下が賑やかになった。

 兄貴一家が来たようだ。下に降りて行こう。

 あ、こんにちはー。お久しぶりです……って、兄貴の奥さんは、良い人だよね。都会の人なのに、こんな田舎にも、嫌な顔1つしないで、ついて来てさ。私だったら、まっぴらごめんだよ。


 あ、そうだ、兄貴さ、いい加減にSNSアカウント作って、発表してくれないと困るんだよ。この辺にいるスピード狂どもが、兄貴の消息を教えろって、あちこちで待ち伏せしててさ。

 え? 説明したら、わかってくれるだろうって? バカじゃないの? 説明したら、信じてもらえなくて、追い回されるんだよ! ホントの事を言えってさ。

 

 あ、そうなんですよ。兄貴が、何処で何してて、今、どんなバイクや、車に乗ってるのかって、根掘り葉掘り訊かれて、正直怖いんですよ。説明しても信じてくれないし。

 友達の優子にも、訊かれたし、先月までは、1年くらいずっと、スーパーカブの軍団に追い掛けられてたんです。

 さすがに、こっちが車になったから、追いかけて来なくなったけど、奴らも、言っても信じてくれなくて……。

 

 「ユウ、私がアカウント作るから、今日中にアップしなよ! 舞華ちゃんに迷惑が掛かってるじゃない!」


 ありがとうございます。助かります。

 え!? むしろ、私に迷惑をかけてごめんなさい? ホントに兄貴の奥さんは、いい人だなぁ……兄貴には勿体ないよ。


 良かったよぉ、兄貴とセレナの画像撮ってる。

 これで、兄貴のシンパに、追い回される日々から解放されるよ。


 ちなみに、今まで色々と、この手のシンパに追い回された時は、大抵、柚月が、助けてくれていた。

 件のカブ軍団などは、カブ嫌いの柚月が、メイトで割って入っては、散らしてくれていたし、125ccに追い回されていた時は、250ccのスクーターを借りてきて、横に並んで、柚月の蹴りで撃退してくれていたのだ。

 

 あ、兄貴の撮影終わったぞ。

 それからさ、納屋の中を整理したいんだけど、今日、時間取れる?

 え? 今からやっちゃおうって?


 このバイクのフレームどうするの? ほとんどは、いらないやつで、残したい2台分は今回、車に積んで持って帰るって?

 いいの? バイクなら、向こうでも乗れるから、持っていくんだ。ふーん。


 バイクの部品とフレームを、兄貴と一緒に外へと運び出して、そのうちの幾つかを兄貴のセレナの3列目シートを畳んだ場所に仕舞うと、再び納屋の中に戻った。

 

 「残ったのは、車の部品類とかなんだけど……」


 私が言うと、兄貴は、へらっとしながら、マイが使えば良いよって返した。

 でも、私は、どれが使えて、どれが使えないか分からないから訊いてるんだって!

 

 まずは、奥に置いてあるタイヤ付きホイールなんだけど、2組あって、どっちも使えるって?

 こっちの金色のホイールが、夏タイヤで、こっちの黒っぽい色のが、スタッドレスだって?


 でも、今、R32は夏タイヤ履いてるよ。え? 転がしタイヤ? ナニそれ? 車を、保管しておく時に、取り敢えず履かせておくタイヤの事だって?

 だから、今、履いてるタイヤは、デタラメに拾ってきたやつだって? だから、そっちの金色のホイールのやつと替えた方が良い? 後で手伝ってやるから交換しよう……か。


 バイクのフレームが無くなると、結構広くなる……って思ってたけど、結構車の部品もあるんだな。

 これは、インプレッサの、こっちはRX-7の、これは180SXの、これは? ハチロクの……使わないのばっかりだな。


 このボンネットとかは、R32用だって? 一応、納屋の中、綺麗に片付いたから、持ってておいていいかぁ。

 ねぇ、兄貴、このライトって、後期型用じゃね? プロジェクターの目玉が見切れてるよ。ライトが暗いから、入手したんだけど、作業する前に、東京に行くことになったんだって?


 あ、純正のハンドルだ……って、カビが生えて真っ白だよ。え? 拭いて干せば元通りだって? 程度は良いはずだって? パワステが壊れた時は、そのハンドルの有難みが分かるって? あまり体験したくないね。

 この棚に置いてある部品は? エアフロ、パワトラ、クラセンの予備だって? そうだ、この車、乗り始めた初日に、エアフロが壊れて、急に回転が上がらなくなったんだよ! え? 新品にしたのかって? いや、そこに水野っていう、変態教師が現れて、自分の持ってるのと交換していった。え? 水野の名前? 沙和子って言ってたな。


 「水野……沙和子」


 どうしたの兄貴? 水野の知り合いなの? アイツも、解体屋とかに知り合いがいるし、R32とか、すぐに持ってくるし、ちょっとおかしい奴なんだよね。

 ちょっと知り合いかな? と思ったけど、人違いだって? 変な兄貴。


 隅っこにシートがある。

 これが、フルバケットシートだって? 凄くいい物だぞ……って、これ、リクライニングしないんでしょ? だったら、いらね。部に持っていって、エッセにでもつけようかな?

 え? 部って何かって? その水野が、部員も集まってないのに、自動車部とか勝手に作って、私がR32に乗ってたせいで、目つけられて、成り行きで部長になっちゃったんだよ。


 フルバケの奥にもう1脚あるよ……って、これGT-Rのシートだ。

 なんで知ってるのかって? 昨日、結衣と、隣の市の中古パーツ屋さんに行った時、見たんだよ。あれも、結構したんだよね。

 運転席用と助手席用、両方あるんだ。ちょっと興味あるかも……だったら、1回洗ってから、天日干しした方が良いって? 外に運び出されちゃったよ。


 残ったのは、段ボールの中にある電子機器なんだけど、兄貴に使い方は聞いた。ブースト計と、ブーストコントローラー、サブコンピューターだそうだ。

 ブースト計は、今あっても良いと思うけど、あとの2つは、今のパワーが、物足りなくなってから使えって、言われたよ。


 不要になった部品類は、兄貴がナンバリングしてるので、そのまま、昨日の中古パーツ屋さんに売りに行って来ようと思う、と言うと、未成年は、手続きが面倒だから、兄貴が明日売って来てくれると言われてしまった。

 まぁ、面倒だから、それで良いか。元々兄貴の物だしね。


 それから、タイヤ交換と、GT-Rシートの洗浄と取り付けを、兄貴と一緒にやった。

 兄貴は最近、すっかり、こういう事を、する機会が無くなったため、凄く嬉々とした表情だったが、私にとっては、どちらも重労働だった……。

 純正のシートの下に、配線が繋がっているなんて知らず、外そうとして抱きかかえたら、配線に引っ張られて、すっ転んだり、シートの重さに死にそうになったりした。

 しかし、意外だったのは、この車のシートより、GT-Rのシートの方が軽かった事で、それはさすがに拍子抜けしてしまった。


 そして、作業をしながら、兄貴に訊いたのは、何故、兄貴はこの車に乗ったのか、だった。

 正直、それまでの車遍歴からすると、このR32は兄貴にしては、大人しすぎる車だと思う。


 それまでの兄貴は、マツダロードスターの、後ろ側だけが幅広になっていて、エンジンが、ロータリーエンジンとか、ヴィッツに、エンジンが2機載っているとか、FRのインプレッサだとか、とんでもない改造車に乗ってるか、最新のランエボとか、そういう過激な車に乗ってる印象しかないのだ。


 その質問を訊いた兄貴は、懐かしそうに空を眺めると、優しそうにフッと笑顔を浮かべて


 「散々、凄い車に乗って、自分を見失いそうになった時、原点に返ろうと思ったんだ。この車には、走る楽しさの原点が、低くないバランスで詰まってる。だから、この車に乗りたくなったんだ」


 と言った。

 私は、その兄貴の満足そうな表情に、何か悔しいような、それでいて、何故か勝ち誇ったような、妙な気持ちが湧いてくるのを感じた。

 

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